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「違反以上離脱未満」で核合意の「精神」を守ったイラン

国際ニュースの補助線
イランのロウハニ大統領=ロイター

2018年にトランプ政権がイラン核合意からの離脱を宣言した58日からきっかり一年後にテレビ演説を行ったイランのロウハニ大統領は、イランへの圧力を強めるアメリカに対する対抗措置を発表した。ロウハニ大統領は核合意から離脱はしないが、核合意を遵守するわけでもないという極めてわかりにくい演説を行い、早速世界各国のメディアがその内容を理解しようと解説しているが、なかなか的を射た説明は難しく、いずれも帯に短し襷に長しといったところ。本稿もそうなる恐れはあるが、できるだけすっきりとわかる補助線を引いてみたいと思う。

最大限の圧力をかけるアメリカ

トランプ大統領は、2016年大統領選のキャンペーンの最中からオバマ大統領が結んだイラン核合意を敵視し、その破棄を主張してきた。大統領に就任した2017年から一年近くは、当時のティラーソン国務長官やマクマスター大統領補佐官などの「大人たち(Grown-ups)」によってイラン核合意からの離脱を思いとどまっていたトランプ大統領だが、イランの現体制を敵視するポンペオとボルトンがそれぞれ国務長官と安保担当補佐官に就任することで、トランプ大統領を止めるどころか、イランに最大限の圧力をかけることを煽るような状況となった。それが2018年5月のイラン核合意からの離脱を実現させた。

核合意の離脱はイランに対する制裁の再開を意味し、核合意前の制裁よりも厳しい制裁を科すこととなった。核合意前の制裁はいくつか制裁適用除外の措置が含まれていたが、2018年5月の段階ではそうした措置はとられず、イランに最大限の圧力をかけることを意図していた。しかし、2018年の中間選挙が近づいてくると、イランに対する制裁、特に原油禁輸が国際市場の需給バランスを崩して原油価格の値上がりを招き、それがガソリン価格の上昇につながることで自動車社会のアメリカにおいて家計に響く結果となった。そのため、選挙での勝利を重視するトランプ大統領は日本を含む8ヶ国(日中韓印、イタリア、ギリシャ、トルコ、台湾)に制裁の適用除外を与え、国際市場を落ち着かせ、原油価格を安定させた(結果として中間選挙では下院を失い、多くの知事選でもトランプ支持派が破れたが、ガソリン価格が高ければもっと悪い結果担った可能性はある)。

この制裁の適用除外は中間選挙の直前の2018年11月から開始したが、180日の期限で設定されていたため、その期限が2019年5月2日に来ることになっていた。そこでトランプ政権は日本を含む多くの国が求める適用除外を継続するか、適用除外を停止しイランに更なる圧力をかけるか、という選択をする必要に迫られた。結果として、トランプ大統領は原油市場への影響などを重視するムニューシン財務長官(米国制裁の中核である金融制裁の担当者)などの意見を退け、ボルトン補佐官、グリーンブラット中東担当特別代表などの強硬意見を取り入れ、適用除外を停止した。それだけでなく、イランのイスラム革命防衛隊(IRGC)をテロ組織に指定し、IRGCと取引したいかなる企業にも制裁を科すとともに、議会の承認なしにIRGCに対して武力行使をする権限を得た。さらに、イランが米軍に対して攻撃を準備しているという「具体的で確実な」情報があるとして、それに対抗するために空母アブラハム・リンカーンをペルシャ湾に派遣し、B-52戦略爆撃機も中東地域に増派するという措置をとった(もっともこの情報はイスラエルからもたらされたものであり、かなり誇張した情報である可能性が高い)。

堪え忍んできたイラン

こうした圧力の高まりに対して、イランはずっと堪え忍んできた。2018年5月の米国による単独制裁が再開したことで、イランの外貨収入の大半を占める原油の輸出ができなくなり、適用除外によって一息つくことはできたが、それが停止されたことでさらに厳しい状況に追い込まれてきた。アメリカの単独制裁は二次制裁(secondary sanctions)と呼ばれるもので、米国企業だけでなく、非米国企業であってもイランと取引した場合は米国の制裁の対象となり、米国内での経済活動から排除されることになる。つまり、世界中の企業は、イランと取引をするか、アメリカ市場から閉め出されるかという選択を迫られることになる。そして多くの場合、アメリカ市場の方が大きく、その市場を失うリスクを冒してでもイランと取引するという選択を避ける。それはアメリカと貿易戦争を繰り広げている中国企業であっても同様である。

