二度と中国には帰れない…インフルエンサー李老師が実名で語る「続ける覚悟」
2022年末、中国で起きた「白紙運動」を覚えているだろうか。
当時、中国では新型コロナウイルス対策として厳しい検閲や情報統制がしかれていた。反対する人々が街頭に繰り出し、白い紙を手に持って表現の自由を訴えた。抗議活動は全土に広まり、「検閲や言論統制に対する抗議」の総称として「白紙革命」「白紙運動」と呼ばれた。
中国国内では「グレート・ファイアウォール(ネットの万里の長城)」と呼ばれる厳しい情報統制があるため、人々が現地で撮った動画や写真は、国内のSNS上ではすぐに削除されてしまう。そうした情報をすくい上げ、ネットで国外に伝える在外中国人は多い。そのなかで圧倒的な速さと量で発信していたのが「李老師」(李先生)だった。「白紙運動」が中国だけでなく世界でも広がりを見せた同年11月以降は、CNNなど多くの外国メディアでも、李老師が発信した動画を現場からの映像として報じていた。
「中の人」はイタリア在住の中国人男性で、本名は李穎さん(33)。
このほど初めて来日し、朝日新聞の単独インタビューに応じた。一問一答は以下の通り。
――「白紙運動」を機に、中国人ネットワークのなかであなたのアカウントは大きな信頼とフォロワーを獲得しました。いま、中国国内から受け取る情報にはどのようなものがありますか。
当時はコロナに関連した内容がほとんどでした。いま、私が主に受け取るのは「個人の生きる権利」に関することです。学校や職場、工場などでのストライキ、不動産業界や金融機関の破綻(はたん)に関連する暴動事件から、公務員への給与未払いまで。パンデミックが終息した後も、経済は回復せず、若者の失業率は依然として高く、多くの人が卒業しても就職できていません。人々は昔の生活に戻りたいと願っているけど、取り戻せていません。
――「李老師」のアカウントは、中国国内からさまざまな情報が寄せられています。中国の人々は、なぜあなたのアカウントを利用するのでしょうか。
二つの側面があります。
まずは情報収集のためのプラットフォームとして。Xは中国国内のメディアやSNSのように削除されることがないため、情報を得るための大事なチャンネルです。昨年6月に江蘇省蘇州で日本人学校の送迎バスが襲われた時も、当時、情報を知りたいと思った人々は「壁を越えて」私のアカウントにアクセスしました。
もう一つは発信ツールとしてです。社会的に不当な扱いを受けたり、事件など何らかの事態を目撃したりした人が、私のアカウントにDM(ダイレクトメッセージ)を送ることもあります。中国にいるブロガーや一般人が、私が投稿したものを、検閲にひっかからないように中国に「逆送信」することもあります。
情報発信と収集。このアカウントはいま、そのようなコミュニケーションの連鎖が形成される土台となってきています。
――「壁越え」しないと見られないということは、李老師のコンテンツを見たり、フォローしたりしているのは主に国外の人でしょうか。
Xのページ分析によると、アクセスの約30%が米国からで、約10%が日本、台湾、シンガポール、香港。ただこれらの国・地域には、中国国外からXを閲覧するために必要なVPNのサーバーが設置されていることから、単に経由しているだけの可能性もあります。
――では、残りの60%は中国からということでしょうか。
利用者が主にどこで閲覧しているかを特定する方法はありませんが、私のフォロワーの大部分は中国の人々と言えます。実際、中国国内からグレート・ファイアウォールを乗り越えて海外コンテンツにアクセスする人はたくさんいます。
――中国の公安警察が、あなたのフォロワーの身元を特定し始めていることを、Xで発信しました
実際に当局から呼び出しを受けた人から情報提供され、知りました。
当局から呼び出されることを、「お茶に呼ばれる」と言いますが、呼び出された時にこっそり撮影したという写真も送られてきました。当局は私のフォロワーの年齢、職業、身分証番号を把握しており、どうやってファイアウォールを回避してアクセスしたか、いつ私のアカウントをフォローしたかなどを細かく尋ね、これまでに反党(反共産党)、反体制的な発言をしたことがあるか、今後二度とファイアウォールを乗り越えないと約束するか、といった尋問をしたそうです。
この状況は最近まで続いていました。
また、海外に留学中の中国人のなかには「(国内にいる)両親に電話がかかってきた」と教えてくれる人もいました。当局が両親に電話をかけ「お子さんが留学していますね。お子さんに李穎をフォローしないよう注意してほしい」と言ったそうです。国内にいる親は通常Xを見ることはないし、まして私の本名を言われてわかる人はまずいません。それでも当局は「李老師(李先生)」と言わず、「李穎」をフォローするなと言ったそうです。
――どう思いますか
最初にこのことを知ったとき、私は彼らを怖いと思いました。
しかし、今振り返ってみると、怖がっているのは私ではなく、彼らなのではないかと思います。
――当局が、あなたを恐れている、と
彼らにとって私は、「バグ」のような存在なのでしょう。コンピュータープログラムやシステムの誤動作や不具合のことです。彼らはこれまで、大勢の信頼を得られる人間が現れるとは思ってもいなかったと思います。
中国では長年にわたり、政策によって社会が「原子化」されるようになっていました。コミュニティーを構成する市民が孤立し、つながりや信頼関係を持たない。互いを信頼していないから、目の前で誰かが倒れていても、誰も反応しません。
そのような原子化された社会なのに、ある日突然、身元不詳のアカウントがSNS上に現れ、多くの人々がそれを信じ、それまで(当局が)簡単に隠蔽(いんぺい)できたはずの内容がすべて公開され、「これが中国の本当の状況だ」「私たちはこう考えている」といった表現が瞬時に海外に発信されるようになったのですから。
