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ハーバード大、世帯年収3千万円以下の学生は無料へ トランプ政権の「攻撃」が関係?

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
米国屈指の名門、ハーバード大学の門=マサチューセッツ州ケンブリッジ
米国屈指の名門、ハーバード大学の門=マサチューセッツ州ケンブリッジ、朝日新聞社

米ハーバード大学は2025年3月17日、世帯収入が20万ドル(約3千万円)以下の学生の授業料を無償化する計画を発表した。大学入学の合否を決める際、人種による優遇措置を設けることを連邦最高裁が禁止したことを受けて、名門大学の間で学生への経済的援助を拡大する流れが始まっており、ハーバードもこれに加わった形だ。

所得制限の上限引き上げは、今秋から実施される。ハーバードではこれまで、8万5千ドル(約1700万円)以下の世帯収入のみが授業料無償化の対象となっていた。アメリカの世帯収入の中央値は約8万ドルである。

この動きは、キャンパスの多様化を促進するだけでなく、ハーバード大学のイメージを改善することに役立つかもしれない。背景には、トランプ政権が高等教育機関への攻撃を強めており、教育への信頼を失った米国民の間でエリート大学がますます不人気になっている事情がある。

ペンシルベニア大学は2024年11月、年収20万ドル未満の家庭の学生に対して授業料を免除すると発表した。マサチューセッツ工科大学とカリフォルニア工科大学も、同じく年収20万ドルを上限とすると発表している。このほか、ダートマス大学、バージニア大学、ノースカロライナ大学など他の大学も、過去1年間に経済的援助を受けることのできる所得制限の上限額を引き上げている。

連邦最高裁が積極的な差別是正措置を禁止したため、ハーバード大学を含む多くの大学で黒人およびヒスパニック系の学生の数が減少した。2024年秋、ハーバード大学に入学した黒人の1年生の割合は前年の18%から14%に減少したが、ヒスパニック系の学生の入学者数はわずかに増加している。

最高裁の判決は大学を苦境に陥らせている。大学側はこれまで、多様性は重要だと主張してきたが、トランプ政権は多様性への取り組みを排除しようと、大学に厳しい監視の目を向けているからだ。

米ハーバード大学のワイドナー記念図書館。掲げられた校章には、モットーの「VERITAS」(ラテン語で「真理」)が書かれている
米ハーバード大学のワイドナー記念図書館。掲げられた校章には、モットーの「VERITAS」(ラテン語で「真理」)が書かれている=2024年9月、マサチューセッツ州ケンブリッジ、Sophie Park/©The New York Times

米シンクタンク「革新政策研究所」のアメリカン・アイデンティティー・プロジェクトの責任者であるリチャード・カーレンバーグによれば、人種と世帯収入は関連していることが多いので、より多数の黒人やヒスパニック系の学生を入学させたいと考えている大学にとって、経済的援助制度を改善することは理にかなっている、という。

カーレンバーグは電子メールでの取材に次のように答えている。「大学が人種による優遇措置をもはや取れなくなっている以上、人種の多様性を求めるなら、ベストな方法は、裕福でない層、労働者階級の学生の入学のチャンスを高めることだろう。こうした層では黒人とヒスパニックの割合が不均衡なほど多い。そのような学生に出願してもらい、入学してもらうには、気前の良い経済的援助が必要だ」

ハーバード大学の学長アラン・M・ガーバーは、経済的援助策を発表する際、最高裁の判決には触れなかった。また、トランプ政権が繰り返しエリート大学を攻撃した結果、連邦政府の財政支援を受ける多くの大学が、大幅な予算削減に苦しんでいることにも触れなかった。

しかし、ガーバーはさまざまな人々を結びつけることが重要なのだと力説した。

「ハーバードが経済的に多くの人にとって手が届く大学になれば、すべての学生が背景、経験、視点の違う人に出会う機会が広がることになり、学生が知的にも、人間としても成長する助けになる。将来有望な若者を集め、彼らが互いに学び合うことで、ハーバード大学のすばらしい可能性を実現できる」

米マサチューセッツ州ボストン近郊のケンブリッジにあるハーバード大学
米マサチューセッツ州ボストン近郊のケンブリッジにあるハーバード大学=2019年8月、朝日新聞社

ハーバード大学に通うのにかかる年間の費用は、学費と寮費を含めて、2025年度は約8万3千ドル(約1240万円)だった。ハーバード大学は、世帯収入が20万ドル以下の学生の授業料を無償化するほか、世帯収入が10万ドル(約1500万円)未満の学生の費用負担は実質的になくなる、と説明している。

ハーバード大学は、これらの学生の授業料、諸費用、食費、寮費、大学と自宅間の通学費、イベント参加費や活動費、さらに必要に応じて健康保険料も負担する。ハーバードはまた、大学キャンパスがあるマサチューセッツ州ケンブリッジの厳しい冬に備えるため、「冬用装備」の費用も負担するほか、2千ドル(約30万円)の大学生活「スタートアップ」費用も支給する。

大学の発表によると、授業料免除に加え、世帯収入が20万ドル以下の学生は状況に応じて追加の経済的援助を受ける資格があるという。大学はまた、世帯収入が20万ドルを超える学生の中でも、家庭の状況に応じて何らかの経済的援助を受けられる、としている。

ハーバードは、2025年、2億7500万ドル(約412億円)を経済的援助に支出したと発表しているが、今回の新しい計画にかかる費用の総額については、見積もりを示していない。大学によると、現在、全学部生の半分をやや上回る人たちが経済的支援を受けているという。

各大学が学生獲得競争を繰り広げる中で経済的援助を拡大する動きが起こっているのだが、実は今は、高等教育にとって危機の時代なのである。ハーバードが支援拡大を発表した数日前、同大学は、ホワイトハウスによる大学への助成金削減と増税の脅しに備えて、スタッフの新規採用を凍結すると発表したばかりだった。

米国際開発局(USAID)が資金提供していた国際保健・農業プログラムの助成が大幅に削減されたことにより、メリーランド州ボルティモアのジョンズ・ホプキンス大学をはじめ、全米の大学で多くの人員削減が行われた。

ハーバード大学の中庭は、多くの観光客でにぎわう
ハーバード大学の中庭は、多くの観光客でにぎわう=2012年6月、米マサチューセッツ州ケンブリッジ、朝日新聞社

裕福な大学がさらに警戒しているのは、ハーバード大学やその他の大学に対する寄付金税を増額するという共和党議員による様々な法案である。この法案は、大学の学生に対する経済的援助に悪影響を及ぼす可能性があると指摘されている。

現在、寄付された基金を大学が運営して得られる年間投資収益には1.4%の税金が課せられている。副大統領バンスは、この税率を35%まで引き上げることを提案している(バンス自身は、イエール大学のロースクールに通うために多額の援助を受けた)。

トランプ政権はまた、国立衛生研究所が支出している補助金の諸経費の払い戻しの上限を15%に設定する措置を講じたが、これにより大学など研究機関が施設や職員の人件費を賄うために頼ってきた管理費のうち数億ドルが削減される可能性がある。この問題は法廷で争われている。

諸経費率は通常、助成金受領者によっても異なるが、場合によっては助成金の最大60%を追加支給することもある。(抄訳、敬称略)

(Stephanie Saul)©2025 The New York Times

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