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テイラー・スウィフトの葛藤と勇気 ポップ界のスターが政治的意見を表明するまで

World Now 更新日: 公開日:
シカゴ公演でパフォーマンスするテイラー・スウィフト
シカゴ公演でパフォーマンスするテイラー・スウィフト=2023年6月2日、アメリカ・イリノイ州、ロイター

アメリカポップ・ミュージック界のスーパースター、テイラー・スウィフトがまたもや大量の若者を投票に導いた。9月19日「全国有権者登録の日」、テイラーはインスタグラムのストーリーズに以下の手書きメッセージをアップした。

有権者登録は済んだ?

最近、私のアメリカでのショーで多くの皆さんにお会いできて本当にラッキーでした。

あなたたちが声を上げるのを聞いて、それがどれほど力強いものかを知りました。

今年の選挙でその力を発揮できるよう、準備を整えておいてください!

有権者登録は以下のリンクで2分以内

VOTE.ORG/NVRD(有権者登録サービスNPOのサイト)

テイラー・スウィフトは過去のアルバムの世界総売上枚数が1.1億枚(推定)、グラミー賞12回、MTVビデオ・ミュージック・アワード23回の受賞歴を持つ、アメリカを代表するミュージシャンの一人だ。来年2月には5年ぶりの来日公演 "THE ERAS TOUR" が決定しており、海外女性アーティストとして初の東京ドーム4連続公演を行う。

そのテイラーが、2.7億人を超える自身のインスタグラムのフォロワーに向かって上記のメッセージを発したところ、瞬く間に3万5000人が今後の選挙に向けての登録を行ったのだった。 

アメリカも18歳から投票できるが、事前に有権者登録をしなければならない。テイラーのファンには10代とプリティーン(おおむね9~12歳)を含む若い女性が多く、有権者登録推進のメッセージは主に今年18歳になった/なる新成人に向けたもの。今年11月には全米各地で地方選挙や特別選挙があり、来年早々には大統領選の予備選が始まり、2024年11月に本選を迎える。

テイラーは2018年から政治的な発言を続けており、当時13歳だったファンであれば憧れのテイラーが発する政治的なメッセージを5年間聞き続け、今年ついに18歳となって自ら投票できることとなる。新規登録3万5000人という数に、アメリカZ世代(1997~2012年生まれ)の、初投票へのフレッシュな熱意が感じられる。

ミュージシャンの政治的な意見表明が昔からあるアメリカ

アメリカではミュージシャンによる政治的発言や行動は昔からなされてきた。

公民権運動が盛り上がり、同時にベトナム戦争も続いていた1960~70年代にはフォーク・シンガーのボブ・ディラン「風に吹かれて」(1962)、R&Bシンガーのマーヴィン・ゲイ「ホワッツ・ゴーイン・オン」(1971)など数々のプロテスト・ソング(社会批判、人種差別批判、ベトナム反戦などを表す曲)が作られ、今も聴き継がれる名曲となっている。

コンサートのため来日し記者会見するボブ・ディラン
コンサートのため来日し記者会見するボブ・ディラン=1978年2月17日、東京・羽田東急ホテル、朝日新聞社

1990年代にニューヨーク市内で黒人への警察暴力が続き、アフリカ移民の青年アマドゥ・ディアロが警官に41発撃たれて殺害された際には、ブルース・スプリングスティーンが「American Skin (41 Shots)」(2001)を発表した。

2001年に起こった9.11同時多発テロ事件の後にはアフガン/イラク戦争への反戦歌がいくつも作られた。

2008年、バラク・オバマがアメリカ初の黒人大統領となる機運が高まると、ブラック・アイド・ピーズのウィル・アイアムがオバマの演説のフレーズで構成した曲「Yes, We Can.」 を、世界中を興奮させた初当選の直後には「It's A New Day」を発表。どちらのビデオにも俳優のスカーレット・ヨハンソン、ラッパーのコモン、R&Bシンガーのジョン・レジェンド、国民的テレビ司会者のオプラ・ウィンフリーなど多くのセレブが出演した。

明けて2009年、オバマ大統領の就任を祝うコンサートにはビヨンセ、U2、ハービー・ハンコック、ガース・ブルックス、ジェームス・テイラーなどジャンルを問わずに多くの大物ミュージシャンが出演。

