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「ウイルスと細胞、数十億年の軍拡競争」 進化生物学者の視点

World Now
パトリック・フォルテール博士=本人提供

――これまで生物か無生物かの違いは、自らたんぱく質を合成できるかどうかで分けられてきました。言い換えれば、たんぱく質の合成に深く関わっている細胞内のリボソームの遺伝子を手がかりに生命の系統樹は描かれ、ウイルスはそこには一切含まれません。そのことをどう考えますか。

自分はウイルスは生命体であると考えているので、ウイルスが生命の系統樹に含まれないのは残念だ。リボソーム遺伝子だけでなく、すべてのウイルスに共通する遺伝子は存在しないので、すべてのウイルスの関係を表す系統樹を作ることはできないが、ウイルスは常に細胞と共に進化してきた。私自身はウイルスについて、生命の系統樹の幹や枝の周りをグルグル伝うツル植物のような関係というイメージを持っている。

――ウイルスを「たんぱく質の殻(カプシド)をつくる遺伝情報を持った生命体」と定義するよう提唱されました。何がきっかけだったのですか。

2006年に自分が主催したミーティングがきっかけだった。アメーバに感染する巨大ウイルスを発見したばかりの、フランスの微生物学者ディディエ・ラウール氏と話している時に思いついた。重要なのは、ウイルスを生命体と定義したこと。それまでウイルスは生命体と考えるには小さすぎるとされていた。しかし、ラウール氏らが発見したミミウイルスは小さな細胞に匹敵するサイズがあり、光学顕微鏡でも観察できるほどだった。遺伝子を1千個も持っているミミウイルスを生命体でないと考えるのは無理があるように感じた。

そこで、地球上の生命界を、自前のリボソームを使って自分のたんぱく質を合成できる『リボソームをコードする生命体(細胞)』と、カプシドたんぱく質を使ってウイルス粒子を作る『カプシドをコードする生命体(ウイルス)』に分けることを提唱した。

パトリック・フォルテール博士(中央)=2020年2月3日、本人提供

――宿主に感染した状態こそウイルスの本質という、「ヴァイロセル」の概念も提唱されました。

ウイルスの本質、本来の姿をウイルス粒子と考えるのは直感的でわかりやすい。しかし、この粒子の姿こそが「ウイルスは代謝もできずに何もできないもの」と勘違いする大きな原因になっている。ウイルスのライフサイクルを考えれば、ウイルスがゲノムを複製したり遺伝子を発現させたりと、本来の力を発揮するのは細胞に感染した状態だ。

ウイルスによっては、感染した細胞の代謝のシステムを変えてしまったり、宿主細胞のゲノムを完全に分解してしまったりするものさえある。後者の場合、その感染した細胞の中で機能しているゲノムはウイルスのものだけになっている。つまりその細胞はウイルスに完全に乗っ取られた状態といえる。

ウイルス粒子は地球上で最も数多く存在する生物的構成体だ。ウイルスは常に新しい遺伝子を誕生させており、地球上で最も多様な遺伝子プールであるともいえる。これらすべてを誕生させた「場」が、ウイルスが感染している状態の細胞「ヴァイロセル」だ。

ヴァイロセル状態において、元の宿主細胞とウイルスがどのように共存するかは、ウイルス種などによって大きく異なる。宿主細胞ゲノムが完全に分解されているような場合はもはや完全にウイルス状態とも言える。一方で宿主を殺さず両者が完全に共存・共生している場合もある。後者の場合は二つの生命体が一つの細胞内で共存していることになる。

――ヴァイロセルでRNAがDNAに進化したという説を02年に発表しました。この説について今はどのように考えていますか。

その説は今でも気に入っている。発想のきっかけになったのは、ウイルスが持っているポリメラーゼ(DNAまたはRNAを複製する際に重要な働きをする酵素)の多様性だ。例えばDNAを複製するDNAポリメラーゼは、細胞には細菌型とアーキア・真核生物型の2タイプしかない。しかしウイルスでは、異なるウイルスのグループごとに異なる独自のポリメラーゼを持っていることが多々ある。このことから、ポリメラーゼはもともとウイルスが持っていたものではないかと考えるようになった。加えて、ウイルスゲノムには1本鎖、2本鎖、環状、線状などあらゆる構造的多様性がある。これらの理由から、ウイルスによって最初にDNAが生まれたのではないかと考えるようになった。