そんな中で、イランはなんとかしてアメリカの制裁をかいくぐり、原油を輸出し、外貨を獲得して必要な物資を輸入する方法を模索してきた。その一つとして欧州各国が設置したINSTEXと呼ばれる組織がある。これは、欧州がイランに向けて輸出した医薬品や食料の代金をプールしておき、その金額に見合った物資をイランから輸入するというものである。イランはこのINSTEXを原油取引のツールとしたいと期待しているのだが、欧州の石油企業はもしイランと原油の取引をすればアメリカ市場から閉め出される恐れがあり、どの企業も積極的にイランからの原油を輸入しようとはしない。

最悪のシナリオ

こうした状況に加え、原油禁輸の適用除外が終了し、さらにアメリカが空母や戦略爆撃機を派遣する中、イランはついに打つ手がなくなり、追い込まれた状態になってきた。とりわけ、イラン核合意を経済発展のための必要悪として渋々受け入れ、アメリカと交渉することすら認めたくない保守強硬派からすれば、現在のイランの経済的苦境の原因はロウハニ政権の失態であり、信じてはいけない「大悪魔」であるアメリカを信用して交渉し、合意を結んだことにあると見ている。そのため、一部の保守強硬派は核合意からの離脱やアメリカとの対決も辞さないと主張し、ロウハニ大統領に圧力をかけている。しかし、イランが核合意から離脱したとすれば、その先に待っているのは最悪のシナリオである。

イランにとって最悪のシナリオとは、核合意から離脱し、核開発を再開することで、アメリカがイランの核開発を止めることを口実に戦争を仕掛け、圧倒的な武力でイランを攻撃し、現体制が崩壊するまで戦争を続けることである。しかも核開発を再開することは、これまでイランを支持し、核合意の維持に尽力してきた欧州各国からも敵視されることを意味し、アメリカが直接当事者となって戦争を仕掛ける以上、シリアやベネズエラのケースとは異なるため、ロシアや中国もアメリカと直接武力衝突する可能性のあるイランに軍事支援することは考えにくい。実際、中国はアメリカがイラン制裁を強化しても、口先ではアメリカを批判するが、実際はアメリカの制裁を恐れてイランとの取引を止めている。米中貿易戦争で手一杯の状況に、さらにイランを支援してアメリカとの摩擦を高めるつもりは中国にはない。

つまり、イランが核合意から離脱することは、アメリカの武力行使を招くだけでなく、イランの国際的孤立をも導き出してしまうため、最悪の結果をもたらすことは明らかである。ゆえにアメリカがいかに圧力をかけてきても核合意から離脱するという選択はしないのである。

違反以上離脱未満

アメリカから圧力を受け、国内から保守強硬派の圧力を受けるロウハニ大統領だが、かといって核合意から離脱して核開発に邁進することもできない。そんな中で選んだのが、今回の核合意の「違反以上」でありながら、「離脱未満」という選択である。ロウハニ大統領の演説はやや複雑な構造になっているので少し解説しておこう。

まず、ロウハニ大統領はイラン核合意で認められた低濃縮ウランと重水の備蓄の上限を超えると宣言している。これまでは生産された低濃縮ウランや重水は国外に移転することで上限を守っていたが、その移転を止めることで国内に蓄積することを宣言した。

つまり、これは「イラン核合意を守らない」というメッセージである。しかも、この低濃縮ウランと重水の備蓄は60日間停止するとしているこの60日の間に欧州はイランから原油を輸入できるよう、INSTEXを改革するなり、別の組織を作るなりして対応せよ、というメッセージを発している。

しかし、既に述べたように、欧州各国がどんなに努力をしても、アメリカの二次制裁がかかっている限り、イランの原油を輸入してアメリカ市場から閉め出されるリスクを背負う企業は現れないだろう。イランは欧州各国政府が国営企業を使うとか、国家補償をつけることで問題を解決することはできると考えているようだが、財政政策に制約がある欧州各国政府がイランのためにそこまでのコストを背負う覚悟があるとは思えず、また国営企業であったとしても、アメリカ市場を失うことは企業経営上、かなり難しい選択になる。

