核施設跡地で建設が進む巨大な太陽光発電所 米国の砂漠地帯、汚染リスク指摘する声も
米大統領トランプは、2期目が始まって数週間のうちに、石油やガスの生産を推進し、再生可能エネルギーへの移行を止めるいくつかの大統領令に署名した。
しかし、米北西部のワシントン州では、国内最大となる予定の太陽光発電所の建設が始まったばかりだ。政府主導の事業として進められ、放射能や化学物質に汚染された廃棄物を除去する作業が数十年にわたって断続的に繰り返され、ようやく少しずつ前進するようになってきた。
その現場は、広大な砂漠地帯の中にある旧ハンフォード核施設内にある。1943年の開設から1989年に閉鎖されるまで、米国の核兵器関連の施設として極めて重要な役割を果たしていた。そこに2024年、開発業者として「ヘカテエナジー(以下ヘカテ)」(訳注=本社シカゴ)が進出し、敷地のかなりの部分を太陽光発電所にする事業を始めることになった。スペインの石油とガスの複合企業「レプソル」が、資本の40%を所有している企業だ。
ヘカテは、政府が再開発するのに問題はないとお墨付きを与えた1万300エーカー(約4170ヘクタール)の土地を利用できる。すでに、このうち8千エーカーについての土地の評価作業を始めた。ニューヨークにあるセントラルパークの10倍近くもの広さ(訳注=東京ドーム約700個分)であり、345万枚の太陽光発電パネルを設置する広さがある(旧ハンフォード核施設全体の敷地は40万エーカーほどにもなる)。
すべて計画通りに進めば、この事業は2030年に完成する。米国政府が原子力の研究、兵器製造、廃棄物の貯蔵に使われた施設を除染し再生した例としては、ずば抜けた規模となる。最大で2千メガワットの電力をつくり出す予定だ。これは、同じ州内にあるシアトル、カリフォルニア州サンフランシスコ、コロラド州デンバーの3都市の家庭用電力をすべてまかなえる量に匹敵する。さらに2千メガワットの電力を大規模蓄電施設に蓄える予定で、総工費は40億ドル(約6千億円)に達する。
ここに設置される太陽光発電パネルと蓄電施設が供給できる電力は、通常の原子力発電所の2倍にもなる。現状で米国最大の太陽光発電施設はネバダ州にあるコッパーマウンテン太陽光発電所だが、その最大出力は802メガワットにすぎない。
ただし、この計画には大きな未知数がつきまとう。バイデン前政権が推進したクリーンな発電を、トランプ政権が破棄してしまうかどうかだ。
「米国にとって真に有益なことにこの土地を再利用できるという利点を、現政権が理解することを望む」と前政権のエネルギー長官だったジェニファー・グランホルムは語る。
「この施設は国の安全保障のために開発された」とグランホルムは取材に答えた。そして、「それをただ休眠させるような事態にでもなれば、必然的に国家とエネルギーの安全保障を損なうことになる」と続けた。
クリントン政権(訳注=1993~2001年)でエネルギー効率・再生エネルギー担当次官補を務めたダン・ライヒャーも、この事業を擁護する。エネルギー省とヘカテの合意は、「税金を発電施設の建設につぎ込む代わりに、民間の開発業者を選定し、施設の除染を実質的に進めて、今は成果を上げつつある」と強調する。
環境への負荷が少ないクリーンエネルギー事業は、現政権の政策と衝突する恐れがある。その一方で、現政権がヘカテの太陽光発電の推進を許すかもしれないとする根拠もある。土地の賃貸収入が政府に入るからだ。その市場価格がいくらなのか、ヘカテもエネルギー省も言及を拒んだ。しかし、この地域で太陽光発電にかかわっている民間業者は、土地の使用権の代価として一般的には1エーカーあたり年間300ドルが支払われているという。
エネルギー省の2人の当局者(いずれも報復人事の対象になるのを恐れて匿名を条件に取材に応じた)によると、この太陽光発電プロジェクトにはまだ政府機関の再編・合理化を進める政権幹部や大統領の触手は伸びていない。しかし、プロジェクトの先行きは不透明だ。いずれにせよ、石油・ガス採掘会社の経営者からエネルギー長官になったクリス・ライトは2025年2月末の時点で、この事業の再検討には着手していない、と当局者の一人は明かした。
政治の風向きが変わったにもかかわらず、ヘカテは方針を変えずに事業を進めている、と同社開発事業担当アレックス・ピューはいう。「政策の方向性に関係なく、プロジェクトの基盤はしっかりしている。この地域にはこの事業が必要だ。電力の需要は極めて高い」と自信を見せる。
