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銀座で見た派手な行列、フィリピン大統領選の選挙運動だった なぜ外国で?

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フィリピン大統領選の候補者ボンボン・マルコス氏と、副大統領候補のサラ・ドゥテルテ氏の顔が描かれたマスクをつけ、シンボルカラーの赤で飾った帽子をかぶる日本在住のフィリピン人支援者=東京都千代田区、鈴木暁子撮影

2月最後の日曜日、故国の国旗を手に、色鮮やかな身なりで東京・銀座の街を行進する人たちを目にした。日本在住のフィリピンの人たちだ。声をそろえてさけぶのは5月9日に行われるフィリピン大統領選の候補者の名前。手にした横断幕にも候補者の写真と名前がでかでかとついていた。選挙活動のようだけど、ちょっと待って。どうして日本でフィリピンの大統領選の選挙活動をするの? 当人たちに話を聞いてみた。(鈴木暁子)

昼前から、東京千代田区の日比谷公園には、赤いトレーナーやシャツを着た250人ほどが集まっていた。東京のみならず関東一円から集まったのは、フィリピン大統領選の候補者ボンボン・マルコス氏を支持するフィリピン出身の人たち。赤はマルコス陣営のシンボルカラーだ。

よく見ると、それぞれマルコス氏や、副大統領候補のサラ・ドゥテルテ氏の写真がプリントされたTシャツやマスク、パーカなどを身につけている。「自分たちでフィリピンに注文してオリジナルで作ったんです。1枚あげる!」と取材者の私にくれる人もいた。マルコス氏を支援するフィリピンのスポンサーが、シャツなどを日本の支援者のために送ってくれることもあるという。日本では投票する側がここまで身なりをそろえた選挙戦はあまり目にしないから、なんだか新鮮だ。

「ボンボン・マルコス! サラ・ドゥテルテ!」

フィリピン大統領選の候補者ボンボン・マルコス氏の名前を口ずさみながら、銀座を行進する人たち=東京都中央区、鈴木暁子撮影

参加者は、警察の先導で正午に千代田区の日比谷公園をスタートすると、候補者の名前をくり返しながら行進した。銀座にさしかかると、休日を過ごす人たちが「何だ何だ?」と注目する。薬局の外に出て眺めていた2人の日本人女性に声をかけると、「へえーフィリピンの選挙なんですか。なんかカワイイ」との反応。「フィリピンの人って日本にこんなにいるんだ」と話す人もいた。

■一家の稼ぎ頭は海外にいる

フィリピン大統領選の候補者レニ・ロブレド氏のシンボルカラーのピンクのはっぴに、「必勝」と書いた鉢巻きをつけた日本在住のフィリピン人支援者=東京都中央区、鈴木暁子撮影

今年5月の選挙は、6年の任期を終えるドゥテルテ大統領の次の大統領を選ぶものだ。出馬するのは、かつて「独裁者」と呼ばれ1986年の「ピープルパワー革命」で失脚したマルコス元大統領の長男であるボンボン・マルコス氏のほか、ドゥテルテ政権で副大統領をつとめたレニ・ロブレド氏、上院議員で世界的ボクサーのマニー・パッキャオ氏ら。副大統領選にはドゥテルテ大統領の長女サラ氏も出馬するとあって話題を集めている。選挙イヤーの熱気は、日本で暮らすフィリピンの人たちの間でも高まっているのだ。

東京都内の外資系銀行に勤め、ユーチューバーでもあるミコ・ポゲイさんは、日本で選挙活動に参加する理由をこう話した。「9年前から日本で働いて両親に仕送りをしていますが、日本にいても国への愛は強くある。私たちOFW(海外労働者:Overseas Filipino Worker)がきちんと声を送りたいと思ったんです。ここに集まった多くの人は一家のブレッドウィナー(稼ぎ頭)であり、フィリピンにいる家族に影響力がある人たちばかりです」

海外にいるからこそフィリピンの置かれた状況や課題がよく見えるし、国を思う気持ちは強くなる。国に多額の送金をしている一家の「稼ぎ頭」ならなおさら、政治家や政策を選び、国のためにもの申したいと思うだろう。

フィリピン大統領選の候補者ボンボン・マルコス氏と副大統領候補者サラ・ドゥテルテ氏の横断幕を掲げて行進する日本在住のフィリピン人支援者=東京都千代田区、鈴木暁子撮影

別の参加者のオーブリーさん(41)は、20歳の長女が5歳のときから日本で英語講師として働き、ずっと離ればなれで暮らしてきた。「フィリピンを良くするための明確なビジョンをもったリーダーを選びたい。悪口を言い合うだけで前に進まない状況はこりごりです」と話す。日本にいる仲間とともに、マルコス氏とサラ氏を応援するフェイスブックグループを作って活動し、いま230人以上が参加している。

じつは、フィリピンの人たちによるこうした選挙活動は日本だけの話ではない。フィリピンの人が多く暮らすドバイや米国、シンガポールなど各地で、フェイスブック上に特定候補を支持する人たちのグループができ、集会を開いたり、支持者の動画を共有したりして活発に活動しているのだ。

