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病気だけでなく「人」を診る医療 プライマリ・ケアが私たちの未来に欠かせない理由

英国のお医者さん

これからの医療を考えていくためには、まず医療において何が問題なのか、を理解する必要があり、そのいくつかはこの連載で話してきました。

これには、高齢化や慢性疾患の増加、複数の持病や複雑な健康問題を抱える人の増加、不十分な予防医療、都市部への人口集中、孤立や広がる格差などがありました(3)。これらは最近では一般的に認識されつつあります。

加えて、まだまだ世間では認識されていませんが皆さんにお伝えしたい現代医療の知られざる側面として、過剰医療の弊害(4)、医療における市場の限界(5)、病院で行われる検査が診療所で行われることの危険性(6)、不健全な需要に引っ張られる持続可能でない供給(7)がありました。

そして、こうした問題の原因や解決案を考える際に、個人の問題として考えるミクロな視点ではなく、「構造的な問題」として捉えるマクロな視点が重要で、日本ではまだほとんど知られていませんが「プライマリ・ケア」という保健医療提供体制の基盤を整備し、充実させていくことが、一つの重要な対応策であり、世界ではこうした変化が始まっている、とお伝えしてきました(8)。

これまで現代医療は、私たち人間の健康問題を臓器や疾患の視点から捉える「細分化」を基本としてきました。言うまでもなく、「病気を治す」という視点はとても大切なことで、感染症など完治する病気が多かった時代にあって、この細分化医療は大きな役割を果たし、これまで医学の発展に多大なる貢献をしてきました。

しかし現在は、上記で挙げたニーズの変化もあり、こうした部分的な視点のみでは対応が難しくなり、行き詰まってしまう事態が多く生じていて、より全体的な視点も必要だとの認識が広がっています。

一方、時代が変化する中で、時代に左右されない普遍的なニーズもあり、実はそちらの方が重要です。これには3つあると私は考えています。

1つ目は、私たちは人間であり、そうあり続けるということ。ですので、「人間中心」というのは最も基本的なことながら最も大切なニーズだと言えます。

2つ目は、ニーズは変わり続けるということ。患者・市民、社会のニーズは万物流転で、重要なのは時代とともに変化するニーズに対応する「柔軟性・応答性」を持つことです。

3つ目は、健康は一つの要因によってのみ左右されるものではなく、実際はもっと複雑で、様々な要因が絡み合ったものだということ。そもそも健康を意味する英語の「health」の語源は、「全体」を表す言葉から来ていると言われています。物事が一つ一つバラバラに動くのではなく、お互いに影響しあう「相対性」を認識することが大切です。

したがって、「人間中心性」「柔軟性・応答性」「相対性」の3つの特性を持つシステムが基盤となる保健医療制度を構築していくことがこれからの医療に欠かせない――。私はそう考えています。

これからの保健医療「エシカルモデル」

このように変わるニーズだけでなく変わらないニーズも意識して、今後必要になってくる保健医療のあり方を考えると、部分的に診る医療(スペシャリズム)だけではなく、総合的に診る医療(ジェネラリズム)も含めたハイブリッドな形が必要になります。そしてこのジェネラリズムの中でも、いくつか分類があるのですが、とりわけ、人を中心に置くジェネラリズムが欠かせません。私はこの形を「エシカルモデル」と呼んでいます。

エシカルとは、日本語では「倫理的」という意味です。エシカルモデルでは、医療の中心に人間を置き、人々が生きていくのを助けることを目的とします。「病気を治す」「生活を支える」というのはあくまでもそれを達成するための手段の一つであり、それ自体が目的になることはありません。

エシカルな医療では、一人ひとりの利用者にその人を第一に考える医療の責任者がいます。そして、医療を提供することのデメリットがメリットを上回るような、医療を提供しない方が良い場合は、あえてそうします。

そして、目の前の利用者だけではなく、ニーズがあるのに十分に医療サービスを受けられていない人や、他のサービス利用者とのバランス、そしてシステムの持続可能性を考慮した調和の取れた医療を提供します。

こうしたエシカルな医療の実現には、前述した「人間中心性」「柔軟性・応答性」「相対性」といった3つの特性をシステムの中に埋め込んでいくことが欠かせません。そのためには、それらを兼ね備えた医療者の存在が必要になります。これらは以前話した「家庭医」の専門性そのものです(9)。

もちろん、こうした視点を持つ医療者は家庭医以外にも存在します。しかし、それは個人の才能や努力によるものであって、それぞれの診療科の専門性として内在したものではありません。

一方、家庭医は、臓器や疾患ではなく、あくまでも「人」を専門とする医師です。「家庭医の専門はあなた自身です」というフレーズにしばしば遭遇するのはこのためです。そしてこの専門性の中に上記の3つの特性が組み込まれているのです。

私はなにも、ジェネラリズムがスペシャリズムより優れていると言っているわけではありません。繰り返しますが、どちらも必要不可欠で、お互いが補完しあうことによってお互いがより力を発揮できる、というのが私の主張です。

