1. HOME
  2. LifeStyle
  3. イギリス医療の最前線 タスクシフティングによる多職種参加型のチーム医療

イギリス医療の最前線 タスクシフティングによる多職種参加型のチーム医療

英国のお医者さん

前回、「すべての人のあらゆる問題に対応すること」についてお話しする中で、これは医師一人ではなく多くの職種がチームとなって対応している、ということに触れました。今回は、このチームについての具体的なお話です。

プライマリ・ケアには多くの職種が存在します。例えば、私の診療所には10人の医師以外にも、看護師、助産師、薬剤師、理学療法士、心理カウンセラー、事務職員など、多様な職種が総勢40人以上います。そして、診療所の外には、訪問看護師、訪問リハビリスタッフ、緩和ケア専門看護師、ソーシャルワーカーなどが診療所の中以上に多くいて、これら一人ひとりがプライマリ・ケアの担い手となり、多職種協働のチームを形成します。

日本では最近、医師の働き方改革を取り巻く議論の中で「タスクシフティング」という言葉が聞かれるようになりました。これはある職種がこれまで担っていた業務の一部を他の職種へ委譲することを言いますが、イギリスのプライマリ・ケアでは、これを医師の業務に対して行うことで、医師は医師に特化した業務にできるだけ集中できるようにし、より安全で質が高く、かつ持続可能な医療提供体制の構築を進めています。同時に、医師不足のなか、他職種の役割を拡大し、それら職種が専門性をさらに高めていくことで、プライマリ・ケア全体としての労働力の増大と質の担保に努めています。

このように、多くの職種が協働するだけではなく、権限が拡大された専門職がこれまで医師が担っていた医療に参加する「多職種協働+多職種参加型のチーム医療」はイギリスの医療の大きな特徴の一つです。

それでは、プライマリ・ケアチームのメンバーを簡単に紹介していきます。

1)診療所看護師

ひと昔前までのイギリスでは、看護師は主に看護や医師の診療を助ける補助的な役割を担うのみで、医療行為に関する権限は大きく制限されていました。しかし、前述したタスクシフティングが進むなか、看護師の専門性が強化され、今では看護師が対応可能な問題については、患者の同意のもと、看護師が診ています。

日本で看護外来というと、医師による診察後、別途時間を設けて看護師が療養指導を行う、というイメージがあるかもしれませんが、イギリスではそうした形ではなく、看護師が医師から独立した形で患者の診察を行っています。

診療所には「プラクティスナース(practice nurse)」と「ナースプラクティショナー(nurse practitioner)」と呼ばれる看護師たちがいます。 どちらもプライマリ・ケアを専門に担う看護師として欠かせない役割を担います。

イギリスの診療所は「プラクティス(practice)」とも呼ばれ、プラクティスナースとはまさに診療所で働く看護師という意味です。一般的に、看護師資格取得後にある程度の病院臨床経験を積んだ上で、プライマリ・ケア専門の研修を受け、診療所で働くプライマリ・ケア看護師となります。

私が知る限りでは、これら看護師が受ける研修は診療所での勤務と平行してパートタイムで、近隣のトレーニング専門施設や大学などで受講でき、大体一分野につき6ヶ月程で完了するのがよくある形です。また、受講内容は様々で、勤務する診療所のニーズに合わせてプログラムを選ぶことができます。

これにより、風邪や軽度の火傷、虫刺されなどの低リスクの急性的な問題(minor illness)や、高血圧やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)、糖尿病などのよくある慢性的な疾患の対応が可能になります。また、独立して薬を処方できる「independent prescriber」としての研修を修了すれば、一定の範囲内で処方もできるようになります。

慢性的な疾患の定期的な管理は、疾患ごとに「かかりつけの看護師」が担当し、患者一人あたり20-30分程度の時間を確保した上で、検査、診断、治療(薬の処方・用量調整)、ライフスタイルに関するアドバイス、セルフケア教育などをガイドラインに基づき行います。

一方、ナースプラクティショナーは、看護師資格取得後、ある程度の病院臨床経験を積むところまではプラクティスナースと同様ながら、その後に先述した短期研修ではなく、大学院でナースプラクティショナーになるための修士コースを修了した看護師です。プラクティスナースと比べて長期の専門トレーニングを受けるため、より専門性が高いのが特徴です。例えば、多くの場合において、薬の処方以外にも、検査のオーダーや病院への紹介といったことも医師の指示監督なしで独立して実践できます。ただし、プラクティスナースも前述した短期の研修の積み重ねにより、その内容が同程度となる場合もあり、ナースプラクティショナーと同じレベルでの診療を提供することもできます。

