1. HOME
  2. World Now
  3. 米朝首脳会談 食い違う「全面制裁解除」と「部分制裁解除」

米朝首脳会談 食い違う「全面制裁解除」と「部分制裁解除」

国際ニュースの補助線 更新日: 公開日:
ハノイで開かれた米朝首脳会談で握手するトランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信)=ロイター

227-28日にハノイで行われた第二回米朝首脳会談は、当初緊張を含みながらも和やかな雰囲気で始まったが、結局合意に至らないという結果となった。日本の報道では、予想外の結果であるが、安易な妥協をするよりは合意がない方が良いという評価が多かったように思える。また、合意に至らなかったのは、北朝鮮が寧辺核施設の破棄と引き替えに、「制裁の全面解除」を求めたからだ、というトランプ大統領の記者会見の解釈に基づいて解説がなされており、この点も違和感を覚えている。少し詳しく見てみたい。

 トランプの交渉前のロジック

トランプ大統領が席を立ったのは、二日目の拡大閣僚協議から加わったボルトン安保担当補佐官の存在が大きいという見方が多数ある。確かに、それまでのトランプ・金正恩の11会談や夕食会(ポンペオ国務長官、マルバニー首席補佐官代行が同席)では、相対的に和やかな雰囲気があり、トランプ大統領も交渉に前向きな姿勢を見せていた。しかし、拡大閣僚協議でボルトン補佐官が参加してから(北朝鮮側は金英哲党副委員長と李容浩外相に限られ、夕食会と同じ顔ぶれ)大きく流れが変わったように見えるだけに、ボルトン補佐官の役割が大きかったと考えるのは自然である。

確かにボルトン補佐官はタカ派として知られ、安易な妥協を認めないのは間違いないので、席を立つ決断に影響したことは確かだろう。しかし、トランプ大統領がボルトン補佐官に言われたから席を立ったというのはやや早計である。トランプ大統領は交渉前から「完全な非核化(へのコミットメント)=制裁解除」というロジックで語っており、このラインから外れたことはない。トランプ大統領は繰り返し「北朝鮮には経済発展のポテンシャルがある」と述べ、制裁解除による経済発展を示唆するツイートを連発していたが、常に「非核化すれば」という条件をつけており、その「非核化」の定義は明確ではないにせよ、安易に妥協するつもりはないという姿勢は示していた。つまり、ボルトン補佐官が言わなくても席を立った可能性はある。今回の米朝首脳会談で合意が出来なかったのは、ボルトン補佐官の存在の有無よりも、トランプ大統領が元々会談に臨むにあたって設定していたロジックに基づくものであると考えるべきだろう。

非核化を巡るすれ違い

シンガポールでの第一回目の米朝首脳会談で「完全な非核化」という合意がなされたものの、その後の実務者協議はほとんど前進せず、「非核化」が何をさすのかを巡って大きな隔たりがあることはこれまでも指摘されてきた。そのため、第二回米朝首脳会談では「非核化」とは何をさすのかを明らかにし、それをもって制裁解除するかどうか、というところが焦点となっていた。

北朝鮮側が提示したのは寧辺核施設の破棄であると伝えられるが、これは交渉に入る前からずっと北朝鮮の立場であり、首脳会談で事前の予告を超えて何か新しい提案が出てくるかどうかが焦点だったが、結局出てこなかったことが合意出来ない原因の一つとなった。寧辺核施設は大きな施設であり、この施設が破棄されればプルトニウムの抽出が難しくなり、北朝鮮の核開発の一つのルートは閉じることが出来るとは言える。しかし、それは「完全な非核化」にはほど遠く、カンソンにあると言われるウラン濃縮施設をはじめ、まだ知られていない施設での核開発は続けられることになる。さらに言えば、既に北朝鮮が保有している核弾頭は温存されたままとなる。その意味で寧辺核施設の破棄は「完全な非核化」ではない。

しかも、寧辺核施設の破棄は過去にも出てきたカードであり、1994年の枠組み合意や2007年の六ヶ国協議共同声明の中でも寧辺核施設の破棄は合意されており、2008年に寧辺の冷却塔を破壊した際の動画は北朝鮮の核問題が前進した象徴として多く使われた。トランプ大統領がいかに過去に学ばない大統領だとしても、過去の合意以上のものを狙っていることは間違いなく(その動機がオバマ大統領を含む過去の大統領よりも自分を偉大に見せるためか、それともノーベル平和賞を取るためなのかはわからないが)、北朝鮮側が過去のカードと同じカードを出し、新しい提案がなかったことはトランプ大統領を満足させるものでなかったことは確かである。

トランプ大統領は「完全な非核化」を寧辺だけでなく、ウラン濃縮施設や既に存在する核弾頭の破棄まで考えていたことは想像に難くなく、それを実現すること、少なくともそこに向かう道筋が見えるようにすることが今回の会談の目的であったことは確かだろう。これまでは「非核化すれば制裁解除」と完全な非核化が達成されるまでは制裁解除は行わないという立場であったが、この点については柔軟な姿勢を見せ、「行動対行動」、つまり北朝鮮が非核化に向けて段階的に行動すれば、それに対応して制裁解除を行うという姿勢を見せていた。北朝鮮はそれを踏まえて、まずは寧辺核施設の破棄というカードで一定の制裁解除を勝ち取ろうとしたのだが、過去と同じカードでは満足しなかったトランプ大統領が席を立った、というのが今回の合意なしという結果の構図だろう。

