「悪 vs. 正義」の構図を超えて ベネズエラの「コムーナ」が問う人間の尊厳と民主主義
2025年11月、アメリカの軍事圧力が強まり、ベネズエラとの往来が途絶える直前に、私は建築家の山本理顕氏に同行して、首都カラカスで開催された「世界バリオ会議」に参加した。
約3000人が誇らしげに、会場となったカラカスの大劇場に集った。彼らは、都市の周縁部にある低所得者層が多く住む、「バリオ」と呼ばれる居住地の住民たちである。
バリオとは、いわゆる「スラム」という言葉からイメージされるような環境で、お隣の国ブラジルでは「ファベーラ」と呼ばれる地区に似ている。カラカス首都圏の人口の約半数が、このバリオに住んでいるといわれている。
主要メディアによれば、ベネズエラでは反米左派政権の独裁体制が長く続き、経済が破綻し、社会が混乱していると報じられている。国外に逃れた人々の数は800万人にも上るとされ、なかでもバリオに住む貧困層は極限まで追い詰められていると想像される。
果たして、現状はどうなっているのか。覚悟してバリオを訪れると、その光景に拍子抜けした。街の随所にカラフルな壁画が描かれ、明るい雰囲気に満ちていた。
バリオの多くはインフラ整備が難しく、都市開発がされないまま残された斜面地に、住人たちが自力で家を建ててできあがった場所である。そのため、交通アクセスが大きな課題の一つだった。反面、曲がりくねった坂道の路地には訪れる人を引きつける魅力があり、坂を上り切った先からは眼下に街全体を見渡すことができる。
状況が変わったのは1999年、マドゥロ政権の前身である左派ポピュリズムのチャベス政権が誕生してからだ。公共交通としてゴンドラ(都市型ロープウェー)が導入され、アクセスが飛躍的に改善した。
いち早く2010年にゴンドラが導入されたサン・アグスティン地区は、都市の中心部に近く、今では「バリオ文化」を誇る界隈(かいわい)になっている。夕暮れ時には若者たちであふれ、老若男女がサルサのリズムに乗って夜通し踊り明かす姿が見られる。
ラテンアメリカ最大のスラムとも言われるペタレ地区(人口約40万人規模)では、40%の急斜面に赤褐色の薄板れんがで造られた粗末な家々が貼り付いている。マドゥロ政権の路線になってから地区に階段が整備された。
「安全に移動できるようになってうれしい。階段の上り下りはしんどくなる一方だけど」。そう言いながら、年配の女性がゆっくりと階段を上っていた。
私が参加した「世界バリオ会議」の主役は、自分たちのバリオで活動する地域共同体の人々だ。彼らは「コムーナ」(※)という、共同体による自治組織として活動している。
会議では、サン・アグスティン地区のコムーナ「100%サン・アグスティン」や、ペタレ地区の「ヴァモス・コン・トド(なんでもみんなで行こう)」の代表者たちが舞台に上がり、自分たちの取り組みを発表した。地域共同体ごとにおそろいのTシャツを着たり、横断幕を掲げたり。歌あり踊りありで、客席と一体となったラテン的な祭典だった。
国連の統計によると、現在、世界全人口の10%を超える10億人が、ベネズエラのバリオのような居住をめぐる課題を抱えている。
1950年代ごろから各国政府は公的に住宅を供給してきたが、その効果は限定的だった。近年こうした地域は「インフォーマル居住地」と呼ばれ、市場(マーケット)を活用して問題を解決しようと、土地や家屋への権利の合法化の努力が進められている。とはいえ、外部からの改善には限界がある。
これに対し、ベネズエラのコムーナは、コミュニティーが主導し、物的環境、教育、医療など、地域の諸課題に統合的に取り組むことを可能にしている。コムーナのこうした仕組みこそが生活する人々が前へ進むための動力を生み出している。
世界的に見ても、コミュニティーに着目した取り組み自体は、ブラジルの参加型予算(1980年代末から)、フィリピンのコミュニティー抵当事業、インドネシアのカンポン(村落的共同体)の自治を生かした改善事業など、各地で試みられてきた。
しかし、貧困層コミュニティーの主体性を尊重した丁寧な取り組みは時間がかかる。新自由主義的な経済開発が加速する世界において、まるで、そうした活動は大海原に投げ出された小舟も同然であり、しばしば無力感にさいなまれるものだった。
一方、世界から孤立したベネズエラでは、「壮大な実験」が行われた結果、「奇跡」が起きている。
