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医療における市場の限界 あなたの視点がガラッと変わる自由のパラドックス

英国のお医者さん

今回は現代医療の知られざる側面の2つ目についてお話しします。

医療において利用者側に与えられる市場的価値観に基づく自由は、本当の意味での自由とは言えない、というのが主な内容です。

私は、私たち一人ひとりが多様な生き方を自らの意思で選択できる社会を願っており、医療においてもそれを望んでいます。しかし、現代の医療に浸透しつつある市場化の流れが、これを妨げています。今回はそれをみなさんにお伝えしたいと思います。

そもそも、利用者側に与えられる市場的価値観に基づく自由とはなんでしょうか。

一つの例を挙げて説明します。

例えば、鉛筆画を描きたいとします。そのためには鉛筆がいるので、多種多様にある小売店のうち文房具屋に行ってそれを購入し、描きたい鉛筆画を描く。ここに市場的価値観に基づく自由が成り立っています。

ここでは「鉛筆画を描くためには鉛筆がいる」という自分のニーズを適切に自己判断すると同時に、それを達成するためには、「多種多様にある小売店のうち文房具屋に行って買う」というふうに、市場に何があるかを知っている必要があります。

つまり、市場において自由が成り立つためには、少なくとも次の2つの条件が必要になります。

①買い手が自分のニーズを理解する
②買い手が市場に何があるかを理解する

こうした前提条件はあまり意識されることなく、市場における選択の自由は現代社会でなんの違和感もなく浸透し、多くの人はこうした考え方が医療の現場でも当たり前に通用すると思っています。

しかし、医療という分野では、これはほぼ機能しません。なぜなら、上記で挙げた自由に選択するための前提条件が、極めて成り立ちにくいからです。

市場において自由が成り立つための前提条件を医療に当てはめてみると、次のようになります。

①患者が自分のニーズを理解する
②患者が医療サービスを理解する

まず、1つ目の「自分のニーズを理解する」という条件ですが、医療は専門性が高い分野で、この実現は難しいのが実際です。

例えば、お腹が痛いから医者にかかろうという状況を想像してみてください。その痛みがどの診療科の病気が原因となっているのでしょうか。内科、外科、泌尿器科、産婦人科、整形外科、皮膚科、精神科などなど、年齢・性別にもよりますが、これらすべての診療科に可能性があります。非医療者である患者が自分にどのような医療が必要なのか、というニーズを自己判断するのは難しいのです。

また、たとえ自分でニーズを判断できたと思っていても、実際は正しく判断できていない、ということもあります。例えば、風邪がつらいので抗生剤がほしい、と思っても、風邪と思っていたものが実は風邪じゃないかもしれないし、もし風邪と診断されても、風邪の原因のほとんどはウィルスで、細菌に効く抗生剤はウィルスには効きません。逆に下痢や嘔吐などの副作用や耐性菌の増加などのリスクがあります。

要するに、自分が持つ症状やそれから来る影響そして不安や望みといった自分の病(やまい)の経験は誰より理解できても、医学的に一体自分に何が起きていて何が必要なのかということを、適切な専門家のサポートなしに一人で理解するのは難しいということです。だから、前提条件①は成り立ちにくい。

また、2つ目の「医療サービスを患者が理解する」という条件については、診療所、中小病院、大病院といった医療機関別、また内科、外科、小児科、婦人科、精神科など診療科別に、一体それぞれ具体的にどのようなサービスを提供していて、どのようなサービスを提供していないのか、どのようなサービスを得意、不得意としているのか、ということも理解する必要がありますが、これもハードルが高いことです。

このように、医療の現場においては、その専門性の高さゆえ、利用者側に選択の自由が成り立つための前提条件がほとんど成り立ちません。利用者は一見自由に医療にかかっている風に見えますが、結果としては適切なサポートなしに真に自由な選択はできない、という制限がかかっているのです。いわば「自由のパラドックス」と言えるでしょう。

医療の市場化には、この他にも注目すべき弊害があります。

医療には、「良質な医療の供給は医療のニーズと反比例する」という性質があることが知られています。これは、数ヶ月前に亡くなったイギリスのGPジュリアン・チューダー・ハートが半世紀ほど前に発表した「Inverse Care Law」と呼ばれる法則です。

彼は、医療のニーズが低い人ほど良質な医療サービスを受けやすく、逆に医療を必要とする人ほど受けにくい傾向がある、そして医療が市場にさらされることによってこれが最も顕著になることを発見しました。

つまり、ただでさえ格差が生まれやすい医療という分野において、市場化がさらなる格差を助長し、低ニーズ層に対する過剰医療と高ニーズ層に対する過小医療の二極化を生んでいるのです。これは、必要とする人に医療を過不足なく提供したいと願う人たちにとっては無視することができないことです。過剰医療の弊害については前回紹介したとおりです。

さらに、本来公共財である医療が市場化されるケースでは、医療が「商品」、患者が「顧客」となり、他者の犠牲の上に成り立つ個人利益を追求する行為が正当化され、公共精神が失われていきます。医療の質は「顧客満足度」と同義として扱われ、患者として必要なことではなく、顧客として求めていることに応える傾向が強くなります。

こうした医療提供体制は、ニーズに見合わないサービス提供を促し、非効率さやコスト増大に繋がると指摘されています。市場にそぐわない価値観、すなわち、医療本来の良心さえも知らず知らずの内に失われていく恐れがあるのです。

以上、医療における市場の限界についてお話ししました。今回お話したことも、世間にまだまだ認知されているとは言えません。

次回は現代医療の知られざる側面その3についてお話しします。