両者のバランスがより取れたエシカルモデルに移行していくためには、プライマリ・ケアの強化が必要不可欠だと考えています。

世界の潮流はプライマリ・ケアの強化

国際的にも、こうしたプライマリ・ケアの強化に注目が集まっています。

世界保健機関(WHO)は、2019年に「世界の健康に対する10の脅威」として、地球温暖化、薬剤耐性菌、生活習慣病、ワクチン忌避、HIVといったものに加えて「脆弱なプライマリヘルスケア」をあげ、その重要性を強調しています。

そして経済協力開発機構(OECD)は、昨年出した報告書で、21世紀の課題により良く対応するためには、プライマリヘルスケアの強化が欠かせないとしています。

また、プライマリ・ケアの強化は新型コロナ時代においてさらに重要性を増していて、今後このような感染症に対するパンデミックに備えた体制構築のために重要な位置を占めます。イギリスにおけるその役割については、これまで3回にわたり紹介してきました。(202129)。

世界的医学雑誌ランセットの編集長リチャード・ホートン氏は以下のように述べています。

個人の健康の安全保障なくして、グローバルな健康の安全保障はありえません。個人の健康の安全保障とは何でしょうか。強固なプライマリ・ケアシステムです。プライマリヘルスケアは、このパンデミックや将来のパンデミックから私たちを守るための絶対的な基盤であり、第一線の防御です。 

ちなみに、ここで言われているプライマリヘルスケアとはプライマリ・ケアよりも大きいコンセプトで、(1)人々の健康ニーズに応えること、(2)多分野にまたがるアプローチによって様々な健康の決定要因を改善すること、(3)個人や地域が自立してそれぞれの健康管理ができるようになることの3つを柱とし、プライマリ・ケアはその中で重要な役割を担います。

では、プライマリ・ケアを強化していくには具体的にどうすればいいのでしょうか。

これにはイギリスのやり方が一つの参考になるかもしれません。以前紹介したイギリスの医療政策において欠かせない5つの柱を以下に示します(13)。

そして、これまで話してきたイギリスの公的保健医療制度(NHS)における家庭医やプライマリ・ケアの9つの役割を以下にまとめます。

(1)身近な存在である(15
(2)全ての人のあらゆる相談に乗る(16
(3)チームで対応する(17
(4)継続的に診る(1819
(5)本人中心のケアを提供する(2223
(6)個人・地域主導のサービスを提供する(2425
(7)生活を支える(26
(8)地域を診る(28
(9)資源の価値を高める(30

健康・社会格差が悪化の一途を辿り、社会情勢が不安定になりつつある中、ニーズに応じて必要な医療を原則、自己負担無料で提供するパブリックな医療制度は、社会の結束を高め、国の安定化を図る「社会のインフラ」として医療以上の役割を担っています。そして、この制度を根底から支えているのがプライマリ・ケアです。

ただ、ここで私が強調したいのは、これまでもお伝えしてきたように、このようなイギリスの形はあくまでもイギリスに合ったもので、日本はこれをそのまま取り入れるべきではない、と言うことです。なぜなら、多くの共通点はあるにしても、お互い異なる歴史やニーズ、制度を持っているからです。

日本が日本版のエシカル医療のカタチを創っていくためには、何よりもまずは日本が何を大切にしたいのかを明確にすることが必要です。

医療は誰のためにあるのか、保健医療の目的とは――。

この問いに対する答えは、医療政策に深く関わる一部の人だけではなく、一般市民や患者さんなど幅広い方々に関心を持っていただきたいと思います。医療は、すべての人が、患者、家族、友人としてなど、なにかしらの形で必ず関わるものですし、多くの先進国同様、日本の医療もパブリックなものであり、その私たちの医療のカタチが一部の人の手だけでデザインされることは望ましくないからです。

とはいえ、医療は専門性が高く、議論は複雑で、限られた人しか議論に参加できなくなりがちです。その上、必ずしもサービス利用者が求めていること(デマンド)が、ニーズ(必要性)とはイコールとはならないため、私のような専門家からの関与無しではニーズの同定が難しくなります。

中でも、日本の医療が抱える課題の多くはプライマリ・ケアの可能性が十分に引き出されていないことが本質的な原因だと私は考えていますが、日本ではまだまだこういったことが十分に認識されていません。プライマリ・ケアのことを知っている人は殆どいませんし、知っていても誤解されていることが多いと感じています(8)。

ですから、私はこの連載を書くことにしました。

GPとしての私の仕事は、患者の擁護者として、患者自身が自分の本当のニーズを見つけることを助けること、と以前話しました(10)。この連載のお仕事もその延長線上にあり、本質的には変わりません。日本の皆さんが、自分たちのニーズを見つけることを少しでもお手伝いできるようにとの想いで執筆してきました。

プライマリ・ケアの専門家という立場から見て、多くの国同様、日本もプライマリ・ケアの強化が欠かせないと私は考えています。私たちの医療が、より人間中心で、調和とバランスが取れ、私たちのためにあるためにはプライマリ・ケアの可能性をより引き出すことが欠かせません。

そして、この連載を通じて、皆さん一人ひとりが国の医療を自分ごととして考え、より主体的に医療のカタチ作りに参加していく、そんな私たちの医療の民主化に少しでも貢献できたらと思います。

以上になります。

次はいよいよ最終回です。より良い医療を考えていく上で重要な情報との付き合い方について話します。