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「英国議会内の合意」なき離脱

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離脱協定案の代替案を探る投票を前に、英議会下院で話すメイ首相©UK Parliament/Jessica Taylor=ロイター

3月27日(日本時間28日未明)に行われた、英国庶民院(下院)での「示唆的投票(Indicative vote)」で8つの選択肢が示されながらも、一つとして賛成多数になることなく、さらに混迷を深めるイギリスのEU離脱問題。EUとの合意で3月29日の離脱は延期されたが、英国議会が合意出来なければ4月12日、何らかの合意が出来れば5月22日にはEU加盟国としてのイギリスは存在しなくなる。こういう差し迫った状況にありながらも、英国議会は答えを出すことが出来ず、かといってメイ首相が提示するEUとの離脱合意案に賛成するわけでもなく、いたずらに時間を浪費している。

イギリスのEU離脱問題がどこに向かうのかを予測するのは極めて難しく、占い師に聞いた方が当たる確率が高いようにも思うが、現時点で考えられるシナリオと、そのインパクトについて少し検討してみたい。

メイ首相の離脱案が支持されない理由

議会が「示唆的投票」を行ったのは、メイ首相がEUとの間で結んだ離脱合意案に対して議会は二度にわたって大差で否決したことが背景にある。この合意案は、EU条約第50条に基づく離脱を宣言したイギリスは、本来二年間で離脱の手続きを定めることになっていたが、北アイルランドとアイルランドの国境問題が解決しないため、当面「安全策(back stop)」として北アイルランドはEU共通市場にとどまり、解決を模索するというものである。もし離脱を実施した場合、イギリスがEUの共通市場から離れるため、輸出入の際に関税を徴収したり、検品したりする「国境(CIQと呼ばれる税関、入国管理、検疫施設)」を設ける必要が出てくる。イギリスが完全な島国であれば、そうした「国境」は港や空港に設置するだけで十分だが、イギリスは北アイルランドとアイルランドの間に陸続きの国境があるため、そこには物理的な国境を設けなければならない。

ところが、この物理的な国境を設けることは、イギリスとアイルランドの歴史上、大きな問題を孕む。元々アイルランド島はイギリスの領土であったが、宗教上の問題(アイルランドはカトリック、イギリスは英国教会)からアイルランドが自治を求め、最終的に独立を獲得した。その際、北部のアルスター6州はイギリスへの帰属を求め、北アイルランドとしてイギリスに残ったのである。しかし、北アイルランドに住むカトリックの信者たちはアイルランドとの合併を求め、アイルランド革命軍(IRA)によるテロや「血の日曜日」に代表されるイギリスの暴力的な抑圧など、長い紛争の歴史を経験してきた。

こうした歴史に終止符を打ったのが、1998年の北アイルランド和平協定(ベルファスト合意、Good Friday Agreement)である。IRAの政治組織であるシン・フェイン党やイギリスに忠誠を誓う民主統一党(DUP)など、血塗られた抗争を繰り返した組織が一堂に会し、ブレア政権の時に合意が成立し、北アイルランド自治政府が誕生した。この自治政府はしばしば対立によって機能しないこともあったが、それでもかつてのようなテロや暴力に訴えるような争いは起こらず、北アイルランドは真の和平を手にしたと思われていた。

それを可能にしたのがEUの共通市場である。EUは「国境」における流通の管理や人の移動の管理をしないため(イギリスとアイルランドは共に欧州域内の人の移動の自由を定めたシェンゲン協定には入っていないが、両国間での人の行き来の自由は保障されていた)、北アイルランドの住民も自由にアイルランドへの出入国が可能であり、北アイルランドとアイルランドの経済的社会的統合は進んだ。また政治的にはイギリスに属したままの状態であるため、ユニオニスト(英国に帰属することを求めアイルランドとの統合に反対する人たち)も現状を受け入れてきた。

しかし、イギリスがEUを離脱することになると、これまで自由に行き来できたアイルランドと北アイルランドの間に物理的な国境が生まれることになる。それはアイルランドとの統合を求めるシン・フェイン党などのナショナリストからすれば絶対に認められないものである。そうなると北アイルランドが手にした和平は水の泡と消えていく。逆に北アイルランドとアイルランドの間だけは自由に行き来できるようにし、グレートブリテン島に入る時には「国境」を設けるというメイ首相の合意案はロイヤリストの人たちがそれを絶対に認めず、アイルランドとの間に「国境」を設けることを求めるようになる。つまり、北アイルランドの和平とEU離脱はトレードオフ(どちらかを取ればどちらかを失う)の関係にある。

