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疲労回復、血流改善…マッサージの「定番」効能はほとんど根拠なし?最大の効果はこれ

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
マッサージを受ける男性の写真
マッサージを受けると気持ちが良くなり、リラックスできるのは間違いない。でも、それは筋肉痛にも本当に効いているのか?=Nicholas Sansone/©The New York Times

マッサージは、キュウリ水(訳注=利尿作用やデトックス効果があるとされ、米国では定番の美容ドリンク)を出す高級スパだけのものではない。アマチュアかプロかを問わず、多くのアスリートにとってマッサージはトレーニング・プログラムの延長線上にある。

長距離走のレースではよくマッサージスポットが設けられるし、多くの高級ジムでは運動をした後のもみほぐしが行われる。また、スポーツのほとんどのトップチームはマッサージセラピストをスタッフとして抱える。複数の市場調査会社によると、Theragan(セラガン)、Ekrin(エクリン)、Mebak(メバック)など数十社に代表される電動マッサージ機器の市場規模は5億ドル以上と推定されている。しかし、ほとんどの運動愛好家にとっては説明不要だろう。

「アスリートたちに話を聞くと、マッサージはお気に入りの回復法の一つになっている」とショナ・ハルソンは言う。オーストラリアン・カトリック大学の教授(運動科学)だ。「その理由は、誰もがわかっている。気持ちがいいんだ。アスリートたちがマッサージの効果を実感しているのは明らかだ」

マッサージが一時的に気持ち良くしてくれるのは間違いないし、多くの人はマッサージやフォームローリング(訳注=筒状のローラー器具に体の一部を乗せ、体重をかけて前後左右にうごかしたりすること)が筋肉をほぐし、柔軟性を高めることに気づいている。筆者自身もアスリートとして、競技会やハードなトレーニングの後にマッサージを受けると、ほとんどいつも気分が良くなることがわかっている。

だが、科学ジャーナリストでもある筆者は、マッサージが実際に自分の体にどのような作用をしているのか、長い間疑問に思っていた。そこで、私はマッサージについての既存の研究を詳しく調べ、この分野の研究者たちに話を聞いてみた。その回答は、以下で紹介していく。

マッサージが体におよぼす効果

マッサージの効能に関する最も一般的な説明のひとつは、血流を改善し、乳酸を排出することで回復を助けるというものだ。乳酸はかつて、激しい運動後の筋肉痛の原因とされてきた化学物質である。

ところが、もっともらしく聞こえる話だが、ハルソンによると、それを裏付ける証拠は「まったくない」というのだ。そもそも、乳酸が筋肉痛の原因ではないことはずいぶん前の研究で立証されており、体は乳酸を自然に排出するから、それを早める必要はないのだという。

さらに、定期的に運動をしている人はそもそも総じて血流が良い。彼女が言うには、四肢から血液を押し出す手技は、主に血行障害がある人に向いている。

内科医で、米カリフォルニア大学デービス校の身体医学リハビリテーション学科の元教授マーティン・D・ホフマンによると、老廃物が細胞膜を越えて移動するのは物理的な圧迫によるのではなく、化学的な作用によるものだと証明されていてもなお、マッサージが筋肉から老廃物を取り除くのに役立つという考えは根強く残っている。

現実には、マッサージの生理学的効能とされるもののほとんどは、確固たる証拠に裏付けられているわけではない。パフォーマンスと肉体の回復についてのマッサージの効能に関する2020年のメタ分析(訳注=複数の独立した研究結果を統計学的に統合し、まとめて解析する方法)は、計1012人を対象とした主に小規模な研究29件を精査した。その結果、マッサージには疲労回復やパフォーマンス向上で目に見える改善はなく、筋肉痛や柔軟性にはわずかな効果しかないことがわかった。

「マッサージに効果があるという証拠はあまり見つからなかった」とティモシー・チコは言っている。今回の研究論文の上席筆者で、英シェフィールド大学の循環器系医学教授だ。

しかし、マッサージには測定が難しい効能もある。マッサージを受けた後の筋肉は、触ってみると感触が大きく異なるとハルソンは指摘し、筋肉のハリが緩む可能性があると言っている。

マッサージの心理的効果

専門家は、マッサージの最大の効能は心理的なものだろうと言う。

ホフマンと仲間の研究者らは、米シエラネバダ山脈(訳注=カリフォルニア州東部を縦断する山脈)で開催された100マイル(約160キロ)のトレイルレース「2015年ウェスタンステイツ・エンデュランスラン」(西部州耐久走)を完走したばかりのランナー72人を対象に無作為比較試験をして、熟練セラピストによる伝統的なマッサージと、足腰の筋肉を圧迫してもみほぐす空気圧式着圧ブーツによるマッサージの効果を検証した。その結果、どちらのマッサージも筋肉痛や疲労をすぐに和らげはするものの、その効果は一時的であることが判明した。

同様に、2020年のあるスポーツマッサージの研究では、マッサージによる生理学的な効果は見つからなかった。

いくつかの小規模な研究によると、少なくともマッサージガン(訳注=小銃のような形状の小型マッサージ器)に関しては何らかの神経学的な作用があるのかもしれない。皮膚に振動を与えると、場合によっては痛みが軽減することがわかっている。これが実際どのように作用によるものかはまだ解明されていないが、ある小規模な研究によると、痛みと触覚の信号を受ける脳の二つの領域間の相互作用がその説明になるかもしれない。

専門家によれば、マッサージの最大の効能の一つは、ストレスや緊張を和らげることだろう。多くの研究の焦点にはなってきたわけではないが、マッサージには明らかにリラックス効果があり、疲労や体の回復を妨げる心身のストレスを解消するのに役立つ。ハルソンは、そう指摘している。

「アスリートにとって、マッサージというのは、ひと仕事を終えて肩の荷を下ろす時間にあたる」と彼女は言っている。

結論

「マッサージは魔法ではない」とティム・ロバーツは語る。マッサージガンや着圧ブーツを製造するTherabody(セラボディー)社の科学・技術革新担当副社長だ。「マッサージガンは回復を促進するための秘密の方法ではない」と続けた。むしろ、マッサージガンや着圧ブーツは、体と協働して、すでに作用している回復機能を強化するものだと彼は言うのだ。

彼の指摘は、筆者の心に響いた。私は運動後の回復に関する書物を調べている時、回復法を何十通りも試してみたが、そのほとんどは単にリラックスしたり、体が自然治癒している間に自分で何かしたような気分になれたりするだけだった。しかし、だからといって、それらに価値がないわけではない。

マッサージの身体的な効能はきわめて不確かなものだとわかってはいても、マッサージは私にとって今でもお気に入りの回復法だ。毒素を排出すると思うからではなく、本当に気持ちが良く、リラックスできる。

ハルソンは、多くのアスリートがマッサージに価値を見いだすのはそのためだろうと言っている。回復に関しては、気分が良くなること自体が成果なのだ。(抄訳、敬称略)

(Christie Aschwanden)©2025 The New York Times

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