【山田拓】コロナで大打撃、それでも笑う 「クールな田舎を作る」目標は揺るがない
5人目は、飛驒古川(岐阜県飛驒市)の里山などを巡る、外国人らに人気の自転車ガイドツアーを手がける「美ら地球(ちゅらぼし)」代表取締役の山田拓さん(45)。コロナ禍の渡航制限で深刻な影響を受けるインバウンド(来日外国人)の観光業ですが、新たな世界への適応力をつけようと積極的に「次の手」を打っています。(聞き手・構成 太田航)
連載「突破する力」はこちらでお読みいただけます。
――インタビュー(8月1日実施)の前に、「SATOYAMA EXPERIENCE」の里山体験ツアーの様子を拝見しました。ツアーは久しぶりだったのですね。
はい、コロナ禍以来初ですね。ここ飛驒古川は雪国なので、毎年3月20日にツアーを始めるのですが、今年はコロナの襲来でキャンセルが相次ぎ、開催できない状況が続いていました。
――今後の見通しはどうですか。
ツアーのお客さんはここまでの期間、ほぼゼロで、先の見込みもはっきり言ってありません。昨年は4500人ほどにご利用いただき、その9割が外国人の方々だったのですが、主要顧客であったヨーロッパ、北米、オセアニアの方々が戻ってくるのは、来年の春以降と言われています。それまではゼロに等しい状況を見通している、というような状況です。
――今年はホテル「里山ステイ」も開業予定だと聞きました。そちらへの影響はどうですか。
4月中旬に完成し、開業はもともと5月ごろを予定していましたが、ずれ込んでいます。歴史的な街並みの保全にもつなげようと、新築の町家と再生古民家を使い、ツアー開始10周年の今年に向けて3年がかりで準備してきたものです。もしコロナ禍がなかったら、外国から来たツアーのお客さんも泊まっていたと思います。大きな試練ですね。
――依然厳しいコロナ禍の影響を、どう乗り越えようとしていますか。
海外向けと国内向けの二つがあります。まず外国のお客さんについては、旅行会社さんとオンラインで情報交換をしたり、旅行者の方々に向けて情報発信をしたりしています。再び日本に来ることができるようになった時に、ここ飛驒に来て、我々のツアーをお選びいただくように、定期的な情報発信を続けています。
――情報発信にはこれまでと違う方法も取り入れていますか。
新しいのは、オンラインプレゼンテーションでしょうか。旅行会社さんがお客さんを集めるイベントを企画して、そこに参加することもあります。先日はロシアの方々に初めて、我々のサービスをご紹介することができました。
――国内客向けの対策はどうですか。
最近組織内のチーム力の向上が言われていますが、そうした企業研修や、旅先などオフィス以外の場所で仕事をしながら余暇も過ごす「ワーケーション」など、一般の観光とは違う利用形態の受け皿になれないかと考えて、研究、準備、プロモーションをしています。
――研修での利用とはどんな内容を想定していますか。
ホテルで寝泊まりができますし、仕事や作業のスペースもあります。ただ仕事をするだけだと意味がないので、チームワークを向上させるために一緒にツアーに行くとか、キッチンでみんなで料理をするとか。地元の方に教えてもらいながら、郷土食を参加者同士で作ることもできます。そういうトータルパッケージを考えています。
――積極的に「次の手」を打っていますね。
この先が過去の延長線上にあるとは思いません。コロナ禍がもたらした状況は長期化するでしょうし、元に戻ることもないでしょう。新たな社会環境の中でどう立ち振る舞うかということに、自分なりに答えを出していかないといけないと考えています。
今回は新型コロナというウイルスですが、今後ほかのウイルスが出てくる可能性も十分あるでしょう。また気候変動の影響が各地で現れていることも考えると、予測不可能な事象がどんどん出てきてもおかしくない、ということを学ぶべきではないかと思います。ここ飛驒では2年前と今年と、豪雨で道路や鉄道が大きな被害を受けており、気候変動の影響はすでに身近に感じています。
――予測不可能な世界を渡っていくために大切なことは何ですか。
レジリエンスという言葉が言われていますが、そうした柔軟性、しなやかさが今後の世の中では大事だと思います。具体的には、事業のポートフォリオです。
我々は観光事業だけでなく、ほかの地域のビジネスを支援するコンサルティング事業もあわせてやってきました。今の二つでもだめだとなったら、3本目、4本目も当然必要になってくるので、少しずつそれにシフトしているという感じでしょうか。そこもいい修行、経験になっていると思います。
コロナ禍から学ぶべきなのは、ほかの予測不可能な事態ができたときにどうやって適応するかということで、それは長期的な話です。例えば、外国人のお客さんに再び、それもなるべく早く来ていただくためにすることは短期的な対応ですが、その一部は長期的に育てないといけない。短期的な対症療法だけでは、十分ではありません。
――困難を突破するために大切にしている考え方は何ですか。
今の状況もそうですが、自分でコントロールできない環境では、その中でベストを尽くすしかないと思っています。現実を受け止めてそこからどうするか。そういう考え方ですね。
そのことを僕は「まず笑う」と言っています。誰かを悪者にしたところで何の解決にもならない。修行が足りないと受け止めた方がいい。でもネガティブにならないように笑う、という感じです。突破するためには、他人に期待するのではなくて、自分がどう動くかを考えるほうがよほど大事ではないかと思うんです。ここで十数年、事業を続ける中で学んだことでもあります。
――強いですね。
僕は決して強い人間じゃなくて、打たれ弱い人間だからこれができると思うんです。何かに期待してあてが外れると痛いので、期待値を上げない。それは僕の生き方というか、対処法ですね。
今は大きな変化の中で今後どうなるか分からない。将来が何も約束されていない状態なので、創業期と一緒というような感覚もあります。十数年やってきてなんで、というのもありますが、また適応力がつくからいいじゃないかとも思うんです。コロナ禍はもう起きてしまっていることですから、後ろを向くより前を向く。その方が楽ですよ。
――インバウンドの観光業には特に厳しい状況ですが、今の事業を続ける方針に揺らぎはないのですね。
もちろん。最近会社のウェブサイトを更新することになり、創業時の代表メッセージを読み返したのですが、書き換えるのはやめました。言っていることもやっていることも変わっていないからです。
会社は「クールな田舎をプロデュースする」という理念を掲げ、ここでツアーなどの実際のビジネスをしながら、コンサルティング部門で日本中の「田舎」に貢献していくという活動をしていますが、それをさらに盤石にしていくことにぶれはありません。コロナ禍でやり方に変わるところはあっても、目指すところは特に変わらないと思っています。
――気分転換の方法は何ですか。
ここは自宅や仕事場を出たらすぐ自然が広がっています。体を動かすことが好きなので、ツアーで使うようなマウンテンバイクのほか、ロードレーサーに乗ったりもしますし、走ったりもします。午前中仕事をしたら、ランチの前に1時間体を動かすとか。田舎暮らしはオン・オフの切り替えが早くていいですね。
自宅で子どもと過ごす時間も僕には気分転換になります。自分の生活スタイルに制限されていることがあまりないので、「こもり生活」という感覚は持っていません。
■9月6日(日)発行の朝日新聞朝刊別刷り「GLOBE」にもインタビュー記事を掲載します。