――ウイルスと細胞はどのように共に進化していったのでしょうか。

両者の相互作用こそが進化の最大の引き金になったと考えている。レトロウイルスのようにウイルスのゲノムが宿主のゲノムに入り込む「内在化」は、より直接的に宿主のゲノムを改変することになり、進化を引き起こしやすい。有名な例が哺乳類の胎盤形成に関わる遺伝子だ。レトロウイルスでなくても、ウイルスのゲノムが細胞のゲノムに入り込むことは起き、そうなると細胞はそれまで作ることができなかった新たなたんぱく質をつくることができるようになる。入り込むゲノムの境界領域では、既存の遺伝子を分断することになるので、それも新たな遺伝子が誕生するきっかけになる。これらが進化を引き起こす。

動物界に存在する遺伝子にはウイルス由来とみられるものが非常に多い。細胞側が進化してウイルスに抵抗できるようになると、ウイルスでも突然変異でそれに対抗手段を持ったものが勢力を伸ばす。ウイルスと細胞の軍拡競争とも呼ばれる、数十億年にわたるせめぎ合いが、双方の進化を促してきたのだ。

Patrick Forterre 1949年生まれ。長く微生物学部門を率いた非営利の民間研究機関パスツール研究所(パリ)とパリ=サクレ大学の名誉教授。アーキア(古細菌)やウイルス、生命の進化に関して大胆な学説を次々に発表し、注目された。

■身近にいる不思議な隣人 記者の眼

「海には全宇宙の星の数より多いウイルスがいる」と聞いて目を丸くし、「有力研究者がウイルスは生命体に加えるべきだと真正面から主張している」と聞いて認識を新たにした。

いつの間にか、ウイルス研究はとてつもなく進んでいた。今世紀に入り、いろいろなウイルスを一網打尽に見つける技術が研究現場で使われるようになり、調べてみると世界はウイルスに満ち満ちていることがわかった。

ウイルスは19世紀の終わりに、人や動植物に病気を起こす悪者として見つかった。しかし、それは例外的な「不幸な出会い」(高田礼人[あやと]・北海道大教授)の結果に過ぎない。感染が成立すること自体まれなうえ、感染しても目立った病気を起こさないことがあり、進化の推進力になることさえあるとわかってきた。

人にとって善か悪かといった見方をいったん離れると、ウイルスはただ、そこにいるだけだと気づく。人類が出現するはるか前から、山や川と同じように存在していた。自分たちと違うから「生き物ではない」としてきたのは、浅知恵ゆえの独善ではなかったか。

ウイルスとの不幸な出会いは避けたい。麻疹(はしか)に人類はずっと悩まされてきたのだと思ってきた。だが、遺伝情報を調べると、麻疹ウイルスはわずか2600年ほど前に牛がかかる牛疫ウイルスから枝分かれしてきたらしい。この「新型」の感染症はいま、麻疹ワクチンという人の知恵で対処すれば不幸を避けられるようになった。

だからといって、知恵でウイルスの根絶をめざすのは、山を片っ端から削って土砂崩れをなくそうとするようなものかも知れない。

地球上では、無数の種類のウイルスがそこそこに共存できる宿主(自然宿主)とともに静かに生きている。人という新参者はさまざまな場所に首を突っ込み、いろいろな生き物に手を出さずにはいられない。出合い頭の不幸な事故が今回のようなパンデミックになることはこれからもきっと起きる。自然災害への対策が自然の研究や考察から始まるように、ウイルス感染症対策もウイルスという「隣人」をよく知ることから出発すべきなのだろう。(大牟田透)