ロウハニ大統領は、60日の間に何も状況が変わらなければ、イランは核開発を再開すると宣言している。しかし、その核開発の再開とは、イラン核合意でウラン濃縮の上限と定められている3.67%を超える、低濃縮ウランの備蓄の上限である300kgから増やす(核合意前は10,000kgあった)、重水の備蓄の上限である130トンから増やす、核合意で小型のものに作り替えることが決まっていたアラク重水炉の「近代化」を進める、という四点であるとしている。これは、核開発の活動としては極めて抑制的といえるだろう。

ウラン濃縮は3.67%に定められているが、一般的に原発で使う低濃縮ウランは5%程度、放射線医療で使う低濃縮ウランは20%程度と言われている。ロウハニ大統領はどこまで濃縮の度合いを高めるかは明言していないが、3.67%が5%になったとしても、それだけで核兵器の開発につながるとは言えない。また、低濃縮ウランの備蓄も兵器級の高濃縮ウランを作ることを難しくするために300kgに定められているが、これが500kgや1トンになったとしても、それが即座に核兵器の開発につながるとは言えない。重水は直接核兵器になる物質ではないため、この量が増えることは核兵器の開発を即座に意味しない。アラク重水炉の「近代化」が何を意味するか明言されていないが、核合意以前も完成していなかったアラク重水炉を今から再建設しても、相当な時間がかかることは明らかである。つまり、今回ロウハニ大統領はイラン核合意で定められた「数値」は違反するが、核兵器開発に直結する活動を困難にするという核合意の「精神」は尊重するというメッセージを発している。

言い換えると、ロウハニ大統領は核兵器の開発に直結するような措置、例えば遠心分離機の基数を増やす(現在はウラン濃縮に使えるものは5,060基に限られている)、IAEAの査察団を追放するといったことを選択していない。つまり、核合意に「違反はするが離脱はしない」ということは、遠心分離機の数は核合意のまま、IAEAの査察団による監視も継続されることになる(北朝鮮が核兵器を開発する際、真っ先に行ったのはIAEAの査察団を追放することだった)。そうなると、イランが核兵器を持つのは極めて難しい状態が継続される。これがまさに核合意の「精神」であり、ロウハニ大統領はその「精神」を尊重するというメッセージを発したのである。

今後の展開

今回は抑制的に対応したイランではあるが、アメリカは継続的にイランに圧力をかけ、何かきっかけがあれば偶発的に武力紛争に発展する可能性のある、厳しい状況は変わらない。EUは、イランが設定した60日間の期間に何かアクションをとるつもりはなく、イランが核合意を完全に履行することを求めるとしている。また、ロウハニ大統領の演説の翌日にアメリカはイランの鉄鉱石やアルミに対する制裁を科すことを発表したが、既に金融制裁が効いている中で、この新たな制裁が大きな変化を生むとは考えにくい。

そのため、60日の期間が過ぎればロウハニ大統領の演説で示したように、核合意から逸脱した核開発を進めることになるだろう。トランプ政権はそれを見て「イランは核合意に違反している!」と騒ぎ立てることは間違いないだろうが、しかし、それが武力行使を正当化するほどの活動ではないため、イランに対して好戦的な態度を取るボルトン補佐官やポンペオ国務長官であっても即座に軍事行動を取ることは難しいだろう(とはいえ、強引に軍事行動を始める可能性がないわけではない)。さらにロウハニ大統領はアメリカが核合意に戻るつもりなら交渉に応じるという姿勢も見せているため、逆に交渉に応じようとしないアメリカに対する非難が高まると思われる(とはいえ、トランプ政権がそれを気にするとも思えない)。

その先にどうなるのかを予測することは難しいが、少なくともイランが期待しているのは2020年のアメリカ大統領選挙でトランプ大統領が再選されず、イラン核合意に戻ると宣言している民主党候補の誰かが当選することである。つまり、イランは当面、2020年の大統領選の結果が出るまでは、「違反以上離脱未満」の状態を維持しながら、アメリカ国民の選択に自らの将来を委ねて、核合意の「精神」を尊重しながら、それまで耐え続けることを選んだのである。