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BTS所属「HYBE」も参戦 K-POP大手レーベルめぐる買収合戦、海外ビジネス拡大狙う

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
米ホワイトハウスの定例会見に参加したBTSのメンバー。現在は活動休止中=ワシントン、ランハム裕子撮影、2022年5月31日

ソウルのナイトクラブで、ハリム・チェがK-POPの最新のヒット曲をかけると歓声が上がった。しかし、集まったパーティー好きの客たちには2NE1(トゥエニィワン)やワンダーガールズなど10年ほど前の曲のほうが特別に響くようだった。

「昔の曲は、音楽を純粋に楽しむことができた時代に私たちを連れ戻してくれる。背後にいる企業のことを気にする必要がなかった時代だ」と26歳のDJ、チェは言う。

この数カ月、大っぴらに繰り広げられてきた大手のK-POP企業が絡むすさまじい会社間抗争は、熱狂的なファンや一般のリスナー、アーティスト、業界関係者らを夢中にしてきた。

中心は、少女時代など多くのアーティストが所属するK-POP界の雄、SMエンタテインメントである。その経営権を握ろうと、二つの企業が争ったのだ。1社はBTSが輩出した「HYBE(ハイブ)」、もう1社が韓国テクノロジー大手の「kakao(カカオ)」だった。

両社とも、SMエンタテインメントの買収を海外ビジネス拡大の好機ととらえていた。

韓国内で長年にわたり成長を続けてきたK-POPだが、その将来は今や国外にかかっているのだ。K-POPのファンは世界中いたる所にいるとはいえ、K-POPの最大級レーベル各社の売り上げは依然として世界の音楽市場のわずかな部分を占めているにすぎない。

K-POPの魅力を世界に広める取り組みは、一部の韓国人ファンを熱狂させてきたが、一方には疎外感を抱くファンもいて、「K-POPはまだ本国のファンを必要としているのか」といった厄介な疑問を投げかけている。

ソウルに住む36歳のK-POPファン、キム・ユンホは、「業界は欧米をターゲットにし、韓国のファンを置き去りにしているようだ」と言っている。

K-POPの最近の大ヒット曲は、その多くが米国の聴衆向けにつくられている。BTSのメンバー、ジミンのシングル「Like Crazy」は4月初旬、米ビルボードの人気チャート「ホット100」でトップになったが、韓国では下位にランクされた。

ハイブは声明で、同社の野望は常に世界を視野に入れており、「文化、宗教、性別、地理に関係なく、世界中のファンにコンテンツを提供するために引き続き全力を尽くす」としている。SMエンタテインメントも、世界中のファンに「細かく目を配っている」と述べた。

業界激動の兆候が見えたのは2月だった。SMエンタテインメントが、創業者でK-POPのゴッドファーザーとされるプロデューサーのイ・スマンを、金銭上の不正疑惑で追放したことだった。70歳のイ・スマンは不正行為を否定し、持ち株の一部をハイブに売却したことで、ハイブがSMエンタテインメントの筆頭株主になった。

「K-POPの30年間には大小さまざまな経営抗争があった」と韓国芸術総合学校の教授イ・ドンユンは言い、「でも、これほど大きな抗争はなかった」と指摘する。

BTSが活動休止を発表してから数カ月後、ハイブは所属アーティストの拡大を図る好機と考え、日本や東南アジアに多くのファンを持つSMエンタテインメントの株の追加取得に動いた。ところが、SMエンタテインメントはハイブの提案を敵対的とみなし、代わりにカカオに取引を提案した。カカオのメッセージングアプリと決済アプリは韓国の重要なインフラになっているが、海外ではほとんど成功していない。

FILE — An event held by Kakao Entertainment, one of the giants in the K-pop industry, to promote a televised singing competition in Seoul, on Dec. 27, 2022. A bidding war for a K-pop label — a deal with global ramifications for the genre — has left listeners in its home market questioning their relevance. (Jun Michael Park/The New York Times)
K-POP業界の巨大企業の一つ「Kakao Entertainment(カカオエンターテインメント)」が2022年12月27日に開催した宣伝イベントの様子。K-POPレーベルの買収合戦の妥当性に、韓国のリスナーたちは疑問をなげかけている=Jun Michael Park/©The New York Times

