――太田さんは2019年春にグループCEOに就任して以来、社内に向けて「カラを、破ろう。」というメッセージを発してきました。その施策のひとつとして、社内ベンチャー強化を打ち出してきました。
「社長製造業」と銘打ち、年齢を問わず、担当者を社内ベンチャー事業の「社長」に積極的に抜擢しています。金融というカラを破ってチャレンジする従業員をサポートするための試みです。
グループの新たな成長の柱となるようなユニークなアイデアがあれば、すぐさま予算と人員を割り当て、担当者を「社長」にするのです。
「社長製造業」というキーワードは、私が自分で考えました。ただ単に「人材を育成する」という話ではなく、「社長をつくる」ことを「業」としてやるものです。「あなたが社長になってください」という、社内に向けた明確なメッセージだと考えています。
――具体的には、どのように社内ベンチャーをつくり、「社長を製造」するのでしょうか?
いくつかルートはありますが、「社長」になるための登竜門と位置づけるのは「CDIOミーティング」です。
CDIOというのは、グループ内の役職で、「チーフ・デジタル・イノベーション・オフィサー」の略称です。私やCDIOらが参加するミーティングを開き、新規事業をやりたい人たちに、そのアイデアについてプレゼンテーションしてもらいます。
その場には担当役員や関連部署の部長たちが出席していますので、面白そうなアイデアがあれば「よし、やってみよう」と即決します。「ここを修正したら事業化できるのでは」といった意見を出し合い、自由闊達に議論する場でもあります。
――やる気のある人たちが、社内で手をあげるのですね。
そうです。新規事業というものは、誰かに「やれ」と言われてできるものではありません。それをやりたい人が自分の頭でビジネスモデルを考え、仲間を募って、事業化していくことが大事です。
立ち上げたビジネスには「最後まで責任を持つ」という意味で、「社長」になってもらうのです。
やはり、「熱量を持っている人」が、自分でやるのが一番よいと考えています。自分で考えた事業内容を大きく育てたいというパッションを持っている人にやってもらう。年齢は関係ありません。
――どんな社内ベンチャーが生まれ、「社長」が誕生しましたか?
これまでのところ、合わせて11社を立ち上げました。とくに、グループ初の30代社長が誕生した「SMBCクラウドサイン」の設立は、各方面から注目を集めました。
SMBCクラウドサインの三嶋英城社長は、2018年に中途入社しました。最初は、東京・渋谷にあるオープンイノベーション拠点を統括していましたが、その拠点のイベントで知り合った「弁護士ドットコム」の方との会話から新規事業のアイデアを思いついたのです。それで、社内でのプレゼンを経て、事業化に至りました。
何とか事業化できそうだという時期に、三嶋から「ここまでやったのだから、私に社長をやらせてほしい」との申し出を受けまして、「いいよ」と社長業を任せることにしました。
もう一つ社内ベンチャーの先陣を切って走っているのは、「プラリタウン」という会社です。中堅・中小企業のお客様の業務効率化をデジタルツールで解消するビジネスですが、並木亮社長が法人部門で働いていたころに、すでに事業化のアイデアを持っていたので、そのまま「社長」になってビジネスを進めてもらっています。
SMBCクラウドサインの三嶋も、プラリタウンの並木も、社長になったときは30代でした。
――伝統的な大手銀行には「失敗しちゃいけない」という風土があると思います。一般的に、ベンチャー事業に「失敗」はつきものです。従業員からすると、「新規事業に手をあげて、失敗したらどうしよう」という不安を感じることがあるのではないですか?
社長である私が、「失敗しても構わない」と伝えています。幸い、まだ失敗の事例はあまり出てきていないのですが、仮に失敗しても、私が怒るようなことはしません。そんなことをすれば、従業員のやる気が一気にしぼんでしまいますから。
そのかわり、「失敗するなら、早めに失敗してくれ」と言っています。ずるずる引っ張って最後に「できませんでした」となるより、「早めに失敗して次に行こう」と話しています。
――巨大なメガバンクトップの太田さんが、これほど社内ベンチャー育成に力を入れるのは、なぜでしょうか?
金融事業の先行きに、強烈な危機感があったからです。グループCEOに就任し、「カラを、破ろう。」という言葉を用いて、「変化」を呼びかけてきました。前例や先入観、固定観念、組織の論理にとらわれず、どんどん新しいことにチャレンジしてほしいと考えました。
ただ、「変わりましょう」と言ったところで、トップが何もやらないと、結局、言葉だけになってしまいます。誰も変わろうとしないでしょう。トップが自ら、「本気だぞ」というところを見せる必要があると考えまして、社内ベンチャーの強化を打ち出しました。
「社長製造業」の取り組みは、私の「本気度」を見せるための一つの手段になっているわけです。
――「社長が本気である」ことを見せることが重要なのですね。
そう思います。大きな組織が「変わる」ことは簡単なことではありません。ほとんどのグループ従業員にとって「変わる」ということは、「痛み」「ペイン」なわけです。これまで通りの仕事をやっていた方が、楽に決まっています。人間は往々にして、そういうものだと思います。
そこに変化をもたらすには、よほど大きな「波」が必要になるだろうと、グループCEO就任時に考えました。だからこそ最初に「カラを、破ろう。」というスローガンをつくったのです。私の思いは、この一言に尽きます。
――先ほど、金融事業への危機感というお話がありました。金融業の未来を、どうご覧になっていますか?