8つの選択肢

メイ首相の離脱案が支持されない以上、何らかの形で離脱に向けての議会としての決定を行い、EU離脱のあり方を決めなければならない。そこで、議会は議員の提案する別の離脱案の選択肢を受け付け、全部で15の提案がなされた。その中で議長が選んだ8つが3月27日の採決にかけられたのである。

第一の提案は「合意なし」である。いわゆるハードBrexitと呼ばれる、なんの協定もなく離脱し、イギリスはEUとの関係も域外国として最初から作り直すというものである。離脱強硬派の支持を得ていたが、賛成160に対し反対は400と強い反対が示された。

第二の提案は「共通市場2.0」であり、これはスイスやノルウェーなどが入る欧州自由貿易連合(EFTA)や欧州経済領域(EEA、スイスを除くEFTAとEUによる領域)に入った上で、アイルランドとの関税特別協定を結び、両国の間には障害のない状態を作るという案だが、これも賛成188に対し反対は283だった。

第三の提案はEFTA/EEAに入るものの、関税同盟には入らないという「関税同盟なきEFTA/EEA」案である。元々EFTA/EEAは関税同盟ではないため、改めて「関税同盟なき」と言う必要は無いのだが、第二案と区別するためにこう呼ばれる。これも65対377で否決された。

第四の提案は保守党の親EU派であり残留派の筆頭だったケネス・クラークが提案した「関税同盟」案である。これは文字通りEUからは離脱するが、関税同盟は維持することで域内での自由貿易は可能となる。これは賛成が264で反対が272とわずか8票差で否決された。

第五の提案は労働党が提出したもので「労働党プラン」と呼ばれる。この案は関税同盟を継続しながらもイギリスは将来の貿易協定を自由に決めることが出来る、共通市場との協調、EUの政策実施機関への参加と補助金の受給を可能にする、司法警察協力も可能にする協定を結ぶといったものである。やや都合の良い提案ではあるが、これも賛成237対反対307で否決された。

第六の提案はEU条約第50条に基づく措置の撤回、つまり「残留」である。これまでの二年間を無かったことにし、国民投票の結果も無視することになる提案ではあるが、これも賛成184対反対293で否決された。

第七の提案は正式には「確認のための公衆投票(Confirmatory Public Vote)」と名付けられたが、実質的には二回目の国民投票である。この案は他の7つの提案と異なり、離脱後のEUとの関係を示すのではなく、離脱するかどうかの前に国民投票を行うべきという手続きに関する提案であり、次元が異なる提案であるが、もし二回目の国民投票で「離脱」が選択された場合、どのような離脱方式になるかについては論じていないため、結果的には「残留」の場合は第六提案、「離脱」の場合は第一から第五と第八の選択肢のうちから選ばなければならないという選択肢である。この案は賛成268対反対295という27票差の僅差であった。

最後の提案は「モルトハウスプランB」と呼ばれる、メイ首相の「安全策(back stop)」の変形で、アイルランド問題が解決しない場合、イギリスがEUに残る形ではなく、EUとの特恵的な関係を構築するというものである。これも賛成139に対し反対422で否決された。最も多くの反対票を集めたのはこの案である。

結局解けないアイルランド国境問題

上記の8つの選択肢のうち、第一の「合意なし」と第七の「二回目の国民投票」を除くと、いずれもアイルランドとの国境に物理的な障害を設けないように何らかの形でEUとの自由貿易や関税同盟を維持する仕組みを作ろうとするものである。しかしながら、いずれの選択肢も賛成多数とならず、英国議会は結論を出すことは出来なかった。英国議会は議論を継続し、最後の最後まで討議を続ける構えでいるが、メイ首相も様々な立場に立つ議員も歩み寄る姿勢はほとんど見せておらず、何らかの結論が出そうな雰囲気は存在していない。投票結果を見る限り、EU離脱後に関税同盟を結ぶというのが最も有力な案のようにも見えるが、それでも議員の半数以上は反対しており、特に離脱派が納得するものではないだろう。