イ・ドンユンによると、(SMエンタテインメントの経営権獲得の)取引はカカオがK-POPビジネスで足場を築くのに役立ち、海外ビジネス拡大のチャンスにもなる。カカオは、韓国文化ブームの波に乗ってウェブ漫画やゲーム、音楽で国際ビジネスを築き上げようとしているのだ。

カカオはサウジアラビアとシンガポールの政府系ファンドから10億ドル近くを調達したばかりだったので、9億6200万ドルを投入してSMエンタテインメントの株式の35%を買い付けることを提案した。

ハイブはSMエンタテインメントを「非論理的な行動」と非難し、カカオとの合併を阻止するため裁判所に差し止めを求めた。一方、SMエンタテインメントは従業員の給料を15%引き上げてカカオとの合併を支持させ、反対者は追いだした。

結局、(抗争は)カカオの資金力が勝利を決めた。カカオは3月下旬、SMエンタテインメント株の40%を取得したと発表した。その株価は、買収合戦の間に2倍になっていた。カカオは声明で、アーティストに関する決定は今後もSMエンタテインメントが行うと述べている。

ファンにしてみれば、今回の駆け引きは利益を追求する企業の商売気がアーティストやサポーターの利益に勝っており、韓国でのレコード販売やコンサートよりもグローバルな利益が優先されることを示すものだった。

「今回の抗争で、K-POPを気持ちよく聴けない状況が生まれた」とDJのチェは言っている。「彼らにとってアーティストは、あたかもチェスの駒であるかのようだ」

SMエンタテインメント所属グループの長年のファンだというイ・サンミ(36)は、(カカオが経営の主導権を握ったことで)お気に入りのグループの「自由度が狭まる」のではないか心配していると話した。YouTubeのファンチャンネルを運営する17歳の高校生クォン・イェヨンは、アルバムのジャケットやアーティストのファッション、コンサートの雰囲気、グッズのデザインがどう変わるのか、様子をみていると言っている。また、歌詞がすべて英語のK-POPの曲が増えるのではないかと懸念するファンもいる。

K-POPが数十億ドル規模の巨大な文化産業に成長する以前は、レーベルはプロデューサー個人の資金で立ち上げられていた。元フォークシンガーのイ・スマンは、1990年代に約3万8千ドル相当の資金を投入してSMエンタテインメントを創業した。YGやJYPなど他の業界大手も、創業は同様につつましいものだった。

その後の数十年間、各社は投資家を呼び込み、株式を一般に売却した。最終的にはカカオと、もう一つの韓国の大手ハイテク企業「Naver(ネイバー)」も、海外の顧客を獲得するために、音楽や動画のベンチャー企業を支援し始めた。

K-POPレーベルの中で、ハイブは海外で最も成功している一つだ。2021年には、ジャスティン・ビーバーやアリアナ・グランデのマネジメントをするイサカ・ホールディングスを約10億ドルで買収した。2023年2月には、米アトランタのラップレーベル「Quality Control Music(クオリティー・コントロール・ミュージック)」も買い取った。こうした取引で、ハイブは売り上げを2倍以上に伸ばした。その売り上げの4分の3は、今や韓国国外からだ。

業界追跡サイト「K-POPレーダー」によると、K-POPのリスナー全体の約90%は韓国国外に住んでいる。また、業界が海外のファンを増やそうと躍起になる中、ファンの一部はK-POPをこれほどまでの成功に導いた要素はもはや重視されなくなっていると言っている。

ソウルの学生キム・スヨン(19)は「楽しいはずの趣味が、むしろ不安の種になっている」と言い、「変化がストレスになっているのだ」と話した。(抄訳)

(John Yoon)©2023 The New York Times

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