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【大江千里】いつか来る収穫の日のために、僕は自分という畑を耕し続ける

Re:search 歩く・考える 更新日: 公開日:
大江千里さん(本人提供)

【企画特集】ブレイクスルーはここにある コロナに向き合う私たちの「哲学」

  1. 吉田都さん「コロナ禍で自分に言い聞かせた言葉」(9月2日配信)
  2. 為末大さん「苦しい時は自分の心を観察する」(9月3日配信)
  3. 大江千里さん「いつか来る収穫の日のために」(9月4日配信)
  4. 尾畑留美子さん「環境を変えられないなら、自分を変える」(9月5日配信)
  5. 山田拓さん「クールな田舎を作る 目標は揺るがない」(9月6日配信)

連載「突破する力」はこちらでお読みいただけます。

■コロナ禍で人生初のツアー中止

――新型コロナの感染拡大で、2月下旬から3月上旬に予定していた日本ツアーを途中で取りやめました。

はい。ライブはソロで5本、その後トリオで東京、名古屋、大阪の3本をやる予定でした。熊本、福岡、広島のソロを終えた後、医療に携わる米国の友人から「こちらでも患者が医療施設に入ってきている。日本でそのままツアーを続けるというのはいかがなものなの」と連絡が入り、改めて調べたところ、生半可でない状況だと分かりました。急きょ、2月27日以降の予定をキャンセルし、申し訳ないような速さで日本を後にしました。ライブを途中で取りやめたのは、人生で初めてのことです。

――米国はどんな状況でしたか。

自宅に戻ってから2週間待機し、そろそろだと思った時にNY州知事から外出禁止の警告が出ました。街には人っ子ひとりいなくなり、買い出しの時は、全員がマスクに手袋という厳戒態勢。それから半年、「こもり」生活が続いています。

――お住まいのNYは3月下旬から特に多くの感染者、死者が出ました。

自宅の窓の外は明かりががんがん、まるでネオンのような状態で、分単位のサイレンの音も突き刺してくるような感じでした。ものすごい数の人が亡くなり、僕自身も明日生きている確証もない、と実感しながら生きていました。それは今も続いていますが、少し外で食事などができるようにもなってきました。

テーブルの間についたてを置いて、営業するニューヨークの飲食店のテラス席(大江千里さん提供)

■SNSで新曲発表、演奏配信も

――コロナの警戒感は依然強く、音楽活動への影響も大きいのではないですか。

ミュージシャンの90%が仕事のない状況です。何年もかけてやっと出演が決まったライブは延期。NYで毎月やっていたジャズクラブでの演奏も、予定が決まりかけていたアメリカ各地での演奏も棚上げ状態になっています。

――そんな中でも、新曲をSNSで発表したりと、新しい取り組みにも積極的なように感じます。

むしろこういう状況では、ものを作る人、アーティストは燃えて、いいものができるんです。困難に立ち向かっているときに、何とかしなきゃというのが、ものすごくエネルギーになります。

戦地にいる人が家族に会えない、コロナにかかった人が病院で家族と会えない、亡くなった時も家族に見送ってもらえないという状況で、何か音楽でできないかなって思ったときに生まれたのが、「Togetherness」という曲です。「心では一緒にいられる」というコンセプトで作りました。

NYはブロードウェーも閉まっているというありえない状況です。心のブロードウェーじゃないけれど、少しは明るくなれるといいなとの願いを込めて、1分半ぐらいの曲にしてネットにアップしました。

オンライン会議システムで取材に応じる大江千里さん

――SNSでのライブを始めたきっかけはなんでしょうか。

もともと8割ぐらいの時間は自宅にいて曲を作っていたので、生活スタイルはあんまり変わらなかったんです。ただ世の中にかなり緊迫感が出てきて、音楽で何かできることはないかと考えて、イベントでSNSのライブをやりました。

普段のライブのように、目の前にお客さんがいて拍手をいただいてやる形ではなく、自宅で電子ピアノでやるから、ネット環境によって時々音は飛ぶし、近くを電車が通るとそっちに音が持っていかれる。だけどそういう不便なこともすべて、世界中の人が一緒に同時に見ていてくれるんです。普段は拍手をくれているお客さんの心の声が、パソコンの画面にがんがん上がってくる。そういう臨場感を経験して、これは新しい形のシェアリングかなと。それが面白かったですね。

でもね、くり返しできるものじゃないんですよね。やはり音が良くはないし、それに1回目はサプライズでも、お互いに慣れると2回目のサプライズはないんです。最初の、不便が心を一つにするみたいな現象は二度とないですよね。

■人のいないライブ「ありえない」

マスクの使い方を説明するニューヨークの地下鉄の看板(大江千里さん提供)