金融のビジネスボリュームは、経済活動の量に比例します。いってみれば、「GDPビジネス」です。GDP(国内総生産)が伸びていないのに、金融事業だけが伸びることはありえません。日本は人口が減っているし、GDPの潜在成長率が1%を切っていくような状況でもある。こうした状況で、金融事業のパイが大きくなることはないのです。
近年は、金融事業への新規参入も増えています。「金融」という機能は残りますが、それを誰がどんな形で担っていくのか。それは分からないのです。金融の担い手の中心は、私たちのように、いま「銀行」と呼ばれている会社ではないかもしれません。
ということは、手をこまぬいていては、私たちの存在価値がなくなってしまう。お客様のニーズにあった形で変わっていかないと、そもそも会社としての存在自体が許されないかもしれない。私はそれほど、強烈な危機感を抱いています。
――巨大なメガバンクグループの規模からすると、社内ベンチャービジネスの規模は小さく、収益貢献にはなお時間がかかりそうですね。
この取り組みをスタートしてから、まだ数年しか経っていませんので、すぐに大きくなるとは思っていません。まずは、社内ベンチャーのコーポレートバリューを大きくしようと言っています。社内ベンチャーですから、「資金調達」の心配がありません。だから、会社を大きくすることに全精力を傾けようと、呼びかけています。
会社のバリューが高まったら、IPO(新規株式公開)に踏み切ってもいいし、どこかに買収してもらってもよいと考えています。すぐに「大化け」してくれとは言いませんし、「小銭を稼いでくれ」とも言っていません。時間はかかるかもしれないが、いずれグループの収益に貢献してくれたらよいと思います。
――伝統的な大手銀行の場合、いわゆる優秀な人材は「経営企画部」「人事部」「総務部」といった主要部署に配置する慣習がありました。「社内ベンチャーをやってみたい」と考える人を増やすには、旧来型の人事制度を変えていく必要もありそうです。
私たちのような伝統ある銀行においても、人事制度はむかしのような古いものではなくなってきました。
ただ、ご指摘の通り、銀行の本部には「中枢」と呼ばれる部署が残っていて、そこに「変われない」「変わりにくい」タイプの人たちが集まりやすい、ということも事実です。
ただ、私が社長に就いてから、そういう部署の改革を重点的に進めましたので、かなり変わってきました。(エリートが集まり、銀行の経営戦略などを立案する)「経営企画部」は、いまやイノベーションを手がける部署になってきました。これは大きな変化だと思います。
むかしながらの優秀な銀行員が中枢といわれる部署に配置される時代ではなく、そこに配置される人材の資質が変化してきています。
――かつて大手銀行といえば、安定を志向して就職する人も多かったように思います。ベンチャースピリットを持った人材は、グループ内に多数見つかりましたか?
「安定」を求めて銀行に入ってきている人は、どんどん減ってきていると思います。私自身、「もう安定していませんよ」と言っていますから。「銀行はこれから大きく変化していきます」と、採用時点から伝えています。
私たちの会社の採用パンフレットには、「かつては、銀行と呼ばれていた。」と書いているぐらいです。
むしろ、「ここに入ったら、何か面白いことができそうだ」と考えている人が増えています。
2020年から、「カタリバ」という若手・中堅社員とのランチミーティングを続けていますが、話していて分かったのですが、それぞれの従業員には「やりたいこと」がたくさんあるのだ、ということです。経営トップである私がその夢をかなえてあげる舞台をつくらないといけない、と感じました。
――伝統的な組織を「変える」手応えはいかがですか?
私たちのグループは全体で約10万人います。まずは、CEO就任後、私は自分の近くで働いている100人を変えたと自負しています。
自分が変えたその100人に対し、「1人につき100人を変えてほしい」と語りかけています。そうすると、1万人になりますね。グループ10万人のうち、1万人が変われば、大きな変化が起きるだろうと考えています。
いまは、私が変えた100人が、その人の周りにいる100人を変えようとしている段階だと思います。「変わらなければ生き残れない」という危機感を、どれだけ共有できるか。トップとして「1人ひとりが当事者なのだ」と言い続けることが大事だと思っています。