米太平洋岸の北西部では人工知能(AI)を動かすためのデータセンターが増えており、それが電力需要を押し上げている。このため、旧ハンフォード核施設に最も近いケニウィックとパスコ、リッチランド各市の企業と、雇用創出を推進する団体が「Tri-City Development Council(3市開発協議会、TRIDEC)」を立ち上げ、国有地であるハンフォードの敷地を、再生エネルギーをはじめとする環境にやさしい産業に活用するよう働きかけてきた。
ハンフォードでの太陽光発電の建設予定地として、ヘカテは数年前から高圧送電線に沿った広大な空き地に狙いを定めていた、とピューは語る。エネルギー省が跡地の利用案を募るかなり前のことで、「潜在的な可能性は明白だった」といい添えた。
「この地域にとって、これは大きなプラス要因になる」とピューは続けた。「将来の投資家は注目してほしい。ここには土地があり、水があり、開発には税制優遇措置もある。しかも、2020年代の終わりまでに2千メガワットもの電力網に接続できる見通しもある。開発業者が望むものが、すべてそろっている」
しかし、そこにはもう一つの側面がある。汚染リスクだ。ヘカテが太陽光発電パネルの設置を計画している場所は、2001年に廃炉となった出力400メガワットの実験用原子炉施設に隣接しており、地下水と土壌を除染した地域の近くにある。さらに、世界初の本格的な原子炉「原子炉B」の20マイル(約36キロ)南にあたる。長崎に落とされた原爆のプルトニウムを生産した施設だ。
ヘカテは全米12州で太陽光発電所を開発・運用しているが、ハンフォードでの作業はとくに慎重に進めている。「まだだれにも知られていない、汚染された土壌や水が出てくる潜在的なリスクがある」とピューも首を振らざるをえない。
ハンフォードでは、第2次世界大戦から冷戦期にかけて、米国の原爆に使われたプルトニウムの3分の2がつくられた。ここの施設が廃止されたときには、5400万ガロン(20万キロリットル超)もの高濃度放射能汚泥が沸騰した液体で満たされた地下タンクに残された。
加えて、放射能に汚染された研究・製造用の建物や、6マイル(約9.6キロ)離れたコロンビア川(訳注=カナダのロッキー山脈から南に流れ、ワシントン州を通ってオレゴン州で太平洋に注ぐ大河)に向かって有害な廃棄物を流出させる広大な汚染地があった。
エネルギー省は、1990年に古い研究室や製造施設を解体し、放射性危険物を取り除く作業に乗り出した。しかし、非常に有毒性の高い汚染水を処理する技術の開発は、やっかいな問題だった。しかも、2013年と2019年には連邦予算が削減されたため、作業は難航した。たとえば、放射性汚泥のリスクを減らすために計画した総面積13万7千平方フィート(約1万2700平方メートル)の5階建て化学処理施設も、40億ドルを投じたところで設計ミスが発覚し、工事は2012年に止まってしまった。
政府はかつて、残った放射性廃棄物を地下タンクに入れたまま恒久的に埋めることも検討した。2017年以降だけでも200億ドルをハンフォードの除染に費やし、作業は今世紀終盤まで続くとみられる。
当初、ヘカテの事業規模に地元の経済界は懸念を抱いていた。しかし、TRIDEC(こちらもハンフォードの国有地1641エーカーを借り受けている)は、最終的に納得した。電力を必要とする大規模事業を誘致するのに、ヘカテの電力が役立つからだ。その一例が、最近参入してきた「アトラス・アグロ」(訳注=スイスを拠点とする、環境にやさしい肥料製造企業)になる。10億ドルをかけ、温室効果ガスの排出量が少なく、水質汚染のリスクを減らす農業用肥料の製造工場を建設する予定だ。
「この地域一帯を太陽光発電で埋め尽くすだけなら、私たちがヘカテの計画を支持することはなかっただろう」とショーン・Ⅴ・オブライエンはいう。TRIDECの一部門である「Energy Foward Alliance(エネルギー推進同盟)」の責任者だ。
「太陽光発電そのものが最良の経済発展であり、雇用創出になるとも考えていない。ここでは、多様な組み合わせが重要なんだ」(抄訳、敬称略)
(Keith Schneider)©2025 The New York Times
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