前回は、医療に対する良し悪しは国によって様々で、国の考え方が医療のあり方に大きな影響を及ぼしている、という話の中で、イギリスの価値観を紹介しました。いわばイギリスの医療のカタチの基盤となる「WHY」の部分です。
今回は、それに続く「HOW」の部分となります。自分たちの大切にしたいことを反映しつつ、同時に現代医療が抱える課題にもより良く対応できる医療のカタチをイギリスはどのようにデザインしているのか。つまり、「システム」のお話です。
以前、第8回で、現代医療が抱える問題の数々により良く対応していくには、現代版プライマリ・ケアを構築、発展していくことが必要であるというお話をしました。
ではここで、イギリスの価値観と現代版プライマリ・ケアの特徴を以下のように見比べてみましょう。
イギリスの価値観
- 包括的なサービスをすべての人に
- ニーズを基盤とする
- サービス利用者のニーズや価値観を中心とする
- 質とプロフェッショナリズムを追求する
- サービスの価値を高める
現代版プライマリ・ケアの特徴
- すべての人のあらゆる問題に対応する
- 本人中心のケアを提供する
- ケアの継続性を担保する
- 地域全体を診る
- 必要なケアを様々な職種・機関と連携し、ケア全体を調整する責任を持つ
- 適切なアクセスを担保する
- ケアの安全と高い質を保ち、財政的に持続可能である
こうして見ると、多くは類似していることが分かります。
つまり、イギリスの価値観を反映しつつ、同時に現代医療の問題により良く対応していくには、少なくともプライマリ・ケアの強化が欠かせないというのがイギリスのスタンスです。
それでは、それに基づいたシステムデザインの骨格となる5つのポイントを見ていきます。
1)家庭医の存在
まず1つ目のポイントとして、家庭医の役割がプライマリ・ケアの担い手として、制度上明確にされ、欠かせない存在として位置づけられていることが挙げられます。家庭医は、第9回で紹介した通り、幅広い役割を担います。
イギリスでは、医師が望めば誰でも「内科」「外科」など、自分の診療科の看板を独立して自由に上げることができる自由標榜制ではなく、各診療科での専門の研修を受け、専門試験にも合格した者だけがそうできる専門医制度を採用していて、それは家庭医にも適用されます。
2)医療機関の役割分担
サービス利用者の健康問題の種類や程度によって、医療機関が役割を分担しています。まず診療所が「かかりつけ医療機関」となって、地域住民の相談に乗り、必要に応じて診療科別に特化したサービスを提供する病院へと引き継いでいく、というのが基本的な形になります。
こうした役割分担を明確にすることで、診療所は日常的な問題を日常的に、病院は非日常的な問題を日常的に診ることができ、それがお互いの専門性の向上を助け、また、密に協力しあっていくことで医療の質と安全をさらに高めていくことができます。
このように、診療科別に診る病院を受診する前にあえてワンクッション置き、相談役を通すシステムは、実は医療を必要とする人を医療へとつなげ(ゲートオープニング)、医療を必要としない人を医療から守ること(ゲートキーピング)を可能とする仕組みで、イギリスはこれを重要視しています。
いつ医療を提供すべきで、いつしないべきか、その重要性を理解し、判断することに長ける家庭医がその相談役を務めます。
これは第5回で紹介した「低ニーズ層に対する過剰医療と高ニーズ層に対する過小医療の二極化」を是正し、医療を必要とする人に過不足なく提供するための工夫の一つでもあります。
3)医療機関の集約化
イギリスの価値観の一つに「患者とスタッフの両方を大切にする」というのがあります。患者の健康に貢献するためには、まずスタッフが健康である必要がある、という認識があるからです。
そのため、イギリスでは医療機関の集約化を進めています。これにより、医師や看護師を始めとするそこで働くスタッフの労働条件の健全化を図り、提供されるサービスの質と持続可能性を担保しやすくなります。
例えば、病院は集約化によりチームを大きくすることができ、チーム内で働く医師が週平均で48時間勤務、年間5-6週間の有給休暇を取得できるようにする、診療所も同様にグループ診療制を進めることで、男女ともにパートタイムでも働きやすく、産休・育休も確保しやすい柔軟な労働環境の構築に努めています。
4)診療報酬制度と地域資源マネジメント
現代医療の問題点の一つとして第7回で「サービス提供者側が作り出すニーズ」というのを挙げましたが、これを最小化する仕組みの一つとして不可欠なのが、診療報酬制度の最適化です。
ここでは詳細は割愛しますが、イギリスのプライマリ・ケアを担う医師の診療報酬は、日本でも採用されている出来高払い制度に加え、人頭払い制度、成果払い制度といったものを加えた、3つのミックス型の診療報酬制度となっています。それぞれ特性が異なるものを組み合わせることで、イギリスのニーズに合った医療提供を目指しています。
もう一つ重要なのが、それぞれの地域のニーズに沿った地域資源の調整です。イギリスでは医療は公共財という位置づけで、医師、病院、検査器具などの医療資源は出来るだけ公的なニーズに沿って配分されるべきとの考えがあります。ですので、医師は勤務地を自由に選べたり、民間病院もNHSの中で医療を提供しますが、基本的なベクトルとしては公的資源の公的配分になるよう気をつけています。
5)登録制度
イギリスには、サービス利用者がかかりつけ医療機関に登録するという「登録制度」があります。登録は強制ではなく、急な健康問題が発生した際は、登録なしでも近くの診療所や病院などで必要な医療サービスは受けることができます。けれども、予防接種や慢性的な健康問題への対応など公的な保健医療サービスのすべてを利用するためには登録が必要となります。登録制度と言っても、実際は選択肢が多くあり、自由に変更できることは第11回で説明しました。
イギリスは、この登録制度を重要視しています。デメリットよりも多くのメリットがあるとの考えからです。詳細は別の章でお話ししたいと思いますが、例えば、患者情報の一元化、システムのハブとしての病院含む他機関との情報共有、地域健康データの可視化とその活用など挙げれば多くあります。
特に重要となるのは、これにより医療の責任者が生まれ、サービス利用者とサービス提供者間での人間・信頼関係の構築・熟成にも貢献できるということです。責任と信頼が無ければ、良い医療の提供は難しくなります。
以上、イギリスの考えをカタチにする上での欠かせないポイントについてお話ししました。
次回は、私のようなイギリスのGPについてのお話をしていきます。