2)訪問看護師

診療所の外でも看護師は欠かせないメンバーの一人です。訪問看護師は、傷・潰瘍のケア、尿道カテーテルの管理、インスリン投与、失禁・転倒アセスメント、栄養状態の評価、緩和ケアにおける持続皮下注射のセッティングなど、幅広い業務を担います。また、必要に応じて、医療、介護福祉、生活支援の専門職など各サービスと連携します。

また、ナースプラクティショナー同様に高い専門性を持つ訪問看護師を特に「コミュニティメトロン(community matron)」と呼びます。私の地域では、多忙な診療所を支援するために、GPからのリクエストがあれば、平日午後に発生する当日対応を必要とする往診をコミュニティメトロンが提供し、GPにマネジメントの報告・相談を行います。

3)薬剤師

イギリスでは病院の外に数多くの薬局が存在し、処方箋の調剤とその提供以外にも多くの役割を担っています。そこで中心的役割を担っているのがcommunity pharmacistと呼ばれる薬剤師で、風邪や下痢などの軽度の病気に対するセルフケアアドバイスや症状に応じた市販薬の販売を行っています。イギリスでは国民に、軽度の症状で受診しようと思った際は、診療所にかかる前に、まずはセルフケア含め、薬剤師からの助言を受けることを推奨しています。また、多くの薬剤師は、インフルエンザの予防接種や緊急避妊ピル処方などを独立して行うこともできます。

また、これまで基本、診療所の外にいた薬剤師ですが、近年では診療所の中で働くclinical pharmacistと呼ばれる薬剤師も増えています。私の診療所にも1人常勤していて、定期処方箋の更新やその際の病状チェック、受付を通した簡単な臨時処方(第15回参照)、処方監査、医師・看護師への処方アドバイスなどの幅広い業務を行っています。最近では、処方もできる薬剤師が増えてきていて、彼女もその一人です。現在、臨床的な役割をさらに拡大することができるadvanced care practitionerになるためのコースも大学院で受講していて、それを無事修了すれば前述したminor illnessを診る外来などを独立して行えるようになります。

4)助産師 

助産師の存在も重要です。看護師同様、近年における機能分化の推進により、現在では基本、リスクの高い妊娠は産科専門医が、リスクの低い、いわゆる正常妊娠は助産師が診るという風に役割分担しています。 

助産師は診療所で妊婦健診を提供します(つわり、胸焼け、膀胱炎などの不定期な問題はGPが対応)。分娩場所は妊婦の希望やリスクに応じて、自宅、バースセンター、病院など複数あり、通常分娩の多くは助産師主導で行われます。そして退院後も、助産師が自宅訪問する形が一般的です。

以前、産後7時間で退院したキャサリン妃の様子が日本でニュースになりましたね。ここまでではないにしろ、産んだらできるだけ早く家に帰りたい人が多いイギリスでは、出産後、翌日か翌々日に退院するケースが一般的です。NHSによる妊婦アンケート調査の最新の結果によると、入院期間が適切だったと答えた人の割合は73%でした。 

また、妊婦を妊婦健診から分娩そして産後ケアまで助産師が一人もしくはチームとして継続的に診ていく形を「助産師主導の継続モデル」と呼びますが、実はこのモデル、低リスクの妊婦を診る環境であるなら、医師主導含む他のモデルよりも、早産・死産・新生児死亡のリスクと医療的介入を減らし、妊婦満足度を高め、コスト面でも優れるという研究結果が信頼できるエビデンスをもとに質の高い情報を提供している国際的な組織コクランから出ていて、注目を集めています。最近では、世界保健機関(WHO)も通常妊娠に対して、このモデルを実現可能な環境であるなら推奨するとしています。

他にも、GPや看護師がそれぞれの専門業務に集中できるよう血圧測定や採血検査などを行う「ヘルスケアアシスタント(healthcare assistant)」、メンタルの問題やアルコール・薬物依存などに対して幅広いカウンセリングを提供する「心理カウンセラー(counsellor)」、出産後の家族を継続的に訪問し、健康・育児などの相談に乗る「ヘルスビジター(health visitor)」、筋骨格系の問題に対する診断や治療、身体機能の低下に対するリハビリなどを行う「理学療法士(physiotherapist)」など、多くの職種が活躍しています。理学療法士に関しては、最近では、関節痛などを抱える患者を医師を介さず初めに診察するfirst contact physiotherapistと呼ばれる人たちも増えてきています。

こうしたタスクシェアリングは、生産性の向上にもつながっています。以下の表をご覧ください。

すべての健康問題が必ずしも医師との対面診察を必要としませんし、あえて医師が関わらない方が良いケースもあります。ニーズやリスクの低い問題には低コストのサービスを、ニーズやリスクの高い問題には高コストのサービスを、というように、患者のニーズやリスクに応じた受診方法の提供や多職種参加型のチーム医療によって公的資源のより価値の高い活用に努めています。

以上になります。

次回は継続的に診ることについてお話しします。