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イーロン・マスクも移住 規制や税金が嫌われるカリフォルニア、テキサスへ流出加速

Behind the News ニュースの深層 更新日: 公開日:
平坦(へいたん)な大地で、住宅や商業施設の開発が進む米テキサス州北部=江渕崇撮影

米国で南部テキサス州へと人や企業がなだれ込んでいる。大きな流出元は、イノベーションの中心地のはずの西部カリフォルニア州。二つの「経済モデル」が激しく競り合っている。(経済部記者・江渕崇)

「シリコンバレー発祥の地」と呼ばれる小さなガレージが、カリフォルニア州パロアルト市アディソン通りにある。のちにコンピューター製造・販売を手がけるヒューレット・パッカード(HP)社が1939年に産声をあげた場所だ。その流れをくむHPエンタープライズが昨年12月、テキサス州ヒューストンに本社を移転すると発表した。テクノロジー企業のシリコンバレー離れを象徴するニュースとして話題をさらった。

そのわずか1週間後。こんどは、電気自動車テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)がテキサスへの移住を明らかにした。彼はコロナ危機が深刻化した昨年5月、カリフォルニア州にあるテスラの工場再開に難色を示した地元当局を非難していた。

「カリフォルニアは長いこと勝ち続けてきた。それを当たり前だと思っているんじゃないか」。マスク氏はそんな捨てゼリフとともに、テスラの新工場建設地でもあるテキサスへと去っていった。

テスラは新たな工場をテキサス州都オースティン郊外に建設している=2020年10月、江渕崇撮影

カリフォルニアからテキサスへ。その激流はコロナ禍で強まっている。マスクの告白のわずか数日後には、シリコンバレーを代表する企業の一つオラクルも、テキサスへの本社移転を公表した。

「今までなら10年かけて起きた変化が、1年やそこらで起きている」。テキサスの州都オースティンでプライベートエクイティ(PE、未公開株)ファンドを営むジョン・ギセリさんはそう語る。ギセリさんは投資先探しを、カリフォルニアなどからテキサスに拠点を移す企業に絞っている。テキサスなら個人、法人とも所得税ゼロで、土地も人件費もエネルギーも安い。カリフォルニアから脱出するだけで平均32%ものコスト減になるとの調査結果もあり、「経営者も株主も顧客も、関係者全員が確実に得をする。移住する従業員だってハッピーだよ。ロサンゼルスなら車庫すら買えない値段で、豪邸に住めるんだから」。

米テキサス州オースティンで投資ファンドを経営するジョン・ギセリさん=2020年10月、江渕崇撮影

自身もロサンゼルス近くの海岸沿いの高級住宅街に30年あまり住んだ。しかし税金は重く、生活コストは高く、規制は強まる一方なのに治安は悪化。嫌気が差し、3年前に引っ越した。昨年、コロナ危機が深まると、知り合いの資産家や経営者、金融のプロたちも、続々とテキサスをめざしたという。「在宅勤務とリモート会議が当たり前になったら、カリフォルニアにとどまる理由はもうない」

■民主党には「不都合な真実」

米国経済を長くリードしてきたのは、カリフォルニア、ニューヨークなど東西両海岸の主要州や、大都市シカゴを擁するイリノイ州など五大湖周辺の北部の州だった。しかし、まずは製造業の衰退により、五大湖周辺が「ラストベルト」(さびれた工業地帯)と化した。

金融やハイテクなど最先端のビジネスが集まる両海岸も、足元では「副作用」が深刻さを増していた。家賃や物価の高騰だ。家を追い出された何万人ものホームレスが、大都市の街角で物乞いをしている。

これらの州はいずれも民主党が強い「青い州」だ。ビジネスへの規制は厳しく税金も重い。労組が強く、労働者保護の仕組みが手厚い。各種の「ビジネスしやすい州」のランキングでは、ニューヨークやカリフォルニアは「最下位争い」を演じることもある。

調査会社の集計では、2019年までの20年間で、ニューヨーク州からは差し引き300万人が他州に移った。2位のカリフォルニア州からも同240万人が転出していった。その受け皿となったのが南部の各州だ。テキサスは同じ期間に同200万人の転入超だった。17年、ロサンゼルス近郊からテキサス州ダラス郊外に北米本社を移したトヨタ自動車は、「テキサスラッシュ」の代表格だ。バイオやテクノロジー企業の集積も進み、「油田とカウボーイ」のイメージは、もはや過去のものだ。

米テキサス州では住宅建設ラッシュが続く=2020年10月、江渕崇撮影

「青い州」の都市住民が流入し続けた結果、もともと共和党が強い「赤い州」だったテキサスでは民主党が勢いを増す。近い将来、大統領選ごとに勝者が入れ替わる「激戦州」になるとも予測される。そうなれば、民主党がホワイトハウスを押さえる確率が一気に高まる。

昨年の米大統領選中、テキサス州オースティン郊外の新興住宅地では、民主党候補のバイデン支持を訴える看板が目立った=2020年10月、江渕崇撮影

とはいえ民主党も喜んでばかりはいられない。バイデン政権は、トランプ前政権時代からの累計で日本の国内総生産(GDP)に匹敵する巨額財政支出に乗り出し、富裕層への増税や環境規制の強化も視野にある。政府の役割を一気に拡大することで、コロナ危機に立ち向かう姿勢が鮮明だ。それと対極をなす経済モデルを志向するテキサスに、人もビジネスも集まる現状は、民主党にとって「不都合な真実」でもある。
むろんテキサスにも弱点はある。大寒波が襲った2月、テキサスでは400万軒以上の大規模な停電が起き、凍死などで数十人が犠牲になった。電力自由化の行きすぎが招いた悲劇だとの批判も出ている。ハリケーンが来るとしばしば大きな被害が出るのも、宅地開発など土地利用をめぐる規制が緩く、防災面での手当てが後回しにされたことが影響している。

テクノロジー企業が流れ込む「フロー」では躍進するテキサスだが、蓄積された「ストック」の厚みではカリフォルニアにはまだまだかなわない。都市論が専門のトロント大のリチャード・フロリダ教授は、「ベンチャー投資の圧倒的トップは今もシリコンバレーで、他との差は縮まってもいない。自動車産業が斜陽になったデトロイトのように寂れゆくなんて心配は無用だ」と話す。

「小さな政府」をとことん追求したテキサス型の経済が、コロナ禍も追い風にこのまま急成長を続けるのか。コスト高でも付加価値の高い産業で世界をリードするカリフォルニアやニューヨークが踏ん張るのか。「モデル間競争」の行方は、日本経済の将来像を考える上でも大いに参考になりそうだ。