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アフリカの強奪された芸術品、ヨーロッパから返還始まる それでも埋まらない「空白」

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「過去と現在のベナンの芸術」展に置かれたグレレ王の玉座の前に座るエウロージュ・アハンハンゾ・グレレ。彼は彫刻家で、ゲレレ王の子孫でもある
「過去と現在のベナンの芸術」展に置かれたグレレ王の玉座の前に座るエウロージュ・アハンハンゾ・グレレ。彼は彫刻家で、ゲレレ王の子孫でもある=2022年7月16日、コトヌー、Carmen Abd Ali/©The New York Times

エウロージュ・アハンハンゾ・グレレの先祖は、何世紀にもわたって(訳注=西アフリカに位置する)強力な王国を支配してきた。現在のベナン共和国だ。彼が曽々々祖父の玉座を初めて見たのは10年前、パリの美術館でのことだった。

「いったい、どうやってここにたどり着いたんだ?」。彼はグレレ王の玉座と向き合った時、自問した。玉座は19世紀末に、フランス植民地軍に略奪された芸術作品に囲まれていた。

歴史的価値のある工芸品26点が昨年、フランスから返還され、この玉座もベナンに戻ってきた。アハンハンゾ・グレレは先日のある朝、従臣たちが王の前でするように玉座の前で頭を下げ、裸足で座ったという。

アハンハンゾ・グレレは45歳の彫刻家だ。19世紀にダホメ王国を統治したグレレ王の何千人もの子孫の一人である。作品の返還がベナンの人びとにとって、歴史や芸術的遺産を探究するきっかけになることを期待している、と彼は語った。

「私たち国民の芸術的覚醒は19世紀末から2022年まで、そのスイッチが切られていた」と彼は言い、「いま目覚めつつあるのだ」と続けた。

コトヌーにある自分のアートスタジオで作品づくりに取り組むアハンハンゾ・グレレ
コトヌーにある自分のアートスタジオで作品づくりに取り組むアハンハンゾ・グレレ=2022年7月17日、Carmen Abd Ali/©The New York Times

フランス大統領エマニュエル・マクロンは2017年、「アフリカの遺産を欧州の美術館の囚人状態にしておくことはできない」と述べ、略奪した芸術作品は返還すると約束した。

しかし、この約束から何年もの間、戻された作品はほんのわずかでしかなかった。

美術史家の話だと、現在、返還の流れはゆっくりだが着実になりつつある。

西部および中部アフリカの国々は、芸術作品を展示する最善の方法を模索するとともに、そうした作品の存在を聞いたことも見たこともない一般の人たちをどう教育すればいいかを探っている。

ベナンは人口約1200万を有する西アフリカの国だが、政府はしかるべき方法を見つけたと信じている。政府によると、大統領官邸で開かれた入場無料の芸術作品展示会に20万人以上が訪れた。その90%はベナン人で、政府は展示会を大々的に宣伝してきた。

子どもたちは、親に(展示会に)連れていってほしいとせがんだ。学校で友だちの話に乗り遅れたくなかったからだ。

地方のスピリチュアルリーダーたちは、古代の芸術作品について深く思いをめぐらすために全国各地から足を運んだ。展示を一見するためだけに半日も並んだ家族もいた。

「過去と現在のベナンの芸術――返還から新発見へ」と題した展示会は、多くの人びとが現役の芸術家たちに目を向ける機会にもなった。ベナンの現代アーティスト34人を紹介し、成長著しい西アフリカ現代芸術における地位を高めた。

「過去と現在のベナンの芸術」の現代アート部門会場を訪れた親子
「過去と現在のベナンの芸術」の現代アート部門会場を訪れた親子=2022年7月16日、コトヌー、Carmen Abd Ali/©The New York Times

「芸術家は誰もが子々孫々に伝わることを夢見ているから、私たちが先祖に連なることを光栄に思う」と展示会に出品したアーティストの一人ジュリアン・シンゾーガンは言い、「私たちもまた、子々孫々の一部になったのだ」と語った。

