全裸で美術館にいて、最も居心地の悪いことは――寒さだった。
パリの現代美術館パレ・ド・トーキョーが初めて開いた、ヌードで館内を鑑賞する催しに参加して30分。裸でいることには慣れてきたが、大きな洞窟のようないくつものギャラリーをめぐる冷たい空気には慣れることができなかった。
政治的なテーマをもとにしたアルジェリア系フランス人芸術家ニール・ベルーファの展示コーナーで、私(筆者)はたまりかねて腕を動かす運動で暖を求め始めた。美術館は、スニーカーをはいただけの人のために空調を整えてはいないことを悟ったからだ。
それは、私一人ではないようだった。年金暮らしのジャクリ-ヌ・ボアイン(65)は、日が当たるわずかな空間に身を寄せていた。仏東部アルザス地方から8時間もバスに揺られて、2018年5月5日(土)に開かれたこの催しに来ていた。他の参加者も、体を軽くゆすりながら、寒さに抗しようとしていた。
「それでは、そこを曲がった日だまりに移動しましょう」。ツアーの案内人マリオン・ブフローコラーボームは、他の展示コーナーへと参加者を誘った。
美術館のヌーディスト向け鑑賞会は、フランスでは初めてだった。18年3月にこの企画が公表されると、大きな関心を呼んだ。フェイスブックでは、3万を超える人が参加に興味を示した。
この鑑賞会を美術館と共催した(訳注=ヌーディスト活動の推進組織)「パリ・ナチュリスト協会」の会長ローラン・ルフト(48)によると、協会のフェイスブックのページにはこの数週間だけで200万以上ものアクセスがあった。「100人か200人は来るかもしれないと思ったが、3万人なんて想像もしなかった」
当日の午前10時。私はツアーに合流した。運よくチケットを手に入れた161人は、2階にできた臨時の更衣室へ。まず、そこで服を脱ぐことから始まった。
それから2時間。六つのツアーグループの一つに加わり、フランス最大の現代美術館の中を見て回った。もっとも、案内人の美術館員は、服を着ていた。
主要な展示の一つに、「不一致、夜の娘(英題:Discord,Daughter of the Night)」というテーマの作品群があった。政治的な争いや抵抗を表した関連作品が、全館に散らばって展示されていた。
そして、私が寒さに耐えられなくなったあのベルーファのコーナー。「わが敵の敵(英題:The Enemy of My Enemy)」と題するその作品は、ベトナム・ソンミ村の虐殺や広島への原爆投下など、戦争に関連した素材で構成されていた。その素材を小さなロボットが絶え間なく動かす様子は、アマゾン社の倉庫の風景を思い出させた。
私たちの案内人ブフローコラーボームは、美術館の教育部門の責任者でもあり、館内の作品をヌーディズムと組み合わせた展示企画も考えていると言う。
いずれにせよ、「今回のツアーは、ポストコロニアル理論を論じ合うような堅苦しいイベントにはしたくなかった。着ているものを脱ぐことで、自分の殻もできるだけ脱ぎ去り、少しでも広い心で作品を感じ取ってもらいたい」。
全裸の特別鑑賞会は、「ヌード」と結びつける形でこれまでにも他の美術館で開かれている。カナダ・モントリオールでの米写真家ロバート・メイプルソープの作品展。オーストリア・ウィーンのレオポルド美術館での男性ヌード写真展。でも、鑑賞の対象が、裸体とは関係のない今回のツアーの方が、「正直言って面白かった」とルフトは評する。
例えば、ベルーファが、イランの「聖なる防衛博物館」の宣伝ビデオを使って構成した作品。市場で爆弾が爆発する模擬映像が映し出される。私にとっては、そんな残虐行為を(模擬映像とはいえ)運動靴しかはいていない姿で見るのは、気が引けた。しかし、ルフトは違った。裸でいれば、社会的にも政治的にも、ものごとにバランスをもたらす偉大な機能が発揮されるという思いが確かめられたと語るのだった。「世界の指導者が裸であいまみえれば、(訳注=映像のような)こんな争いごとがどれだけ減り、世界はどれだけ平穏になっただろうか」
ルフトによると、パリ・ナチュリスト協会が今回の企画を美術館に提案したのは、17年の暮れだった。協会の活動をスポーツ以外にも広げることが狙いだった。協会は、裸でプレーするテンピンボウリングの大会としては、世界で最も多くの参加者を集めた記録を立てていた。次は、領域を拡大し、新たな層の会員を開拓したいと「文化」に期待した。
美術館側は、とりあえず今回だけということで提案を受け入れ、5月5日午前中の一般開放を中止した。美術館としても、文化的、社会的な活動の幅を広げる試みとして実施することにした。
結果は、なかなかよかったようだ。参加者は、男性が女性よりやや多かった。年齢はかなりの幅があり、こうした公開のヌードの催しに初めて加わる人が多かった。パリっ子のチュンユ・トン(29)もその一人。裸でいることで、「作品とより親密に心を通わすことができた」と興奮気味だった。
ツアーを続けよう。英国人アーティストのジョージ・ヘンリー・ロングリーのコーナーに入った。日本の大名たちの甲冑が、いくつか展示されていた。すると、奇妙なほど強烈な感情がわいてきた。華麗な武具を、この上なく無防備な状態で見ている自分がいる。「甲冑(かっちゅう)は、ハチなどの攻撃的な生き物を模してつくられている」との説明で、なおさらその感情は強まった。
「服や武具をまとうことは、自らの意見や考えを発信していることでもある」。このコーナーを出ると、歌を教えているバンサン・シモネ(42)は、こう感想を語ってくれた。「現代の裸体主義も、社会的な発信と見なされている。しかし、本当はその逆で、(訳注=私たちのこの無防備な状態のように)あるがままの純粋な状態として受け止められるべきなんだ」
ツアーの最後の部分は、カデル・アッティアとジャン・ジャック・ルベルのコーナーだった。いずれもフランス人のアーティスト。展示の一部は「恐怖の考古学(英題:archaeology of fear)」と名付けられ、一室は植民地時代に関連した恐ろしい新聞・雑誌の報道であふれていた。
案内人のブフローコラーボームが、参加者を小さなコーナーに集めた。ナイジェリアの「病気のマスク」を見せるためだ。ハンセン病か脳卒中を患ったように、顔がゆがんでいた。「マスクはいずれも、左右対称の完璧な顔の美しさを表してはいない。でも、そこにも独自の価値があり、力が埋もれている」
いよいよ、ツアーの終わりがきた。アルザスのボアインは、みんなと別れづらそうだった。とくに、ヌーディストグループのメンバーには、賛辞を惜しまなかった。
数分後、参加者はエッフェル塔を望むテラスに集められた。ボアインは、日だまりで体を温め直した。ルフトもこの日のイベントに満足そうで、すでに他のいくつかの美術館とこうしたツアーの開催を協議していることを明かしてくれた。
私自身も、今度は服を着て鑑賞したいと思うようになっていた。気おくれすることのない状態で見れば、どう違ってくるのだろうかと思ったからだ。
案内していてとても楽しかったとブフローコラーボームもうなずいた。ただ、美術館として、次の全裸鑑賞会の日付を決めるには至っていないと話す。
展示のすべてを楽しく感じたわけではないと、ボアインはテラスで正直に語ってくれた。それでも、全裸で鑑賞するという体験が面白かったとツアーを振り返った。
「そして、今、こうして裸で太陽を浴びながらエッフェル塔を見ている。生きているって、本当に素晴らしい」(抄訳)
(Thomas Rogers)©2018 The New York Times
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