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世界の果てまでも追い続ける 「ウイルスハンター」と呼ばれる2人の日本人研究者

World Now
防護服を着てコウモリのすむ洞窟に入る研究者ら=2014年12月7日、高田礼人さん提供

■コウモリ捕獲、1000頭以上

北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター教授の高田礼人(あやと)さんは、アフリカ南部ザンビアの森でコウモリの捕獲を10年以上続けてきた。エボラウイルスと共生している自然宿主を探すためだ。捕まえたコウモリはこれまでに1000頭以上にも上る。だが、いまだにエボラウイルスそのものは見つかっていない。

北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター教授の高田礼人さん

自然宿主は、エボラウイルスに感染しても人のように死に至るような病気にならずに共存関係を築ける。高田さんは著書「ウイルスは悪者か」(亜紀書房)で、ウイルスが自然宿主でない新たな宿主に出合ったときの3つのパターンをユーモアをまじえて紹介している。

(a)全く相手にされない(受容体などの形が適合せずに感染できない)
(b)偶然にも受容体の形が適合して感染に成功
(b-1)けんか別れ(宿主となる生物の免疫システムとの折り合いがつかなかったり、ウイルスの増殖能力を調節できなかったりして、死に至るような重い病気を引き起こす)
(b-2)まずはお友だちから(感染したうえで、宿主生物にそれほど重い病気を引き起こさない)

自然界で現実に起きているほとんどのウイルスと宿主の関係は(a)と考えられるという。(b-1)は宿主はもちろん、宿主なしでは生きていけないウイルスにとっても不幸なケース。(b-2)は双方にとって落ち着いた状態だ。ただ、(b-2)はずっと続く保証はなく、宿主が弱ったり、ウイルスが強まったりで、(b-1)に移ることもある。

釣り用の玉網を使って、森の中で野生のコウモリを捕まえた高田礼人さん=2013年12月10日、高田さん提供
麻酔したコウモリから採血する高田礼人さん(左)ら=2012年12月7日、高田さん提供

エボラウイルスと人は(b-1)の不幸な結果を招くので、感染自体を何としても避ける必要がある。これに対し、新型コロナは(b-2)で目立った症状が現れない「不顕性感染」になる人が一定の割合でいて、気づかぬうちに他の人に感染を広げることが流行を抑えることを難しくしている。高田さんは「新型コロナはいずれ定着していくのだろうが、人間社会がどのように受け入れるのかが気になっている」という。

ト音記号の形をしたエボラウイルスの電子顕微鏡写真=高田礼人さん撮影

種として(b-2)の共存・共生関係が永続しているのが自然宿主だ。高田さんたちがエボラウイルスの自然宿主探しに力を入れるのは、ウイルスの拡散状況の監視につながり、人への感染防止や治療のヒントが得られる可能性があるからだ。

高田さんは「ウイルス感染症を抑える免疫応答についても、抗体が果たす役割の大きさやその持続期間などはウイルスによって違いすぎる。その多様性に対して、研究者の層は特に日本では薄くなっている。4、50年ほど前、感染症への関心が下がった影響だ」と話す。

新型コロナのパンデミックの陰で、アフリカではまたエボラ熱が発生している。「感染症はコロナだけじゃない。ザンビア大学との協力で行っている自然宿主調査も現地の問題を解決するためにと思って進めている。なのに助けに行くこともできず、やきもきしている」

■温泉めぐって生命の進化を探る

各地の温泉をめぐって熱水の中で生きるアーキア(古細菌)に感染しているウイルスを探しているのは、東京工業大学地球生命研究所(ELSI)特任助教の望月智弘さんだ。

東京工業大学特任助教の望月智弘さん

細胞を持つ生命は、進化の過程で細菌、アーキア、真核生物の3ドメインに分かれたというのが現在の生物学の定説だ。

その最も古い枝分かれの地点にいるのはどんな生物だったのだろうか。最終共通祖先(Last Universal Common Ancestor=LUCA)と呼ばれる細胞生物をめぐる議論はこの2、30年続いている。だが望月さんは、LUCAがどのような生き物だったか、という議論はまだしばらく決着はつきそうにないと見る。

一方、ウイルスに関しては20世紀末から大発見が相次ぎ、最近では、LUCA時代にどのようなウイルスが存在していたかも徐々に明らかになりつつある。ウイルス学は従来、病原体としての研究に偏っていた。このため、人や動植物など真核生物のウイルスは数千種見つかっているが、環境中の微生物に感染するウイルスは手つかずに近い。環境中のゲノムをまとめて解析するメタゲノム解析ができるようになって、未知のウイルスはたくさんいることが確実になった。

望月さんが専門にするのは極限環境に生息するアーキアのウイルスだ。細菌ウイルスには無機質で幾何学的な粒子形のものが多いのに対し、アーキアウイルスはレモン形やワインボトル形、バネ・コイル形など極めて多様だ。「形のおもしろさがすごくショッキングで、アーキアウイルスの研究を始めるきっかけになった」と望月さんはいう。

古細菌に感染するレモン型のウイルス(培養温度90℃)=望月さん提供

ところが、大学院修士課程だった時に最初に見つけたアーキアウイルスをめぐって指導教官と意見が対立した。「新種に違いない」と思った望月さんに対し、指導教官は「ウイルスなら宿主のアーキアを殺すか、ウイルスゲノムが宿主ゲノムに入り込むかするはず。宿主に影響ないなら、そんなのウイルスではない」と否定した。宿主に大きな影響を与えないウイルスがいることが今ほど認められていない時代だった。

古細菌に感染するウイルス(培養温度90℃)。構造がエボラウイルスに非常に類似しているのが特徴=望月さん提供

意を決して、博士課程でアーキアウイルスの大家であるパトリック・フォルテール氏がいた仏パスツール研究所へ移り、そこで博士号を得た。修士で見つけたウイルスも新種であることが認められた。新種であるばかりか、ウイルス分類法で事実上最上位の分類群である「科」が新設されるほどの大発見だった。(パトリック・フォルテール氏のインタビュー記事はこちら

高温の温泉があまりない沖縄を除き、これまでに北海道から鹿児島まで数百カ所の源泉で湯を分けてもらった。温度やPHの微妙な差で、宿主となるアーキアもさまざまだ。アーキアをうまく培養できる確率は0.1%ともいわれる。

熱水を好むアーキア(古細菌)ウイルスを探し、米イエローストン国立公園の温泉も訪ねた。さすがに観光客の目の前で採水するわけにはいかず、案内された別の目立たぬ温泉で採った=2017年、望月さん提供

熱水中のウイルスにこだわるのは、最初の生命は熱水噴出口の周辺で発生したのではないかと考えられているからだ。「見つかるウイルスはLUCA時代にいたウイルスについて考える材料になる」と望月さんはいう。解析中のものも含めると、10科12株の新たなアーキアウイルスの培養に成功した。「ほぼ間違いなく、世界でも最も多種多様なウイルスを培養している」

当面の狙いは、RNAゲノムを持つアーキアウイルスを見つけること。生命は当初みな、DNAではなくRNAで遺伝情報を保存していたとする「RNAワールド仮説」を補強することになるからだ。生命の起源や進化をめぐる議論に、ウイルスからアプローチを続ける。