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死んだペットが10万ドルでよみがえる(文字どおり) クローン犬誕生の現場に立ち会った【動画あり】

World Now
クローンの犬=ソウル、伊藤進之介撮影
クローンの犬=ソウル、伊藤進之介撮影

スアム生命工学研究院で生まれるクローン犬【注意:手術シーンが含まれています】

王女の愛犬が複製された

「今から生まれるのは、ある国の王女の犬のクローンです」。韓国・ソウル市南西部にあるスアム生命工学研究院。手術服に身を包んだ代表の黄禹錫(ファン・ウソク)(65)が、台の上に仰向けに寝かされた母犬を前にそう説明した。手術室の外では、米国やタイから来たという見学者十数人がガラス越しに様子を眺めている。

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クローン犬の細胞の着床手術に臨む黄禹錫=ソウル、伊藤進之介撮影

帝王切開の要領で手術を始めて約4分。代理母である母犬の子宮から手のひらに乗るほど小さい黒い子犬2匹が取り上げられた。2人の助手が保育器の中で体をさすると、子犬たちは元気な声で鳴き始めた。助手たちは依頼主の王女に送るため、その姿をスマートフォンで写真と動画に収めた。

研究院では2006年からクローン技術で犬を複製している。2008年には本格的にビジネス化し、価格は110万ドル(約1100万円)。依頼は、日本を含む世界中から来る。目的のほとんどは、死んだ愛犬を復活させることだ。

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クローンの犬=ソウル、伊藤進之介撮影
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クローンの犬=ソウル、伊藤進之介撮影

研究院は、複製したい犬の皮膚など組織を依頼者に送ってもらい、そこから体細胞を取り出す。その細胞を、核を取り除いた代理母犬の卵子と融合させて子宮に戻して着床させる。取材時に生まれたのは、一匹の犬の体細胞からできたチワワとマルチーズの掛け合わせで、もとの犬と全く同じ遺伝子を持つ。

研究院の3階には飼育室もあり、生まれたクローン犬たちは検疫を終えて依頼主のもとに送られるのを待つ。飼育担当者は、「育つ環境によって細かい違いは出てくるが、癖や性格はもとの犬とほぼ同じになる」と話す。依頼者からも「もとの犬と同じように動く」と喜ばれるという。 

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クローンの犬をあやすスタッフたち=ソウル、伊藤進之介撮影

優秀な軍用犬のクローン、訓練コスト節約

 死んだ命を蘇らせるかのようなビジネスには批判も絶えない。しかも黄は、ソウル大教授時代の200405年、米国の科学雑誌「サイエンス」に発表した論文が不正と認定されて職を追われた過去を持つ。2014年には研究費の流用や生命倫理法違反の罪に問われ、懲役16カ月、執行猶予2年の刑が確定している。

それでもこれまでに900匹以上のクローン犬が黄の手で生み出された。内外の公的機関から、嗅覚の優れた軍用犬や警察犬のクローン依頼も来る。優秀だった犬と同じ遺伝子を持つクローン犬の方が、再び軍用犬や警察犬になれる確率が高く、時間や費用を節約できるからだ。仁川国際空港では実際に研究院で生まれたクローン犬が薬物探知をしているという。黄は「クローン技術で、人がどれだけ幸せになれるか。実際に見れば、反対している人のほとんどが意見を変える」と批判に反論する。

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研究室で作業する研究者たち=ソウル、伊藤進之介撮影

哺乳類のクローン技術そのものは新しいものではない。1996年に英国でクローン羊「ドリー」が生まれた後、世界では研究が加速。牛や猫のクローンが次々と生まれた。スアム生命工学研究院も、基本的にはドリーに使ったものと同じ技術を用いている。

黄によると、一つの卵子でクローンを作れる確率は35%だが、複数の卵子を使って一度に同じクローン犬を数匹作ることで、成功率はほぼ100%になる。

法規制がほとんどない世界

クローン犬をビジネスにしているのは黄だけではない。死んだ愛犬のクローンを飼っていると今年2月に明かした米国の女優バーブラ・ストライサンドが依頼したのは、テキサス州の企業だった。スアム生命工学研究院によると、日本でも研究院と連携してビジネス化を目指す動きがあるという。ペットのクローンに関しては、法規制や国際的なコンセンサスがほとんどなく、動物愛護の観点から常に批判はあるものの、価格次第で市場が広がる可能性はある。

遺伝子テクノロジーは、私たちに自分とは何かを考え直すように迫っている――ダニエル・グラシュケン(だれでも使えるアメリカの研究施設「コミュニティーラボ」創設者)

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スアム生命工学研究院のエレベーターホールには、誕生したクローンの犬の写真が飾られていた=ソウル、伊藤進之介撮影

一方、ヒトのクローン研究は日本を始め各国で明確に禁じられている。それでも、常にクローン人間誕生への不安は消えない。中国の研究チームが1月、霊長類初となる2匹のサルのクローンに成功したと発表すると、懸念が再燃した。

「私たちは永遠に断固反対だ」。人間のクローンを作る可能性について尋ねると、黄は強く否定した。ただ同時にこんな実情も明かした。「著名人を始め、毎年のように人間のクローンを作って欲しいという依頼は来る」(宋光祐)