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【川口千里】152センチの体が生み出すパワフルサウンド 「天才少女ドラマー」の今

Breakthrough 突破する力
ドラムをたたく川口千里さん=西岡臣撮影

ドラムをたたく川口千里さん

5月31日夜、東京六本木のライブハウス「ブルーノート東京」に、日本の名だたるジャズ演奏家が集う「オールスター・ジャズ・オーケストラ」が登場した。ハスキーな声でジャズやブルースのナンバーを歌い上げるのは、特別ゲストの夏木マリ。そのすぐ後ろで、川口さんが軽快なリズムを刻み続けていたかと思うと、「スパーン」と胸のすくような力強いスネアドラムを響かせる。オーケストラの奏でる音の束を確かなドラミングでまとめ上げていた。

ドラムとの出会いは偶然だった。5歳の時、三重県四日市市で開業医をしている父が安売りの電子ドラムセットを衝動買いした。父は楽器ができず、かといって子供のために買ったわけでもなかった。電子機器を分解して内部構造を観察するのが趣味で、たまたま目を付けた。分解すると、もう興味はなくなった。

このドラムにはまったのは、娘の川口さんの方だった。初めはゲーム感覚でたたいていたが、やがて英国のハードロックバンド「ディープ・パープル」の曲をコピーするようになった。両親に褒められ自信がつき、地元の女性ドラマーの教室で習い始めるとめきめき上達。8歳の時、この女性の紹介でプロドラマー菅沼孝三さんが名古屋市で開いた教室に入門した。

2005年5月、バンドでドラムをたたく8歳の川口さん=川口卓也さん撮影

菅沼さんは、手数が多い躍動的なドラミングで「手数王」と呼ばれた名ドラマー。谷村新司や吉川晃司、チャゲ&飛鳥ら多くのミュージシャンと共演したが、昨年11月にがんで死去した。菅沼さんとの出会いが、川口の人生を変えた。

菅沼さんの教え方は破天荒だった。幼い川口さんに、いきなり超絶技巧で知られるジャズピアニスト、ミシェル・カミロの変拍子の難解な曲の伴奏譜を手渡し、その場でたたかせた。川口さんは楽譜が読めなかったが、師匠がたたいて見せたドラミングを必死でまねた。「初めてのレッスンは衝撃的でした」。

菅沼さんはロック、ジャズ、フュージョン、ヘビーメタルなど様々なジャンルのドラムをたたかせた。自らのバンドのライブに飛び入り出演させるなど、手荒い実戦経験も積ませた。

中学に入学してまもない2009年、人気アニメ「けいおん!」に登場する女子高生と同じドラムセットを使い、制服姿でアニメの曲に合わせてたたく様子をユーチューブに投稿した。アニメの登場人物が現実世界に飛び出したような演出だった。あどけない容貌からは想像つかない迫力のドラミングが国内外のアニメファンやドラム愛好者の心をつかみ、「天才少女ドラマー」として注目された。

川口さんが後に所属することになる音楽事務所を経営する木村正和さんも、この動画に注目した一人だ。レコーディング・エンジニアとして菅沼さんと交流があった木村さんはそのころ、菅沼さんのライブで演奏した川口さんを見て「このまま普通にスタジオの仕事が出来るレベルだった」と振り返る。木村さんは六本木のライブハウスから頼まれ、川口さんの定期ライブを企画。川口さんは、平日は四日市で通学し、週末は東京でライブ、という忙しい生活が続いた。

ライブを重ねるうちに多くのファンがつき、13年には初のソロアルバム「A LA MODE」を発表。高校生のドラマーをメーンにしたアルバムは日本ではとても珍しかった。レコーディングでのプロのギタリストやベーシストらとのやりとりは、緊張感が漂ったが、内気な性格だった自分が「楽器を通すと心がオープンになれた」。相手の音に神経を集中し、視線を交わし、当意即妙に応じる。メンバーで五感を研ぎ澄まして楽曲を組み立てる過程が無性に面白かった。