2012年に黒人少年トレイヴォン・マーティンが自称自警団の男に殺害されたことからBLM(ブラック・ライブス・マター)が起こり、ラッパーのケンドリック・ラマー「Alright」(2015)など、主に黒人ミュージシャンによって多数の "BLM賛歌" が作られた。ミュージシャンだけでなく、アスリートも政治的アクションを取った。NBAのスター選手、レブロン・ジェームスは他の選手たちを率い、犠牲者トレイヴォンが殺害時に着ていたフード付きパーカをまとうパフォーマンスを行った。

試合開始前の国歌斉唱時にチームメイトとともにひざまずくフォーティナイナーズのクオーターバック、コリン・キャパニック選手(中央)
試合前の国歌斉唱時にチームメイトとともにひざまずくフォーティナイナーズのクオーターバック、コリン・キャパニック選手(中央)=2016年8月2日、アメリカ・カリフォルニア州、ロイター

2017年にはNFL選手のコリン・キャパニックが人種差別、警察暴力への抗議表明を行った。試合前の慣例となっている国歌斉唱時の起立および胸に手を当てることをせず、試合のたびに地面にひざを付いた。

キャパニックのこの行動を、当時大統領だったドナルド・トランプは「あのクソ野郎(son of a bitch)を今すぐフィールドから追い出せ。退場だ!あいつはクビだ!」と、大統領にあるまじき言葉で罵倒した

コロナ禍の2021年初頭には、音楽配信サービス「スポティファイ」で人気No.1のポッドキャスト・ホスト、ジョー・ローガンが番組内で反ワクチン発言を繰り返したことに抗議し、ベテラン・ミュージシャンのニール・ヤング、ジョニ・ミッチェルがスポティファイから自身の楽曲を引き上げ、大きな話題となった。

同意できない政治家の楽曲使用を拒否

ミュージシャンが政策に同意できない政治家に自分の楽曲を使わせないこともまた、一つの批判のやり方だ。

ドナルド・トランプは大統領選に出馬した2015年以降、選挙キャンペーン・イベントなどで人気ミュージシャンの楽曲を度々使ったが、多数のミュージシャンや、ミュージシャンが故人の場合はその楽曲管理者から、使用停止の要請がなされた。中には法的手段に訴えるとするミュージシャンもいた。

ハードロック、R&B、レゲエ、オペラとジャンルは多岐にわたり、アメリカでの投票権を持たないであろう英国人ミュージシャンも多数含まれている。このように大物ミュージシャンの多くが反トランプ表明をする中、ラッパー/プロデューサーのカニエ・ウェスト、ベテラン・ハードロッカーのテッド・ニュージェント、カントリー・ロッカー/ラッパーのキッド・ロックはトランプ支持を表明した。

そのキッド・ロックは今春、ビールブランド「バドワイザー」がTikTokインフルエンサーのトランス女性、ディラン・マルヴァニーと行ったコラボ・キャンペーンに、常軌を逸したアンチ行動を取った。

バドライトの缶をAR-15型の大型殺傷ライフルで掃射する動画を公開したのだった。銃愛好家であり、反LGBTQのキッド・ロックは銃を撃ち終えると中指を立てて「ファック・バドライト、ファック・アンハウザー・ブッシュ(バドワイザーの製造販売社名)」と言い放った。これを受け、数人のカントリー・シンガーもバドライトをボイコットした。

ペンシルベニア州の選挙集会で演説するトランプ大統領
ペンシルベニア州の選挙集会で演説するトランプ大統領=2020年9月、朝日新聞社

テイラー・スウィフトが他のミュージシャンと違っていたこと 

このようにアメリカでは様々な時代に、様々な理由により、様々なジャンルのミュージシャンが政治的な言動を行ってきたが、そこにはあるパターンが見て取れる。政治的言動を行うミュージシャンとファン層の政治的思想の合致だ。

オバマ大統領の応援やBLMに黒人ミュージシャンが賛同のメッセージを発し、曲を提供しても、ファン層の多くはそれを歓迎する。保守派であるトランプにリベラルな思想を持つミュージシャンがアンチの声を上げても、ファンにもリベラル、民主党支持者が多く、ファンはミュージシャンを批判したり、離れたりすることはせず、より親近感を抱く。

大型銃の発射という過激な方法に出て一般的には批判された(あきれられた)キッド・ロックすら、自身のバックグラウンドとファン層を熟知しており、ミュージシャンとしての立場が危うくなることはなかった。

テイラーと他のミュージシャンとの立ち位置が大きく異なったのは、そこだ。

初期には保守派のファンを多く持っていたはずのテイラーが、今では極めてリベラルな発言を続けているのである。

アーティスト生命を賭けたとも言える初の本格的な政治発言への流れ、葛藤、決断の様子はNetflixドキュメンタリー映画「ミス・アメリカーナ」(2020)に描かれている。

