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遺伝子書き換えてマラリア撲滅 ビル・ゲイツも推す技術は諸刃の剣

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カリフォルニア大学サンディエゴ校の昆虫学者、オマー・アクバリ氏=田中郁也撮影
カリフォルニア大学サンディエゴ校の昆虫学者、オマー・アクバリ氏=田中郁也撮影

廊下をはさんだ実験室の一隅、二重の密閉扉の先にあるのは、ネッタイシマカの飼育室。内側を白いガーゼでくるんだプラスチックの飼育箱が200余り。「さっき話したのは、この蚊だよ」と、アクバリはある飼育箱をとりあげた。「ほら、ほかの蚊より白っぽいだろ」。ゲノム編集で表皮の色素が薄くなるよう遺伝子を組み換えたのだという。

クリスパー・キャス9活用のノウハウを磨きながら研究室がめざすのは、特定の遺伝形質が集団全体へとすばやく広がる「遺伝子ドライブ」技術の開発だ。通常はゲノム編集のハサミにつかうキャス9自身を、書き換える遺伝子に一緒に組み込もうというもので、もともと、マサチューセッツ工科大メディアラボにいるケビン・エスベルトが最初に思いついたアイデアだった。

組み込まれたキャス9は、まず交配するたびに相手方の遺伝子も自動的に書き換えようとする。「つまり、子孫はみなキャス9入りの蚊の遺伝形質をもつようになる」とアクバリはいう。「ネッタイシマカは、デング熱を媒介しないように遺伝子を改変できる。その技術と遺伝子ドライブを組み合わせれば、デング熱をなくせると思っているんだ」

 ネズミをすべてオスにする

この遺伝子ドライブは、ほかの応用も考えられている。絶滅の危機にある固有種の保存への活用を検討しているのは、ガラパゴス諸島など、世界各地の60近い島で固有種の保存にとりくむNPO、アイランド・コンサベーションだ。

狙いはネズミなど外来種の駆除にある。「固有種の86%が外来種による脅威にさらされている。その駆除に遺伝子ドライブが使えると考えている」と、米国サンタクルーズにある本部で、広報担当のヒース・パッカードは説明する。「環境保護団体は、遺伝子組み換え技術に否定的なところがたしかに多いね」と、パッカードはいう。「でも、外来種を排除しないかぎり、生物の多様性は維持できないところまできているのも事実だ」

たとえばネズミの駆除の場合、従来は殺鼠剤の入ったエサをヘリコプターから大量投下して一斉駆除を試みる。「しかし、駆除が望める範囲も、かける費用も限りがある」。そこで検討をはじめたのが、遺伝子ドライブですべてのネズミをオス化させること。メスが生まれなくなったネズミは、子孫を残せなくなる。クリスパー・キャス9とオス化遺伝子とをセットにして組み込む手法などが俎上にのせられ、提携する大学や研究機関が、研究に取り組んでいる。

ただし、オス化による駆除は、島内限りとはいえ、外来種という「固有種」を絶滅させる力を遺伝子ドライブが備えていることのあかしでもある。もしオス化したネズミが島外に逃げ出したら、どうなるか。遺伝子ドライブ技術でマラリアを根絶する代わりに、高致死率のウイルスや病原体が組み込まれたら、危険な生物兵器とならないか。

米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)は177月「セーフジーンズ(安全な遺伝子)」プログラムを立ち上げ、遺伝子ドライブの開発をするオマー・アクバリの研究室など七つの研究機関への資金拠出をきめた。危険な遺伝子が組み込まれたとき、その無効化ができること。遺伝子ドライブが想定外の事態を招いたとき、いつでも中断できるようにすること。そんな技術の開発が目的だ。

今年4月、米マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツは、「善意のゲノム編集」と題したコラムを寄稿し、かねて支援してきた遺伝子ドライブによるマラリア撲滅の実現が、リスクの過大評価のために足踏みすることのないよう訴えた。

一方、クリスパー・キャス9による遺伝子ドライブの可能性を最初に示したケビン・エスベルトは、論文の発表後は、悪意やミスで思いもかけない結果が生じるリスクに、技術者たちが最大限の注意を払うよう強調するようになった。

「僕自身、この技術は、とても素晴らしいと思っているよ」とエスベルトはいう。「でも、何かが起こったとたん、すべてが台無しになる。そのことをみな肝に銘じるべきなんだ」