父の開業医の仕事を継ぐことになると漠然と想像していた川口さんは、この経験を通じ、ドラマーとして身を立てることを決めた。16歳だった。

2017年8月、ロサンゼルスのスタジオで、フィリップ・セスさん(右)とアルマンド・サバルレッコさん(左)と記念撮影する川口さん=木村正和さん撮影

だが、プロを目指せば厳しい視線にもさらされる。耳の肥えた観客から「菅沼のコピーだよね」ときつい指摘も出た。「私の演奏は師匠のコピーどころか『劣化版』。自分の売りが分からないから、どんな気持ちでたたけば良いかもわからなくなった」

プロのドラマーとは何か。考え続けてたどり着いたのは「自分の歌を歌う」ことの大切さだ。ドラマーは演奏中、楽曲のフレーズやドラミングのイメージを口ずさむことが多く、川口さんはそれを「歌う」と表現する。魂からわき出るドラムのイメージを、スティックでいかに表現するか。そこに集中して練習を重ねた。

音を大きく出す工夫も重ねた。152センチと小柄で筋力が足りない分、スティックの下の部分を持ち、振り下ろすスピードを速めた。ただ、スティックを長く持つと制御が難しく、握り方や振り下ろす角度の最適解を模索した。全身からほとばしるパワフルな音は、試行錯誤の積み重ねのたまものだ。

2018年11月、クラブチッタ川崎で英国のギタリスト、ガスリー・ゴーヴァンさん(前列右から2人目)らと共演した川口さん(前列右端)=インアンドアウト提供

ミュージシャンとして幅を広げる大きな一歩となったのが、14年に初の海外レコーディングを敢行したセカンドアルバム「Buena Vista」だ。

ロサンゼルスの広々としたスタジオに米国の著名ミュージシャンが集まってきた。うまくコミュニケーションを取れるか。自分を一人前に扱ってくれるのか……。川口さんは緊張していた。

ところが、レコーディングが始まるとミュージシャンたちはずっと陽気で「イェー! 今の演奏最高!」と踊り出す人もいた。多少のミスは気にせず、メンバー全体で醸し出す「乗り」を大切にしていた。「日本でのレコーディングは細部までこだわる『作業』になりがち。米国では演奏を楽しむ気持ちを大切にする。自分のドラムだけでなく、曲全体を聞く余裕が持てるようになった」

学業と音楽活動の両立は大変だったが、高校時代の教師に「ドラムをしていると成績が悪くなる」と言われて発奮。15年に現役で早稲田大学に合格した。入学後もライブ活動や楽器メーカーのイベントなどに精力的に参加し、欧米、中国、韓国など世界各地で著名アーティストとの共演を重ねていった。

17年のジャズフェスティバル「東京JAZZ」では、セカンドアルバムのレコーディングを通じて知り合ったフランス出身のキーボーディスト、フィリップ・セスやカメルーン出身のベーシスト、アルマンド・サバルレッコとトリオを組んで出演。はじけるようなドラミングで観客を魅了した。国際的なアーティストが名を連ねる東京JAZZへの出演で、知名度も格段に上がった。

インタビューを受けるドラマーの川口千里さん=西岡臣撮影

ただ、川口さんは特定のバンドには所属せず、ジャンルにもこだわらない。「こんなにすてきな音楽があふれているのに、ジャンルにとらわれるのはもったいない」

80年代に一世を風靡(ふうび)したフュージョンバンド「カシオペア」の初期メンバーで、川口さんと長年共演しているベーシストの櫻井哲夫さんは「大柄のデニス・チェンバースのような名ドラマーと比べても音圧は負けてない。世界でも高い評価を得られるドラマーに成長した」と語る。

川口さんは「天才少女ドラマー」と形容されることが好きではなかった。好奇の対象のようで、真のプロとして認められていないように感じたからだ。ただ最近は、ライブ活動の他に、多彩なアーティストのアルバム、映画やアニメの音楽などのレコーディングにスタジオミュージシャンとして呼ばれることが増え、手応えを感じている。目立たないが腕の確かなプロとして演奏力が期待されている証しだからだ。

「『天才少女』のレッテルを取り払う意味で、こうした仕事が来るのはとても大切。ドラムの音だけで『川口千里だ』と分かるようなドラマーになりたい」