テイラー・スウィフトのドキュメンタリー「ミス・アメリカ-ナ」予告編

映画でも描かれている通り、ポップ・シンガーとして爆発的な人気を得たテイラーだが、そもそもは小学生の時に強く引かれたカントリー・ミュージックから音楽の世界に入った。

テイラーが地元と捉えているカントリーの聖地、テネシー州ナッシュヴィルはバイブルベルトと呼ばれる信仰熱心で保守的な南部に位置し、そこに暮らすカントリー・ファンの多数も保守派だ。

テイラー自身も幼少期からの信仰心のあついキリスト教徒であり、かつ母親に見守られながら16歳でレコード・デビューしており、「良い女の子(good girl)」のイメージを維持しなければならなかった。「良い女の子」の条件には政治的発言など一切しないことも含まれていた。

そんなテイラーが自身の政治的意見を表明する一大決心を行ったのは2018年、19歳の時だった。

テイラーの地元テネシー州の上院選に共和党のマーシャ・ブラックバーンという女性候補が出馬していた。テイラーはフェミニストとして女性候補者を支持したいものの、ブラックバーンが「女性の同一賃金に反対」「女性に対する暴力防止法に反対」「企業には同性カップルへのサービスを拒否する権利があると考えている」「同性カップルに結婚する権利はないと考えている」として、大きな危機感を抱いていた。

テイラーは2016年、トランプ対ヒラリー・クリントンの大統領選の際に無言を貫き、それを悔いていたこともあり、今、このメッセージを発するのは自分にとって重要なのだと語っている。

テイラーのマネジメント・チームは3人がかり(いずれも50代に見える白人男性)でテイラーに政治発言を思いとどまるよう説得し、その理由は人気の維持だけなく、身の安全への心配もあるとしている。

トランプが当選した年、それを機に台頭したネオ・ナチやオルト・ライトがテイラーを「アーリア人の女神」と呼び始めていたのだった。マネジメント・チームはテイラーがフェミニズム、リベラリズムに基づく発言をすれば極右が逆上するのではないかと憂慮したものと思われる。事実、テイラー初の政治メッセージの後、極右はテイラーを「裏切り者」と呼んだのだった。

若者に投票を促すインターネット・キャンペーンを発足させ記者会見する女性トリオ「ディクシー・チックス」(現チックス)
若者に投票を促すインターネット・キャンペーンを発足させ記者会見する女性トリオ「ディクシー・チックス」(現チックス)=2003年7月21日、アメリカ・カリフォルニア州、ロイター

テイラーと同じくカントリー出身の女性トリオ、ディクシー・チックス(現チックス)の政治発言問題が苦い記憶として残っていたこともある。

2003年、イラク戦争に反対するディクシー・チックスはコンサートで「ブッシュ大統領が(自分たちと同じ)テキサス州出身であることを恥じる」と発言。これが大きな批判を浴び、全米に何千とあるカントリー専門のラジオ局がディクシー・チックスの曲をボイコットし、レコードやコンサート・チケットの売り上げはガタ落ちとなった。ブルドーザーでディクシー・チックスのCDを踏み潰すパフォーマンスが行われ、メンバーは脅迫すら受ける事態となったのだった。

こうしたリスクと恐怖を押しのけ、2018年10月にテイラーはテネシー州の上院選ではブラックバーン候補に対抗する民主党候補者に投票し、そのためには有権者登録をして欲しいとインスタグラムにメッセージをアップした。すると以後24時間で、なんと6万5000人もの登録がなされたのだった(そのムーブメントにも関わらずブラックバーンは当選し、同州初の女性上院議員となった)。

テイラー・スウィフト「You Need To Calm Down」のミュージックビデオ

テイラーはその翌年には多数のLGBTQのセレブ・ゲストを迎え、反LGBTQ者を戯画化した「You Need To Calm Down」を大ヒットさせた。2020年、BLMデモ参加者を「乱暴者」とののしるトランプに「落選させてやる」と切り返すこともしている。

トランプは今、来年の大統領選に立候補しているが、前回の大統領選におけるジョージア州での「集計手続きへの不正介入」事件、自身のビジネスの本拠地ニューヨーク州での「金融詐欺」事件など複数の民事・刑事の訴訟を抱え、裁判所と選挙キャンペーンを往復している。それでも現時点では共和党候補者指名争いで最も高い支持率を得ており、本選に進む可能性が高い。

2024年11月5日の本選の日、テイラー・スウィフト・ファンの動向はいかに。