広い草原に夏雲が映える。6月下旬、レンタカーを走らせ、米南東部のサウスカロライナ州にある核施設「サバンナリバーサイト」(SRS)を訪ねた。ゴルフのマスターズで有名なオーガスタ近くに位置し、時折気持ちの良い風が吹き抜ける。
だが、そんな牧歌的な風景は、近くに行くと一変した。周囲を高い柵が囲み、武装した迷彩服の職員がにらみをきかせている。
米政府は5月、核兵器の心臓部である「プルトニウムピット」をSRSで作る計画を発表した。トランプ政権が昨年まとめた「核戦略見直し」(NPR)を受け、老朽化した核兵器の更新が必要になったとしている。年間80個のプルトニウムピットが必要となり、そのうち50個をSRSで、残り30個を米南部ニューメキシコ州のロスアラモス国立研究所で製造するという。
米国家核安全保障局(NNSA)によると、米国は旧ソ連との冷戦のさなかには、毎年約1千個のプルトニウムピットをコロラド州の工場で作っていたが、核軍縮の流れを受けて1992年に閉鎖。現在、米国内にはプルトニウムピットの製造工場はない。
実は施設内では、もともと余剰プルトニウムを平和利用するため、07年から、ウランと混ぜたMOX燃料を作る工場を建設していた。だが、巨額の予算がかかる上、完成も30年以上遅れる見通しになっため、オバマ政権が計画を凍結。トランプ政権は中止を決め、核兵器を作る方針に転換した。
核物質は、そのまま置いておけば盗まれてテロなどに使われる恐れがあるため、厳しい管理が求められるやっかいな代物だ。結局は、核兵器にしてしまうのが、管理する上では「安全」ということなのだろうか。
ただ、地元住民の意見は真っ二つに割れている。SRSの活動を支援する地元団体「原子力技術啓発のための市民」のジム・マーラ事務局長(55)は「SRSでは毎日1万3千人が働き、地元への経済効果は計り知れない。プルトニウムピット工場の計画は、米国の防衛政策においても、地元の経済効果においてもとても重要だ」と話す。別の推進団体によると、SRSの給与は地元の平均より2.3倍ほど高い。2016の地元への経済効果は24億ドル(約2600億円)に上ると試算されている。
一方、地元に暮らすローラ・デクスター・ランス(61)は「冷戦中にプルトニウムピットが作られたロスアラモスなどでは、大規模な環境汚染があった。ここでも同じように核汚染を引き超す事故が起きる恐れがある」と反対する。5年前に亡くなった父は元SRS職員で、核攻撃の標的になることを恐れていたという。
地元のNGO「サバンナリバーサイトウォッチ」のトム・クレメンツも「政府は安全保障のためというが、これ以上の核兵器は必要ない。地元の政財界の意向を受けて、巨額の無駄な予算をつぎ込もうとしている」と批判する。
核兵器工場の計画が進んでも、すべてのプルトニウムが兵器に使えるわけではなく、余剰プルトニウムを化学処理し、処分する研究も並行して進められている。また別の物質と混ぜて核兵器用に使えなくする「ダウンブレンディング」という手法で処理し、ニューメキシコ州の施設で地中処分することも検討されている。
ある米エネルギー省職員は「トランプ政権も、テロリストの手に核物質を渡らせないため、できるだけ高濃縮ウランやプルトニウムを少なくしていく方向に変わりはない。日本も余剰プルトニウムを処理する選択肢の一つとして、ダウンブレンディングを検討するなら、米国は歓迎する」と語る。