結局のところ、アイルランドとの間に「国境」を設けず、グレートブリテン島と北アイルランドとの間にも「国境」を設けないという選択肢は「残留」や「関税同盟」しかないのだが、それは国民投票によって定められた「離脱」とは異なるものとなり、受け入れられないというトレードオフの状況は何も解決しなかった。「示唆的投票」を圧倒的多数で支持した英国議会は「メイ首相の離脱合意案は中途半端だから支持を得られなかった。議会が主導権を握れば問題は解決する」という楽観があったが、問題はメイ首相の離脱合意案でも、メイ首相のリーダーシップの欠如(これはこれで問題ではあるのだが)でも、メイ首相の頑固さでもない。議会が分裂し、アイルランドとの国境問題と離脱問題を両立させる解がなく、議会内で合意が得られないことが問題なのである。

独り相撲を取る英国議会

アイルランドとの国境問題と離脱問題を両立させる解がなく、議会が分裂している以上、議会が何らかの決断を下すことは期待出来ない。29日にメイ首相の離脱案を分割し、とりあえず同意が得られそうなEU離脱にかかる清算金の部分だけでも合意したことにして、EU離脱の日程を4月12日から5月22日まで引き延ばすという試みがなされるが、これとて問題の解決になるわけではなく、問題を先送りにすることにしかならない。実際、メイ首相の離脱案を分割して一部だけ議会の同意を得たとしても、それが効果を生み出すためには欧州議会の承認が必要なのだが、分割した離脱案では欧州議会を通ることは難しいだろう。特にアイルランドとの国境問題が解決しない限り、EUとしてもイギリスの離脱を認めることは出来ない。

英国議会で何らかの形で合意が出来たとしても、それがEUに受け入れられなければ、それまでの努力は水の泡である。言い換えれば、英国議会がいかに理屈をこねようが、正当性を主張しようが、イギリスのEU離脱を最終的に承認するのはEUであり、EUが納得いかない案はほとんど意味が無い。もちろん合意が出来た後、改めてEUと交渉し直すという可能性はあるが、既にEUはイギリスの離脱問題をこれ以上引きずることは望んでおらず、とっとと終わらせたいというインセンティブの方が強い。もしイギリスが合意を得られないまま離脱をしたとしても、EUにとってその衝撃は全くないわけではないが、いつまでもイギリスの離脱問題に付き合うほどの価値があるわけでもない。つまり、英国議会はEUがどのように受け止めるかということを全く気にせず、独りよがりな議論を続け、そこで同意が得られないことで四苦八苦しているが、ブリュッセルから見れば単なる独り相撲を取っているようにしか見えないのである。

イギリスのEU離脱の行方

このような状況を踏まえると、イギリスのEU離脱は次のような順番で考えるべきである。(1)EUが受け入れられる離脱案を用意する、(2)その案に英国議会が同意する、(3)それ以外は(4月12日だろうが5月22日だろうが)合意なき離脱しかない。EUが受け入れられる離脱案はメイ首相がEUと合意した案がもっとも有力であるが、これは英国議会が二度大差で拒否し、おそらく三回目の投票にかけても拒否するだろう。そこにはアイルランドとの国境問題が横たわっているからである。

そう考えると、最終的なイギリスのEU離脱の決着は「合意なき離脱」しかない。英国議会も大差(160-400)で否決し、メイ首相もなんとか回避しようとし、EUも最も望まない解決である「合意なき離脱」しか、今のところ行き着く先がない。合意なき離脱となればイギリス経済は大混乱し、EUの経済も混乱し、世界経済にも少なからぬ衝撃を与えることになるだろう。英国議会がその恐怖を実感し、なんとしてでも「合意なき離脱」を避けるために自らの主張を取り下げ、場合によっては国民投票の結果を裏切ることになったとしても、何らかの離脱案に合意し、EU離脱の衝撃を最小限に食い止めるというコンセンサスを作らなければならない。

しかし、現在の英国議会では、焦りこそすら見られるが、最悪の結果を避けるための努力をしなければならないという雰囲気にはなっていない。未だにそれぞれの議員が自分の主張を訴え、それが最善の解決だという信念を曲げる準備は出来ていない。このような状態が続く限り、「合意なき離脱」しか選択肢はない。それは「イギリスとEUとの間の合意」なき離脱であると同時に、「英国議会内で合意」を得ることがないまま時間だけ浪費し、誰もが望まないまま至りつく離脱なのである。