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「ループの快感」と「句会の情熱」で味わうヒップホップ 慶応大の大和田教授が解説

World Now 更新日: 公開日:
アメリカのヒップホップについて語る慶応大学教授の大和田俊之さん
アメリカのヒップホップについて語る慶応大学教授の大和田俊之さん=2025年12月3日、横浜市港北区、中川竜児撮影

アメリカのニューヨークで誕生し、屈指の音楽ジャンルに成長を遂げたヒップホップ。とは言っても、ズンドコズンドコと音楽を繰り返しながら、早口で怒ったように歌っていて、分からない、どう楽しめばいいのか……。そんなイメージを持っている人もいるのでは。『アメリカ音楽史』や『文化系のためのヒップホップ入門』(長谷川町蔵氏との共著)を書いた慶応大学法学部の大和田俊之教授(55)に魅力を解説してもらい、オススメのアルバムを教わった。

「それなら間奏を延ばそう」

普通の曲にはイントロ、Aメロ、Bメロ、サビがあって、サビに向かって盛り上がっていく。しかし、1970年代のニューヨークのブロンクスで、ジャマイカ出身のDJクール・ハークは踊りに来た若者たちを観察していて、あることに気づいた。彼らが一番盛り上がるのは、ドラムだけになった間奏部分だ、と。ハークは「それなら間奏を引き延ばそう」と考え、同じレコード2枚、レコードプレーヤー2台を準備して、交互に間奏部分だけを繰り返し流す(ループ=ブレイクビーツ)手法を編み出した。

これが評判を呼んで、既存の曲の一部分を取り出して再構成し(サンプリング)、踊らせるパーティーが流行した。ハークが最初にパーティーを開いた1973年8月11日が後にヒップホップの誕生日と定められた。

過去の曲の一部をループさせるのは実はすごい発明で、例えばベートーベンの『運命』の冒頭、「ジャジャジャジャーン」を格好良いと思ったら、そこだけ繰り返すと想像してもらえば、画期性が分かるだろう。作り手への敬意はどうなっているのか、と思うかも知れないが、ハークはあくまで聴衆にウケる構成を考えた。作家がいて、作品があって、受け手がいて、作家の作品をありがたく受け取るというロマン主義的、モダニズム的なコミュニケーションではなく、作品が真ん中にあって、作り手と受け手の両方が作品にコミットする関係に変えたとも言える。

この話を授業ですると、学生から「間奏が格好良かったら盛り上がるのは分かるんですが、それはイントロがあってメロがあってサビがあって、だからこそじゃないですか」という意見が出た。一理あるが、それは、曲にある種の物語性をみるモダニズム的な考え。ヒップホップは文脈から断片を引き剥がし、再構成し、新たな解釈を生むポストモダン的手法だ。

断片から伝わる格好良さ

YouTubeでスポーツの好プレー集を見ると考えたらどうか。例えばサッカーの有名選手の華麗なプレーだけをつなげた映像。試合を最初から最後まで見るつもりはないし、流れ(文脈)も関係ない。しかし、断片から気持ち良さ、格好良さは伝わってくる。

2023年11月、ニューヨーク・ブルックリンで開かれた「ロックの殿堂」入りの式典で賞を受け取るDJクール・ハーク(右)
2023年11月、米ニューヨークで開かれた「ロックの殿堂」入りの式典で賞を受け取るDJクール・ハーク(右)=ロイター

ヒップホップに不可欠なサンプリングという手法も、このジャンルが大きくなるにつれて著作権上の問題が生じ、以前に比べて難しくなっているが、ループという基本は残っている。そのループが快感や、時に不穏さを伝える役割を果たしている。そして、このループ構造は1990年代以降のR&Bやポップスにも影響を及ぼしている。

と言っても、私自身、ループの快感、あるいは中毒性が分かったのは2000年代半ばになってから。授業でアメリカ音楽の歴史を説明していて、ヒップホップにも触れてはいたが、頭の中で理解したことしか話せなかった。それが、フジロックフェスティバルで大いに盛り上がった後、足を骨折してしまったことがあって。病院でギプスをつけてベッドで寝ながらヒップホップを聴いて、「あ、これだ」と分かった感覚があった。

後で考えると、子どもの頃にレコードプレーヤーの針がレコードの傷で針飛びしてしまうのに似ていて、何かが先に進まない感覚というか、先延ばしにされて宙づりになった感覚で、そこに変な快楽性があった。ループに身をゆだねる快楽のようなものが、そのときはっきり分かった。それで松葉杖をついて、レコード屋に通って、ヒップホップの棚から買いあさった。

「今の韻の踏み方、最高」

パーティーをさらに盛り上げるため、マイクを持ったパフォーマーが登場した。最初は掛け声であおる程度だったが、即興の詞を乗せるようになり、脇役だったラッパーがやがて前面に出てくるようになった。

ラッパーやリスナーのモチベーションを理解するには、句会が一番近いと思う。「このお題で」と言われて、参加者が一人ずつ詠む。うまく韻を踏むのが最も重要で、「お、今の踏み方、最高」と評価し合う。韻の踏み方も色々あって、例えば、行の最後と次の行の頭の音をそろえる「返り韻」だと、つんのめるような感じでリズムを変えられる。そういう新手法ができると「これは今までにない」と称賛されて、まねる人が続く。返り韻も広まって古くなると、次の新手法が現れる。

