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ハーバード・ビジネススクールの「レジェンド」が見た、優れた起業家が備える原動力

令和の時代 日本の社長 更新日: 公開日:
ハーバード・ビジネススクール前学長のニティン・ノーリア氏
ハーバード・ビジネススクール前学長のニティン・ノーリア氏

■英語で行った本インタビューを原語でも配信しています。こちらでお読みいただけます。



――いま、資本主義のあり方を見直す議論が盛んになってきました。こうした動きをどのように見ていますか。

私は、資本主義こそが、人間の自由と繁栄をもたらす最大の原動力であると信じ続けています。消費者として、労働者として、起業家として、投資家として、その他の多くの役割において、人々が自分で人生を決めることを可能にするシステムです。

人々が資本主義を信頼するかどうかは、このシステムがよりよい生活を送る機会や希望をもたらしてくれるかどうかにかかっていますが、いまの資本主義はそのような機会や希望を十分に提供しているとはいえません。私たちが目の当たりにしている、不平等の広がりなどが要因となって、資本主義への信頼を損なっているのです。

――資本主義においては、企業の役割が重要です。資本主義への信頼が損なわれている状況で、企業にはどんな振る舞いが求められるでしょうか。

資本主義は、そのルールを定義し、公正な競争を確保するために、常に規制の枠組みを必要としてきました。もし企業が、資本主義がもたらす有害な部分を自主的に最小限におさえる規制をしないのであれば、企業活動を規制するための何らかの措置が必要になります。しかし、私が大いに期待しているのは、企業が「環境フットプリント」(環境への負荷)を減らすこと、生活水準向上につながる雇用創出といった社会的目標を掲げながら、企業自らが問題に取り組むことです。

私たちは、人々の暮らしと地球の持続可能性に配慮しながら、資本主義が生み出す繁栄に向けた「正のスパイラル」を、もういちど推し進める必要があります。そのためにはイノベーション(技術革新)が必要でしょう。気候変動リスクを減らし、格差を是正することは、各企業の収益性を保ちながらでも達成できるということを、資本主義を活用しながら証明することが望ましいです。

ハーバード・ビジネススクール前学長のニティン・ノーリア氏

――19年夏、米主要企業の経営者団体であるビジネス・ラウンドテーブルは「企業の目的に関する声明」を発表しました。会社の第一の目的は、株主利益を図ることであるとした従来の宣言を見直して、株主以外のステークホルダー(利害関係者)にも配慮する姿勢を打ち出しました。

ビジネス・ラウンドテーブルの声明は、強力な意思表示でした。たしかに力強いものですが、この取り組みは道半ばであり、実現には相当な時間がかかるでしょう。「米企業がそんなに簡単に変わるとは思えない」とする懐疑論者もいますが、私はこの声明が、ビジネスと社会によりよい変化をもたらすことを期待しています。

企業が社会的価値に目を向けようとする動きには、長い歴史があります。例えば、ハーバード・ビジネススクールでは、30年以上前から米製薬大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)のケースを教えています。1943年に掲げられた経営理念である「Our Credo(アワ・クレド=我が信条)」は、会社、そして社員1人ひとりがステークホルダーに対し、どんな責任を果たすべきかをまとめたものです。80年代、同社の解熱鎮痛剤に何者かが毒物を混入し死者が出た事件では、情報を得てすぐに莫大な費用をかけて製品を回収し、異物混入を防ぐパッケージに切り替えました。自社に落ち度がなくても、消費者の命を最優先にして信頼回復をはかった好例として評価されています。

私たちは、ビジネスの社会的な役割をより明確にしなくてはならない時代に生きています。こうした状況で、企業の「パーパス(存在意義)」に焦点があたるようになったことは、とても勇気づけられます。

――HBS時代、リーダーシップ研究を続けてこられました。「資本主義の再構築」が求められる時代におけるリーダーシップとは、どんなものでしょうか。

いま資本主義が最も必要とするのは、社会問題に立ち向かう意思と創意工夫を兼ね備えたリーダーでしょう。HBSの学生たちも、クリーンエネルギー関連事業や社会によりよい変化(インパクト)をもたらす企業活動に投資する「インパクト投資」などを手がけるキャリアに関心を寄せています。世界に変化をもたらすリーダーを育成することが、ビジネススクールの使命といえるでしょう。

リーダーシップとは、ほかの人たちの信頼を得るための能力のことで、他者と協力しながらリーダーが1人で達成できる以上のことを、みんなで達成することが必要です。リーダーは誠実さを持ち、「I(私)」よりも、「We(私たち)」を大事にできる強さが求められます。