■在外投票で圧勝したドゥテルテ氏

海外でも選挙活動をするのは、まさにフィリピンが「海外移住者大国」だからだ。フィリピン政府の統計によると、フィリピン出身の海外在住者はおよそ1020万人。約1億1千万人いるフィリピンの人口の約1割にあたる数だ。渡航先で永住権などを得ている永住者が480万人と半分近くを占める。

2019年4~9月の統計によると、ポゲイさんやオーブリーさんのようにOFWと呼ばれる海外労働者は220万人にのぼる。主な行き先はサウジアラビア(22.4%)、アラブ首長国連邦(13.2%)、香港(7.5%)、台湾(6.7%)などで、日本は3.8%だ。OFWの4割近くが「単純作業労務者」として働き、このほかサービス業・店員が17.5%、工場労働者が12.2%を占めるという。

国内で十分な雇用がまかなえず、彼らが家族に送る送金がフィリピン経済を支える主要な力になってきた。

2003年にはフィリピンで海外不在者投票法ができ、海外に暮らす人たも要件を満たせば選挙権が行使できるようになった。フィリピン選管によると、今年5月の選挙を前に約170万人が在外有権者登録をしている。

海外在住者の影響力のすごさを見せつけたのは、2016年に当選したドゥテルテ大統領だった。他候補が目を向けていなかった在外投票者へのアピールを続け、実に在外投票の72%を一手に集めたことも貢献し、勝利したのだ。

今回の大統領選に出る候補者も積極的に、各国の支援者にビデオメッセージを送ったり、オンラインミーティングに参加したりするようになった。多くの家庭の大黒柱であり、発言力が強いOFWたちの重要性を強く認識しているからだ。1月に東京都内であった集会には、「日本の支援者の皆さまこんにちは!」と語りかけるサラ氏のメッセージが公開され、参加者を喜ばせた。

フィリピン大統領選の候補者ボンボン・マルコス氏と、副大統領候補のサラ・ドゥテルテ氏の顔が描かれたTシャツを着た日本在住のフィリピン人支援者=東京都千代田区、鈴木暁子撮影

マルコス氏の支持者がこの日のような大規模な集会を都内で開くのは、昨年12月から3回目だ。日比谷公園からの行進の主催者によると、フィリピン本国のマルコス陣営からじきじきに、日本でのこうした活動を期待する声が寄せられていたという。

世論調査機関パルス・アジアが今年2月に実施した世論調査では、ボンボン氏の支持率は60%と、ロブレド氏(15%)らを大差で引き離している。ずば抜けた人気があっても、海外在住者の間でさらに選挙活動を盛り上げようとするのは、マルコス氏側に苦い記憶があるからだ。

今回の選挙で一騎打ちになると見られているマルコス氏とロブレド氏は、ドゥテルテ大統領が当選した2016年の選挙ではいずれも副大統領選に立候補し、接戦を演じていた。勝利したのはロブレド氏だった。マルコス氏は選挙結果に不正があったとして、票の再集計を求める訴えまで起こしたが、結果は覆らなかった。

支持者の中にはフィリピンの選挙運営の透明性が不十分だと感じている人も多い。海外でもマルコス氏にこれだけ大きな支持があるという事実を国内外にアピールし、確実に勝とうとする意欲が見える。

■ロブレド支持者 歴史美化に危機感

フィリピン大統領選の候補者レニ・ロブレド氏のシンボルカラーのピンクのはっぴに、「必勝」と書いた鉢巻きをつけた日本在住のフィリピン人支援者たち=東京都中央区、鈴木暁子撮影

日本で選挙活動をするのはマルコス氏の支援者だけではない。対抗するレニ・ロブレド氏の支援者も1月、東京・銀座のビル内に集まって気勢を上げた。シンボルカラーはピンク。日本らしくピンクのはっぴと、「必勝」と書かれたピンクの鉢巻きを身につける人もいた。

エステラさん(43)は、2900人以上が「いいね!」を押してつながるフェイスブックグループで活動している。日本での選挙活動にはじめて動いた理由の一つは、やはり16年の大統領選でのドゥテルテ氏の勝利に、在外投票者の票が一定の貢献をしたインパクトを考えてのことだ。さらに、ボンボン・マルコス氏の支持者の間で、独裁者とまで言われた父親のマルコス元大統領の過去のおこないが美化されて伝わっていることに大きな危機感を抱いたためだ。

例えば、マルコス氏の支持者はよく、マルコス元大統領の時代に学校で支給された栄養パンのことを口にする。「子どもたちの健康を考えていた素晴らしい大統領だった」というオチがつくが、エステラさんは「本当は貧しくひもじい人たちがあまりに多くいたために、米国際開発庁(USAID)の支援で配られたパンだったのに。話がすり替えられている」と話す。こうしたうその情報に対抗するためにも、声をあげる必要を強く感じているという。

日本に30年以上暮らす粕谷マリア・カルメリタさんは、ピンクの服とマスクを身につけて集まりに参加した。「OFWは広い世界を見ている。例えば日本で普通にしていることを、なぜフィリピンはできないのだろうといつも考えている」。そしてこう続けた。「フィリピンがもっとよい国になることを夢見ている。そのためにはいいリーダーが必要なのです」