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ベネズエラ危機はなぜ膠着するのか 理解するカギは「アメリカ」にある

Behind the News ニュースの深層 更新日: 公開日:
チャベス前大統領とマドゥロ大統領が描かれた壁の前で踊る子供たち=カラカス、竹花徹朗撮影

乾いた皮膚に浮き上がる骨、うつろなまなざし。今年5月にベネズエラ西部マラカイボで出会ったミゲル・ブランコ(25)には、たかるハエを払う力さえ残っていなかった。スラム街を歩くと、衰弱した人々がそこかしこにいた。かつて、このスラムの住民のほとんどが政権を支持していたというが、今は違う。

チベネズエラ北西部マラカイボのスラムで、ベッドに横たわる子供。栄養不足で骨が浮き上がっていた=5月25日、竹花徹朗撮影

今年2月、カラカスで与党の集会の取材中、警備する警察官が声をかけてきた。チャベスが生きていたころは、この大通りや周囲の通りを500メートル以上にわたり、群衆が埋め尽くしていた、と説明する。

「動員なんてなかった。みんな、チャベスをひと目見たがっていた」 この日の光景は対照的だった。近くの州からも支持者を乗せたバスやトラックが次々と到着するが、大通りは300メートルも埋まらない。「少ないな」とつぶやいた警察官は、「実は」と続けた。「国境近くに転勤したら、国から逃げたいんだ」。そう小声でささやくと、仕事に戻った。

経済が崩壊し、深刻な人道危機の広がりを前に、マドゥロ政権は急速に支持を失っている。経済だけが問題ではない。はびこる汚職に庶民は怒りを募らせている。

右の棚にはケチャップだけがずらりと並んだ、スーパーの棚。商品が偏っている=2019年3月1日、ベネズエラ西部、岡田玄撮影

当初は人道危機はないとしていたマドゥロ政権は、今では「米国の経済制裁が原因で危機になった」と主張を変えた。だが、汚職を目にし、制裁以前から変わらない苦しい生活を実感し続けている人々は、政権の説明をもはや信じていなかった。

しかし、だからといって、庶民が反政権派に単純に肩入れしているわけでもない。

■チャベスが語った「世界の真実」

高層ビルが整然と立ち並ぶ周囲の斜面を、ブロックを積み上げた家々が無秩序に埋め尽くす。標高900メートルを超す盆地に広がるカラカスの光景は、この国の貧富の差を映し出す。

カラカス市内のスラム街。家の壁(中央下)に前大統領チャベスの顔が家に描かれていた=カラカス、竹花徹朗撮影

大統領府近くのスラム「1月23日」地区。カラカスを見渡す、この斜面の頂上には、2013年に亡くなったチャベス前大統領の遺体が安置される「山の兵舎」と呼ばれる施設がある。

その近くに、小さなほこらがあった。チャベスとイエス・キリストの像が並ぶ写真が貼られ、マリア像とともにチャベスの像がいくつもまつられていた。ベネズエラ独立の英雄、シモン・ボリバル(1783~1830)の肖像もある。近所のエリサベス・トレス(54)がチャベスの死の直後から守り続けてきた。

チャベスの遺体が納められたひつぎの周りで祈る人々。後ろにはチャベス氏とシモン・ボリバルの肖像が飾られていた=2019年3月5日、カラカス、岡田玄撮影

トレスは「チャベスが大統領になるまでは、食事にも事欠く暮らしをしてきた私たちにとって、チャベスは神様なのよ」。民兵のエドゥアルド・シャイコ(65)は「われわれの永遠の司令官、チャベスに目を見開かされた。世界の真実を知ったんだ」と力説した。

彼らが語る「世界の真実」とは、「米国とその手先の富裕層が、ベネズエラや中南米の富を奪い、人々を貧しいままにしてきた」という歴史観だ。貧困を余儀なくされてきた人々にとって、この歴史を打ち壊そうと語ったチャベスの言葉と行動を支持することは、彼らが人間として扱われる「新しい世界」の建設を実現することに他ならなかった。シャイコは言う。「真実を知った人間は、二度と後戻りはしない。革命と祖国を帝国主義者から守ることが重要なんだ」

■米国の圧力が生むジレンマ

チャベスの思想の源流、シモン・ボリバルはスペインの植民地だった中南米を一つにまとめ、鉱物資源を国有化し、先住民や黒人も平等に扱おうとした人物だ。自身の政策を「ボリバル革命」と名付けたチャベスは、国名も「ベネズエラ・ボリバル共和国」に改めた。

だが13年3月、チャベスはがんでこの世を去る。後継指名された副大統領ニコラス・マドゥロは「私はチャベスの息子だ」と演説した。ボリバル、チャベス、マドゥロへと歴史、そして物語をつなげた。

チャベス前大統領とマドゥロ大統領が描かれた壁=5月20日、カラカス、竹花徹朗撮影

長年政権を支持してきた電気工のマルコス・ペニャ(62)は、この3人の肖像が描かれた壁を見ながら言った。「ボリバルは神、チャベスはその息子。マドゥロは、チャベスの息子だ」

中南米は「米国の裏庭」と言われた。冷戦期、キューバ革命が起こると、米国は幾度となく革命政府の転覆を図った。社会主義政権が誕生したチリをはじめ、米国に不都合な政権があればクーデターを支援。そして、米国の後押しを受けた各国の軍事政権は、左翼活動家を逮捕、拷問し、殺害した。

1980年代以降は、米国と国際通貨基金(IMF)が主導する「新自由主義」が南米大陸を席巻した。国家財政の立て直しのため、公共部門が縮小され、国営企業の民営化や市場経済の導入が進んだ。米国などの外国資本の影響力が増し、貧富の差は拡大した。

マドゥロ派の集会で、「介入反対」と書かれたプラカードを掲げる女性=2019年2月27日、カラカス、岡田玄撮影

チャベスの訴えは、記憶を共有する中南米の貧困層や左派にも響いた。チャベス政権は高騰する原油の販売で得た収入を、国内の低所得者層だけでなく、周辺国の左派陣営にも提供。相次ぐ左派政権の誕生につながった。

マドゥロ政権の退陣を求める米トランプ政権は、反政権派で暫定大統領就任を宣言したグアイド国会議長への露骨な支援を続けている。だが、グアイドは4月、軍に離反を呼びかけたものの失敗。政権交代を求めるデモに連日参加していた国民の期待は一気にしぼんだ。

マドゥロ、グアイド双方が大衆の支持を失うなか、米国は経済制裁を続けるが、圧力を強めるほど、庶民の暮らしは追い詰められる。「苦しめているのは米国だ」。この記憶がよみがえれば、怒りの矛先はマドゥロ政権から米国へと向かうことになる。チャベスを生んだ火種は、いまもくすぶり続けている。