ハーバード・ビジネススクール前学長のニティン・ノーリア氏

――日本に期待することは何でしょうか。

私がハーバード・ビジネススクールに着任した80年代後半、グローバル化を進める日本の大手企業は多くの人材を米国のビジネススクールに送り込みました。しかし、2000年代に入ると多くの企業はこうした派遣を減らしました。しかし、近年は、大企業で働くというキャリアのほか、起業家としてのキャリアをめざすためにビジネススクールで学ぶ、新世代の日本人が増えてきました。

優れた起業家は、「社会のこの問題を解決するために、自分には何ができるだろうか」という個人的な経験に基づいた問いを、仕事の原動力にしていることが多いです。父親をがんで亡くした楽天グループ株式会社の代表取締役会長兼社長で、楽天メディカル社CEOでもある三木谷浩史氏が「がん克服」に取り組んでいるのも、その一例でしょう。

私は以前、三木谷氏と一緒に日本の若い起業家に会いました。多くは伝統的企業でキャリアを始めましたが、いまは起業家として夢を追い求め、日本の未来を支える企業をつくりたいと語りました。起業熱が高まる一方、日本には歴史ある企業が多いです。日本企業は変化に直面しながらも、強靱な適応力を備えているのです。

――三木谷氏との関わりで言いますと、2021年には、楽天メディカル社の取締役会長に就任されました。その経緯を教えてください。

私は長年、楽天メディカル社の小口投資家でした。投資しようと思った理由は、ミッキー(三木谷氏のニックネーム)の起業家としてのエネルギーを尊敬していましたし、がんに立ち向かおうとする彼の情熱に感銘を受けたからです。

私は長い間、楽天メディカル社の成長を見守ってきたのですが、2021年1月にハーバード・ビジネススクール(HBS)学長の職を退いて、外部の関心事に時間を割くことができるようになりました。そのタイミングで、楽天メディカル社への投資を決め、そしてミッキーから「取締役会長として参加しないか?」と誘いを受けまして、喜んで受諾しました。

――取締役会長のオファーを受けた理由について教えてください。

私はもともと化学工学を専攻していて、そのころにバイオテクノロジーに関心を持ちました。その後は経営学の修士号を取得して、ビジネススクールの教授としてキャリアを積んできましたが、いまでもバイオテクノロジー関連企業には大いに関心を持っています。

楽天メディカル社のことを知ってから、この会社が、がんに立ち向かうために追求している斬新なアプローチには魅了されていました。この会社が掲げる「がんを克服する」というミッションには感銘を受けていましたので、取締役会長として、そのミッションの推進に何らかのかたちで貢献できたら、非常に意義のあることだと考えたのです。

ハーバード・ビジネススクール前学長のニティン・ノーリア氏

――会社が掲げるミッションへの共感があったのですね。

楽天メディカル社のミッションは、「世界中のがんと共に生きる患者とその家族が、私たちのプラットフォームを介して、より良い治療にアクセスできるようになることで、一人でも多くの人々が、本当に生きたい人生を生きることができる社会の実現を目指す」というものです。これは、私がこの会社に関わることができて光栄に思う最大の理由です。

がんは、生まれた場所や社会的地位に関係なく、誰もがかかる可能性がある病気です。がんの診断や治療は日々進歩していますが、克服にはまだ時間がかかり、毎年多くの人たちが亡くなっています。がんを克服し、病気の負担を軽くするという崇高なミッションを持つ企業の一員であることは、とても意義深いと思っています。

――三木谷氏は、父親のがん闘病をきっかけに、2010年に米国で創業した旧アスピリアン・セラピューティクス社(現・楽天メディカル社)に個人的に出資して経営に関わるようになりました。

ミッキーの父親と同じように、じつは私の母親も、20年以上もがんと闘ってきました。しかし、結局、がんに負けてしまいました。私はハーバード大学の最高の病院や研究者ともつながりは持っていましたが、母親を救う治療法を見つけるには至りませんでした。そういう経験があるからこそ、ミッキーのモチベーション、楽天メディカル社のがん克服というミッションに深く共感できるのです。


■楽天グループ株式会社 代表取締役会長兼社長、楽天メディカル社CEO三木谷浩史氏のコメント

ニティンは、ビジネス界のレジェンドのような存在であり、多くのグローバルリーダーが尊敬する卓越した指導者です。私自信も敬愛するニティンを楽天メディカル社に迎え入れ、「がん克服」というミッション実現に向けて共に働けることを心から嬉しく思います。

■English version: The best entrepreneurs are driven by personal experiences