3大ピラミッドの精密な3D計測データ、世界で初めて生成 気鋭の考古学者はYouTuber

エジプト・ナイル川中流域、ギザ。3大ピラミッドの遺跡群は長い間、威風堂々とした姿で人々を魅了してきた。最も大きなクフ王の大ピラミッドの高さはかつては約147メートルあり、推定200万~300万個もの石材が使われている。
4500年も前の人たちが、こんな巨大で強固な建造物を、どうやって造ったのか? 多くの考古学者たちが、この難問に挑んできた。
河江肖剰さん(52)も、この謎に引きつけられてきた一人だ。2019年、世界で初めて、3大ピラミッドの精密な3D計測データを生成した。産学連携による学際研究として立ち上げた、ピラミッド群の構造を3Dで計測する「ギザ3D調査」の成果だ。
データの収集や分析には、ドローンを使った撮影など、最新の技術を駆使している。その結果、はっきりしてきたのは、ピラミッドは単に石材を積み上げたものではなかったということ。巨大な階段状の内部のコア構造、レゴブロックのように石材がかみ合った層、石と石の間につめた砂やがれきなどの補強材……。建造物を強固にするしくみが次々と判明している。
名古屋大デジタル人文社会科学研究推進センターの教授を務める河江さんは、ピラミッドを取り上げるテレビ番組にも登場。自身のユーチューブチャンネルの登録者は30万人を超える。最新の研究を交え、古代エジプト文明を分かりやすく解説する内容は、子どもから大人まで幅広く人気を集める。
親しみやすい語り口は、観光ガイドをしていた経験から培われた。
古代エジプトとの出合いは、中学時代のテレビ番組だった。フランス人の研究者が大ピラミッドに未知の空間があるとの仮説を唱える番組で、吸い寄せられるように見入った。書店で関連の本を探し、読みあさった。
だが、高校時代には古武道にのめり込み、大学受験に失敗。どうしようかと考えあぐねていたところ、古武道の師匠に「エジプトに行ってきたら」と助言された。両親も背中を押してくれた。
19歳で単身、カイロの空港に降り立った。到着早々、空港から出ようとしたところ、お金を支払うように言われ、20ドルをだまし取られた。
「国を替えようか」と頭をよぎったが、在住日本人のつてで日本人向けの現地旅行会社「バヒ・トラベル」でガイドとして働けるようになった。遺跡や観光地の案内に夢中になり、本や資料で知識を詰め込んだ。休みがあれば、遺跡に足を運んだ。
同社で当時マネジャーだった中野正道さん(72)は記憶をたぐる。1992年にカイロで大地震が起きた時、河江さんと連絡がつかなくなり、やきもきした。
「日本の家族からも連絡があって。でも本人は休暇で(エジプト北部の)アレクサンドリアで遺跡を巡っていたんですよ」。河江さんは年間200日ほどツアーに出た。そこで遺跡を巡れば巡るほど、本に書かれていない疑問がわき、知りたくなる気持ちが募っていたのだった。
1997年、古代エジプトの都があったルクソールでイスラム過激派による外国人観光客を狙ったテロが勃発、62人が亡くなった。うち10人が日本人で、日本の旅行会社が集め、バヒ社が現地手配していた。河江さんは遺族の対応にあたった。
観光客は激減した。だが、中野さんらは「ここでやめたらテロリストの思うつぼだ」と踏ん張った。
エジプトで活躍する世界の考古学者らを招いて日本人駐在員向けの勉強会を開くと、講師のアシスタントを務める河江さんの姿が、いつもあった。中野さんは、河江さんに現地の名門、カイロ・アメリカン大(AUC)で学ぶことを提案する。実際には中野さんの個人負担だったが、会社の費用負担でと伝え、「勉強したものを日本の人にどんな形でも還元してもらえればいい」と言った。
26歳で大学生となった河江さんは猛勉強し、水を得た魚のように知識を吸収した。教官より遺跡の細部を知っていることもたびたびあった。「お前、何者だ」と不思議がられた。遺跡や遺物の情報が「経験値として入っていた」。成績は常に「A」、エジプト学専攻の最優秀学生賞を受賞した。
そのころ、ピラミッド研究の第一人者の米国人考古学者、マーク・レーナーさん(74)の調査隊への参加を切望するようになった。レーナーさんは、ギザでピラミッド建設労働者の住居跡「ピラミッド・タウン」を発見していた。
チャンスが到来した。2003年、バヒ社の主催でレーナーの講演会が開かれ、その縁で日本への招待が実現した。河江さんは来日に向けた準備中に、ふせんをたくさん付けた彼の論文を脇にレーナーを質問攻めにし、「レーナー隊に参加したい」と直談判。翌2004年、無給の「見習いディガー(発掘者)」として参加が認められた。
河江さんはカメラが得意だった。掘るだけではなく撮影もしていたことと、「パッション(情熱)」が伝わり、ほどなく有給に。その1年後、区画発掘責任者に抜擢(ばってき)された。
2006年には、日本人研究者によるギザの墓のレーザー3D計測に参加したことがきっかけで、現・長崎大学教授の金谷一朗さんらと出会う。3大ピラミッドを3D計測する「夢」が浮上した。
エジプト滞在中に日本人女性と結婚し男の子3人に恵まれた。だが、2008年に妻ががんと診断され、急きょ一家で帰国、妻の実家がある名古屋に移住するが翌年、妻が亡くなった。
名古屋大学大学院教授の周藤(すとう)芳幸さん(63)はこのころ、研究で訪れたエジプトで、訃報を聞いた在住日本人たちから「河江さんをサポートしてほしい」と口々に頼まれた。河江さんと面識はあったが、「多くの人に信頼されている研究者だと知り、支えなければと強く思いました」。周藤さんの下で河江さんはギザの遺跡の3D計測をテーマに研究。修士課程を飛ばして2012年に博士号を取得した。
子育てと研究の両立にてんてこまいの日々だったが、幸運も舞い降りた。レーナー隊の取材にエジプトを訪れたテレビ番組「世界ふしぎ発見!」のスタッフとの出会いだ。2013年に取材に同行したとき、ギザの大ピラミッドに登頂する許可が政府からおりた。
スタッフは、大ピラミッドの北東にある「くぼみ」とその奥の洞穴の貴重な映像を提供してくれ、河江さんは金谷さんに紹介された関西大の安室喜弘さん(54)に相談。そこから3Dモデルを生成し、研究に足る立面図などを得た。
2015年にも取材に同行して大ピラミッドに登り、一段一段の石の高さを計測しながら撮影した。翌年からドローンでの撮影を始めた。設立されたばかりのエジプト初のドローン撮影会社と協力し、政府の許可を得ることができたのだ。
ピラミッドの3D計測データを使った映像は「ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト」(東京・六本木で朝日新聞社など主催、2025年1月25日~4月6日)で上映されている。
この展覧会を監修した河江さんは「クフ王のものといわれる『王の頭部』も展示している。生から死に至るまでエジプト文明の一つの形を感じてもらえたら」という。
ピラミッドの謎は尽きない。「常に目の前にミッションがあって、それをコンプリートしていく感じがある」。次なる「ミッション」は、一つひとつの石を判別し、積み方を解明することだ。
「謎を解くという目的があって、でも自分だけではできないので人の力を借りています」。一人ひとりがミッションを達成すれば、チームとして大きな仕事も成し遂げられる。夢を抱いて飛び込んだエジプトで、ピラミッドのミステリーに挑み続ける。