――フォロワーに対しての警告文の最後にある『最も暗い時、あなたと私がともに進み、退くときにも共鳴し合うことを願う』の一文が印象的でした。なぜこれを書いたのですか。
それはある歌の歌詞で、私はこのフレーズが気に入っています。いまの中国は分散化した社会になっていますが、本当に大切なのは、私たちのような普通の人々がお互いを見つけ合い、団結する必要があるということです。
いま、中国の人々は総じて大きな無力感に包まれています。問題はたくさんあって、市民はそれを解決したいと思っているのに、何もできない。何も言えない。無力感に満ちています。
――より良い暮らしを求めて中国を脱出する人々も増えています。
お金、能力がある人は逃げられますが、たとえ中国の経済が良くなり、社会が改善されても、これらの人々は二度と戻ってこないと思います。ですが、逃げることもできず、希望も変化も感じ取れない人が、絶望的になり、無差別殺人といった極端なものへと進んでいる現状の方が心配です。
――今後も「李老師」は続けていくのでしょうか
いま、私は大きな影響力を持っています。以前と違って何か感じることがあるとすれば、それは、今はよりこのアカウントに対して責任があるということです。
私自身がゼロコロナをきっかけに中国人の情報収集・発信ツールとなるようなプラットフォームを作ったのだから、自発的にやったにしろ、偶発的にできあがったにしろ、続けていく責任が私にはあると思います。一方で私自身も、もっと勇敢に物事に立ち向かうべきだと感じています。
影響力が増すにつれ、嫌がらせや妨害行為もどんどん過激になってきています。私は、イタリアですでに5回引っ越しをしました。どんなに引っ越しをしても、必ず「誰か」が家を突き止めて、ドアに落書きをしたり、脅迫をしたりしてきます。
中国国内に住む両親は、1週間に3回は当局の職員が見回りにきます。近くのスーパーに買い物に行くのがやっとで、自由な行動を許されてはいません。私はもう、中国国内には帰れないでしょう。帰らないです。
そういう目に見えないものと戦うには、私一人の力だけでは、もう難しくなってきました。もっと多くの人々、もっと大きな協力が必要です。
――今回、主要メディアではほぼ初めて、実名で取材に応じてくれました。なぜ実名を明かそうと思ったのでしょうか。
パンデミックを経て、中国当局だけでなく中国市民からも「あいつを探せ」と私の身元を特定しようとする動きが加速し、実際に一部のネット上では実名が出てしまっている。それもあって、もう覚悟は決めた。メディアにも実名で応じようと思いました。
――「李老師」はすでに個人アカウントの域を超えて一つのプラットフォームになっているとも見えます
「李老師」のアカウントはいま、私個人ではなくチームで運営しています。参加している人数や国籍は言えませんが、世界中の若者で構成されています。中国籍の人もいれば、そうでない人もいます。プログラマーもいればアーティストもいます。私たちは多様なバックグラウンドを持っています。
いまは各分野にチームを編成して取り組んでいます。例えば、ニュース専用のチームは複数のタイムゾーンにまたがり、「李老師」が24時間稼働できるようにしています。YouTubeチームは、ニュースを動画形式で配信し、インタビューなどの番組を手がけています。監査チームは日々大量に寄せられる情報の真贋(しんがん)を見極めてくれます。
――どうやってファクトチェックをしていますか。
送られる画素数が少なすぎたり、画像の圧縮率が高すぎたりするものは、自身で撮影したものではない可能性が高い。その場合はどこでその画像・動画を入手したのか、場所や時間、誰が撮ったかを分かる範囲でDMで尋ね、信頼できると思えば発信します。また、発生現場から撮影者本人が送ってくる場合も、大きな事件なら1人ではなく複数から違う角度から撮ったものが送られてくるはずですが、これが衝撃的な映像や写真でも、1人からしか送られなければフェイクニュースの可能性が高い。
さらに、提供時の情報が詳しくても、現地で関連ニュースがあるか確認します。これらはネット上だけではわからず、暗号化されたアプリのチャットだけで交わされる情報もあります。複数チェックを経て、現地でその出来事が実際に起こったかどうかを確認し、発信しています。
――チームを作って、今後はどういう活動をしたいと思っていますか 。
「李老師」は、声なき人の苦しみを届けることを目的にしたプラットフォームです。これをきちんと存続させていくことが私たちの最大の使命だと考えています。
――運営資金はどうするのですか。
私たちは、株式を発行するのと同じようにビットコインを発行しました。暗号通貨のほうが、資金提供者の身の安全を守れるからです。ただ、資金提供を呼びかけた私たちを「詐欺」と呼ぶ人々も大勢います。暗号通貨に対する知識がないから、ということもありますが、そもそも資金を調達してはいけない、という批判もあります。
見返りを求めずに光をもたらしてくれるような救世主として私たちに期待している人からは「現状を維持しろ」とも言われます。
――あなたは、もともと芸術を習いにイタリアに来た留学生ですよね。思い描いた未来とはだいぶ違う状況だと思いますが、どう感じていますか。
私は今、芸術をやっていると思います。私にとっては、私がすることはすべて芸術作品のようなものです。アートには関係性美学と呼ばれる概念があり、それは芸術家と観客が一緒に芸術作品を完成させることを意味します。だから、私がアーティストであるかどうかは関係なく、今やっていることが一種のアートです。
私は伝統的な社会活動家や政治家とは違うかもしれません。政治的な視点ではなく、感情的な視点から問題を見ていることもあります。でも、もし最終的に、それが中国のいくつかの状況を良い方向に変えることができるなら、それは芸術作品になるのではないでしょうか。