今春に行われた初回展示会が好評だったのに続き、展示会は8月に再び開かれた。再開された日の朝、フランスに住む13歳のフランス系ベナン人の少年マーカス・ホンソウはベナンを訪れ、(展示会で撮った)写真をスマートフォンにたくさん残し、この芸術を理解するにはもっと時間がかかると名残惜しそうに立ち去った。「ベナンのアーティストについて、ぼくは誰一人として知らないんだ」と言い、「でも、フランス人やアメリカ人のアーティストはいっぱい知っているんだけど」と話していた。

1892年にフランスの植民地軍が(ダホメ王国の)ベハンジン王の宮殿を襲ったときに略奪した古代の芸術作品は昨年まで、パリのケ・ブランリ美術館に展示されていた。そこには半人半獣の形をしたベハンジン王とグレレ王の木彫像や二つの玉座、ベハンジン王の宮殿の四つの彩色された門もあった。

フランス人の歴史家で返還に関する報告書の共同執筆者ベネディクト・サボイによると、アフリカの古代芸術作品はほとんどすべてが欧州や米国に残されている。

ドイツからナイジェリアへ、ベルギーからコンゴへ、フランスからセネガルやコートジボワール、ベナンへといった具合に、欧州とアフリカの国々は現在、より体系的な返還に向けた作業に取り組んでいる。

昨年の芸術作品26点の返還は、2017年のマクロンの約束以降、欧州の旧宗主国とアフリカの国との間における最大の取り組みだった。

しかし、ベナン当局はさらに返すよう再三にわたり訴えてきた。

「『当時、我々は戦利品として強奪した。気の毒だが、今やそれは我々のモノだ』などと言っていられる状況ではもはやない」と、ベナンの文化相ジャン=ミシェル・アビムボラは、ニューヨーク・タイムズのインタビューに語った。

アビムボラは、ケ・ブランリ美術館が所蔵する作品すべてをベナンのモノだと言い張る意味はほとんどないと言う。この美術館には3500点以上もあるのだから。「私たちは、自分たちの魂に語りかける最も象徴的な芸術作品の返還を望んでいるのだ」と言っている。

王の子孫アハンハンゾ・グレレは大統領官邸で作品を展示した現代アーティストの一人でもある。玉座に隣接した部屋で、彼のテラコッタ(素焼き)の彫像が展示会の現代アート部門に置かれた。彼の作品がベナンの施設で展示されたのはこれが初めてだった。

アハンハンゾ・グレレの作品
アハンハンゾ・グレレの作品=2022年7月15日、コトヌーの「過去と現在のベナンの芸術」展、Carmen Abd Ali/©The New York Times

しかし彼は、芸術作品が返還されても過去に関する人びとの知識のギャップを一夜にして埋めることはできないと思っている。

「私たちの若い世代は自国の歴史を知らない」と言い、強奪を受け100年以上にもわたって欧州の博物館に収蔵されてきた過去について国民を教育するうえで、ベナンが直面している課題を指摘した。「私だって自分の先祖について尋ねられても、知らないことが多い」

過去の一部は、大統領官邸からそう遠くない場所で現代アーティストたちによって紹介されている。ベナンの最大都市コトヌーの港への通り沿いには、政府が資金提供したストリートアートの壁が約800メートルにわたって続いており、ここでは派手な壁画やベナンの過去と未来への希望をたたえるグラフィティ(一種の落書き)が呼び物になっている。

コトヌーの港に向かう通り沿いの壁に描かれた現代アートと制作者の女性
コトヌーの港に向かう通り沿いの壁に描かれた現代アートと制作者の女性=2022年7月14日、Carmen Abd Ali/©The New York Times

(大統領官邸での)展示会は8月末で幕が閉じられ、作品はかつて奴隷の貿易港だったウィダーに移される。政府当局はそこに新しい奴隷博物館を建設している。

政府はまた、他に三つの博物館を建設中だ。その一つは、アハンハンゾ・グレレのような現代アーティストの取り組みを奨励するのが目的である。

4人の父親であるアハンハンゾ・グレレは、自分の子どもたちは自国の歴史や彫刻よりも漫画に興味があると言い、先祖の作品が戻ってきたことで、この状況を変えようと決意したという。「私は自分の芸術とその影響についてほとんど子どもたちに話していません。もっと伝えなければなりません」(抄訳)

(Elian Peltier)©2022 The New York Times

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