基本的なルールを整理すると、「韻を踏みながら、ビートに合わせてストーリーを語る」となる。ストーリーは基本的に「一人称」で「リアル」であることが求められる。(知人の音楽ライター)長谷川町蔵に言わせると、お笑い芸人の話芸に似ている。日常のネタを最大限に膨らませつつ、いかに面白い話をするか。話し手のキャラやスタイルも様々で、早口でまくし立てる人もいれば、朴訥(ぼくとつ)としているけど存在感がある人もいる。オーディエンスも、それぞれの語り手のキャラを知っていて、そのキャラから余りに逸脱していると、「ちょっと今の話はリアルじゃないよね」といった感じで否定されたりする。キャラのぎりぎりの輪郭にとどまりつつ、いかに破天荒な話を語れるか。

米ロサンゼルスで2002年2月、ロックの発展に貢献したミュージシャンをたたえる「ハリウッド・ロックウォーク」のための手形を取るRun-DMCのメンバー
米ロサンゼルスで2002年2月、ロックの発展に貢献したミュージシャンをたたえる「ハリウッド・ロックウォーク」のための手形を取るRun-DMCのメンバー=ロイター。Run-DMCはラップとロックを融合させた先駆者で、ファッションでも注目された

アメリカでは小学校や中学校、高校で「俺は勉強できないし、足も速くないけど、面白いかも」という子がラッパーになることが多い。今、日本でも駅や公園で中高生がサイファー(輪になって行う即興のラップ)をしている。ビートに乗せて順繰りにラップして、誰が一番格好良くできるかを血眼になって一生懸命練習しているわけで、そのゲーム性が彼らを引きつけて離さないということだと思う。ゲームとしての面白さがあるからこそ、若い子たちがあれほど熱中できるという面は大きいだろう。

政治性やメッセージ性が宿るわけ

ミクロなレベルで見ると、格好良い韻の踏み方を競うゲームだけど、句会の例を続ければ、お題は、シーンの中心にある若い黒人コミュニティーが共有しているものとなり、そこに「政治性」や「メッセージ性」が宿ることは当然多くなる。

1970年代のブロンクスは放火が横行する荒廃した街で、ハークのパーティーは妹の学費を稼ぐ目的だった。ラップのルーツと言われる話芸にアフリカ系アメリカ人コミュニティーに広がる「ダズンズ」がある。ギャラリーの前で男の子2人が、韻を踏んだり、ユーモアを交えたりして悪口を言い合う。お題は相手の母親が多く、日本なら「お前の母ちゃんデベソ」的な内容だが、これも父親が不在がちで母親が子どもの面倒をみることが珍しくない黒人コミュニティーの現実が反映されている。

1982年にはストリートの厳しい現実をラップした『The Message』という曲がリリースされた。自分たちがどれだけひどい生活を余儀なくされているかという内容で、当時はパーティーでこの曲が流れると嫌がる人も多かったらしい。楽しむためにパーティーに来ているのに、ということだったのだろう。ただ、結果的にはかなりのヒット曲となり、こうしたリアルな生活を伝えるストーリーテリングの先駆けになった。

「ギャング」に魅了されたのは

1980年代半ばから、西海岸のグループ、N.W.Aなどがデビューし、ギャングの生活や暴力、怒りをストレートに歌う「ギャングスタ・ラップ」がブームになった。詞は暴力的で下品で女性蔑視的だったため、黒人公民権運動の指導者たちから強く批判された。

ただ、1991年にビルボードの順位集計方法が変わって販売実績が正確に分かるようになると、購買者の多くが実は、白人のティーンであると判明した。白人のティーンが「危険」「不良」というイメージに強くひかれ、黒人ラッパー側もそれを受け入れる構図があった。彼ら全員が「リアルな」ギャングだったかどうかは当初から議論もされていたが、1992年にはロス暴動もあり、ギャングスタ・ラップは、過激な詞やファッションを含めて、アメリカ全土のみならず、世界的に知られるようになった。一般の人たちがヒップホップに対して持つイメージにも強い影響を与えた。

2015年6月、米ロサンゼルスで開催されたBETアワードで『Alright』を披露するケンドリック・ラマー
2015年6月、米ロサンゼルスで開催されたBETアワードで『Alright』を披露するケンドリック・ラマー=ロイター

批判も根強かったギャングスタ・ラップは近年、再評価されている。系譜に位置づけられるケンドリック・ラマーというすさまじい才能を持つラッパーの存在が大きい。彼の『Alright』はブラック・ライヴズ・マター運動(BLM)のアンセム(代表曲)になった。ただ、彼自身はあの運動のために曲を作ったのではなかったし、先頭に立って引っ張っていくというタイプでもなく、文学的、内省的なラッパーだ。

発展と失速、時代を反映

アメリカでは東海岸から西海岸、そして南部へとシーンの中心地を移しながら発展し、曲調や詞も多様になり、2010年代まで音楽ジャンルとして成長を続けた。2017年にはついに、R&Bとヒップホップがロックを上回り、最もシェアの大きなジャンルになった。

この間、初めてのアフリカ系大統領のオバマが誕生している。一方で、そのオバマの任期中にBLMも始まった。南部アトランタ発祥のサブジャンル、トラップは「メッセージ性が弱い」とか「ラップが稚拙だ」という批判も受けたが、ある種の不穏なビートのループがずっと続いていくサウンドは、やはりあの時代の空気を反映していたのだと思う。

最大の音楽ジャンルになったヒップホップだが、2020年代に入って失速が見える。シェアを伸ばしているのはラテン音楽で、ヒスパニック人口の増加が背景にある。保守的な色合いを残すカントリーミュージックも微増しており、これは2期目のトランプ政権と関係があるだろう。

♪これから聴くならこの5枚(米国)♪

  • Grandmaster Flash and The Furious Five『The Message』(1982)
  • Dr. Dre『The Chronic』(1992)
  • Nas『Illmatic』(1994)
  • Outkast『Aquemini』(1998)
  • Lauryn Hill『The Miseducation of Lauryn Hill』(1998)