貧困層の烙印を押されていた人々が、今や「自分たちのことを自分たちで決めて、生きる道を切り開いていく」と胸を張るまでになっている。
それを可能にしたのは、政府の側がコムーナの自律・自治を支える形へと、ドラスティックに転換したことが大きい。
コムーナの自治は、チャベス政権時代に関連法整備がなされてから徐々に育ち、2013年後継のマドゥロ政権になってようやく実を結び始めた。国、州、市町村の階層的な統治機構とは別建てで、全国に3600ほど組織されたコムーナが事業を提案。それらを全国会議的な選考を経て、政府が予算を付ける仕組みがつくられた。
コムーナに関連する予算は、「コムーナルート予算」と呼ばれる。当初、国家予算の数パーセントに留まっていたが、マドゥロ政権は数十パーセントにまで大幅に増やそうとしていた。
バリオの住人たちは、都市開発されていない土地に家を建てて生活しているため、土地家屋を保持できる保障がなく、社会的アクセスも困難だ。そこで、インフォーマル(非公式)に占有している土地に対し、政府が証書を交付し、生活基盤を安定させた。
コムーナを見ていると、「人間の尊厳」について考えずにはいられない。
「貧困をなくし、誰もが尊厳ある生活を」は、世界のスローガンだが、経済的な貧困から脱するだけでは、人間の尊厳は手に入らない。
経済的な豊かさに関わらず、自分たちで課題が何かを解明し、それにどう対処するかを自ら決定するプロセスにこそ、人間の尊厳があるのではないだろうか。
仮に経済的に豊かであっても、コムーナの人たちが経験している「自ら決定するプロセス」なくして人間の尊厳はありうるのか。むしろ彼らのほうが、市場経済の豊かさばかりを重視する富裕層に対し、根源的な問いを突きつけている。
現在のベネズエラは、「麻薬組織と結びついたマドゥロ独裁」という「悪」と、「民主化」を掲げノーベル平和賞を受賞した野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏の「正義」という構図で一般的に理解されがちである。
確かに、コムーナに関連する法制度は、民主的な手続きである憲法改正を経ていない。マドゥロ政権の示す道は、「人民」が権限を勝ち取り、参加型民主主義を実現していくというものだが、政治参加できるのがコムーナ制度の枠内のみで、思想や表現の自由が侵害されているという主張もまた理解できる。
また、コムーナルート予算の土俵に上がるには、現政権への全面的支持表明が前提となっている。バリオの住人への土地証書の交付も、行政手続きのみでスピーディーに進められており、財産権の侵害の懸念があるなど、民主主義に抵触する点が多々ある。
しかし、バリオに暮らす人々の側に身を置いて同じ世界を見ると、目の前にあるのは「経済的な貧困層であるバリオの人々の民主運動」と「富裕層のエリート民主主義」の対立だ。
つまり、抗争関係にあるのは「草の根の民主運動」と「形式上の民主化」なのだ。反体制が掲げる新自由主義的な民主化は、富裕層のエリート民主主義へ回帰するリスクもはらんでいるのではないか。
歴史を振り返れば、民主主義から遠ざけられた人々の不満が1989年のカラカス暴動を引き起こし、政府は彼らに銃口を向けた。そうして増幅した怒りが、チャベス大統領を生み、世界的に孤立に追い込まれ強権化してきた左派ポピュリズム政権を25年間も持続させる糧になったとは言えないだろうか。
その中でやっと芽生えたコムーナの自律的なプロセスには、世界の都市貧困対策が目指す姿がある、と私は思う。
もし極左の提唱する革命の魔法が解けたとしたら、彼らはどうなるのか。私たちが新自由主義的な民主化を善意で支持することで、コムーナの運動が、貧困層の「自己責任論」へと回収されるのを後押ししかねないのではないか。
コムーナから高まる民主運動は、「人間の尊厳」を支えるプロセスとして民主主義を駆動させることの大切さを教えてくれている。
これは特異な政治的条件がそろって勢いを得た運動ではあるものの、世界中のさまざまなインフォーマル居住地と連帯していったとしたら、「世界バリオ会議」はグローバルサウス発の大きな運動へと展開していくポテンシャルを持っている。
その先には、グローバルノース(先進国を中心とした世界)の価値観さえも変えてくれる希望が見え隠れしている。