――コロナ禍の時代に即したライブの形はまだ見えませんか。

今後の世の中で、コロナ前の時代にやっていたような生のライブをやるのは難しいですよね。だって隣に誰もいない、無人のライブハウスでジャズを聞くなんて、ありえないですもんね。隣の人とひじがぶつかって「オー、イェー」みたいにならないライブって、僕にとってはライブじゃない。ジャズのライブなんて、狭いところで隣の人と乾杯して、飛沫(ひまつ)が飛び合って、その呼吸や汗が混じり合う中でこそ、次のソロが決まっていく、みたいなもの。それができないわけですから。

音楽的なスケジュールはまったく立ちません。この先何年になるか、まったく読めない状況になっているというのが、コロナ禍の一番の影響です。

――SNSなどを使ったリモートライブは新たな活動の軸にはなりませんか。

それもアリだけど、僕は生のライブが大好きな人だから、リモートが本当にやりたいことなのかと心に問うと、どこかに「うーん」となる自分がいる。それを主軸の演奏の仕事としてやっていくかは、悩みどころですよね。

でも、クリエーターとしての自分は立体形でいろいろな面がある。音楽以外にも文章だって書けば、映像だって撮る。今は歌わなくなったとはいっても、詞はどんどん生まれる。そういう新しい自分をアピールする、アーティストとしての自分に別のアングルから光を当てるというのは、続けようと思います。

僕は「note」という遊び場のようなブログを中心に、情報を発信しているんですが、自分で撮って編集した映像作品も載せています。最近では自分がしゃべって音楽をつける、短いラジオ番組の発信も試験的に始めました。自分という広大な畑で、まだ何が実になるかは分かりませんが、いつか収穫する日が来るという望みは捨てずに耕し続けている、という感じです。

■「待つべき時がある」と学んだ

大江千里さん=2017年5月15日、ニューヨーク州ブルックリン、ランハム裕子撮影

――今の困難を乗り越えるために、大切にしている「哲学」はなんですか。

僕はせっかちなので、待たなきゃいけないことがつらいんです。でも人生には待つべき時があります。今は朝から4時間なり5時間なり、徹底的にピアノの練習をしています。その後は、三つ、四つある部屋を行ったり来たりして1万歩歩く。さらに拭き掃除をやり、犬にご飯を作って丁寧に生活をする。徹底的に待ち、今すべきことをコツコツとやっていると、心が穏やかになり、来たるべきその時に備える自分ができあがる、とコロナ禍で学びました。

――今後の活動の抱負を聞かせてください。

長いこと守ってきた常識とか、規範とか、こうしなきゃいけないということがすでに意味を持たなくなった。何が意味を持つかというと、それは命。生きていて命があればこそです。今、コロナのトンネルを抜け、別の光、別の水、別の空気の場所に、僕らはいるんです。

新しい文明になったから、僕はいったん、今までのすべてをクビになって収入がゼロになったんだ、というスタンスです。だから何か新しいことをやるしかない。アーティストの自分にとって意味があると思えること、自分の人生を肥やすことを、淡々とやっていきたいですね。

コロナから学ぶことは何か。人の数だけ解答があり、僕もその解答を模索中です。明快な答えというのはまだ一つもないけれど、もがいて1年後、2年後にはどうなっているのかなと思います。やっぱりものを作ることが好きなので、ネットでできることのノウハウをもっともっと学んで、新しいやり方でみんながハッピーになってくれるようなこと、笑顔になってくれるようなことを発信していけたらいいなとは思っています。

■気分転換に「コナナイモン」?

大江千里さん(本人提供)

――時には気分転換も必要だと思いますが、どんなことをしていますか。

NYブルックリンの、僕が住んでいる場所に日本人はいないから、日本のお米が手に入らない時は和風パエリアを創作したりします。僕は大阪の人間なんで、コナモン、お好み焼きを作りたい。だけど、コロナ禍で小麦粉が手に入らない。そんな時は「コナナイモン」と名付けて小麦粉がない、卵多め、キャベツ多めの、千里バージョンのお好み焼きを作ったりもします。不便を逆手にとって、日常の楽しさを見つけています。

なるべく自宅で料理をして、飼い犬のご飯も作って。僕が料理を作り始めると、「クーン」みたいな、「やっぱりパパの料理は一番か」みたいな、そんな家ライフを送っています。拭き掃除も、トイレ掃除も、ぴかぴかになるまで。時間があるので、一個一個大事にやっています。未来はまだ模索中ですが、笑顔は絶えません。

大江千里さん=2017年5月15日、ニューヨーク州ブルックリン、ランハム裕子撮影

■9月6日(日)発行の朝日新聞朝刊別刷り「GLOBE」にもインタビュー記事を掲載します。