すれ違う「制裁解除」

とはいえ、寧辺核施設の破棄は非核化に向けての一歩であることは間違いない。それでもトランプ大統領はそれを第一歩として認めなかったのは、北朝鮮の要求する「制裁解除」の中身を誤解していたからなのではないか、と思われる節がある。

本来予定されていた昼食会もキャンセルし、早々に会談を切り上げた後の記者会見では、トランプ大統領は、北朝鮮が「全面制裁解除」を求めてきた、という認識を示した。それに対し、北朝鮮は異例の緊急記者会見を招集し、李容浩外相が、制裁は「2016-17年に採択された国連安保理決議のうち5件、国民生活に直結する制裁の解除」を求めたと「部分的制裁解除」であったことを明らかにした。それに再反論する形でポンペオ国務長官は「ほとんど全ての制裁解除であった」と述べ、北朝鮮の要求が何であったのかが話題となった。

このやり取りの解釈は色々あるだろうが、トランプ大統領、ポンペオ国務長官の発言を聞いている限り、どうやら米朝両者の間に「制裁」を巡るイメージのズレがあるように感じている。アメリカ側は北朝鮮に圧力をかけるために、北朝鮮の核・ミサイル実験に対して行って積み上げてきた、国連安保理における「経済制裁措置(石炭や石油精製品の禁輸、海産物の輸出禁止など)」を制裁の「全て」とみているのに対し、北朝鮮は、過去数十年にわたる米国の独自制裁(アメリカは1950年の朝鮮戦争以来、北朝鮮に対して制裁をかけている)、2006年からの安保理制裁を含めた全てを制裁の「全て」とみているため、今回の要求はあくまでも「部分」であるという認識だったのだろうと思われる。

メディアや識者の間でも誤解があるようなので、改めて説明しておく必要があるが、元々国連安保理の制裁決議というのは「ターゲット制裁」であり、北朝鮮の核・ミサイル開発にかかわる品目の取引を禁じ、それらの活動にかかわった人物や組織の資金を凍結するというのが「国連制裁」である。しかし、これだけでは北朝鮮の核・ミサイル開発を止めるには十分ではないため、アメリカは「独自制裁」を科している。核・ミサイル開発だけでなく人権侵害やマネーロンダリング、テロ支援活動など、様々な国際秩序を乱す行為に対して制裁を科しており、主に北朝鮮との金融取引を制限する制裁となっている。そのため、仮に「国連制裁」が解除されたとしても、北朝鮮と取引する日本や韓国の企業に対しても、米国は制裁をかけることが可能であり、その意味で北朝鮮が求める「国連制裁」の部分的な解除だけでは不十分であり、米国の「独自制裁」も解除しなければ北朝鮮が経済発展をするための取引を自由にすることができない。その意味でも李容浩外相が言った「部分的制裁解除」という説明は正しく、トランプ大統領が発言した「全面制裁解除」というのは正しくない。

実質的には北朝鮮が痛みを感じ、なんとしてでも解除して欲しい制裁は、今回要求した2016年以降の安保理制裁の「経済封鎖措置」であろう。また、トランプ大統領が北朝鮮に対して効果があると認識し、自分がかかわった(ないしは大統領としてかかわることになると認識した)制裁はこの2016年以降の安保理制裁であろう。つまり、米朝双方は同じものを指しているにもかかわらず、制裁の全体像が見えている北朝鮮と、制裁に関する理解や認識が乏しいトランプ政権との食い違いが、こうした問題を生み出しているものと思われる。通常制裁をかけている側よりも制裁を受けている側の方がどんな制裁を受けているのか実感を持って認識できるので、北朝鮮の方が全体像を把握出来ていることには驚きはない。

こうした認識のズレは、交渉の本質的な問題ではないかもしれない。なぜなら2016年以降の安保理決議の解除ということが合意出来れば交渉は進展するし、トランプ大統領が寧辺核施設の破棄の見返りに、2016年以降の安保理決議の解除が「相応の措置」だと考えれば、非核化に向けての第一歩を踏み出すことが出来る。その意味では、両者が喧嘩別れではなく、今後も交渉を続ける意思を示していることは、多少なりとも希望が持てる。 

第三回米朝首脳会談はあるのか

現時点で米朝双方とも交渉を続ける意思は示している。しかし、意思だけでは交渉が成立することにはならない。ここまで述べてきたように、交渉が成立し、何らかの合意が出来るためには、双方の歩み寄りがなければならない。そのためには、過去二回の首脳会談のように、いきなりトップダウンで問題を解決するのではなく、実務者レベルできちんと議論を詰めて、交渉すべきアジェンダとその中身について、双方で確認しながら進めて行く必要がある。

本来ならば、そのプロセスは第一回目の首脳会談の後に行われるべきであった。しかし、シンガポールでの首脳会談が予想以上にうまくいってしまったこと、トップダウンで大枠を決めるということは可能だということで、北朝鮮から見ればトランプ大統領と交渉すれば問題解決するという幻想を抱いてしまった。そのため、ビーガン特別代表やポンペオ国務長官が北朝鮮と交渉しても、北朝鮮は実務者レベルでの協議に応じず、北朝鮮の望まない要求(例えば核・ミサイル施設のリストの提出を要求するなど)に対しては、トランプ大統領に直接掛け合うような素振りを見せてビーガン特別代表やポンペオ国務長官を牽制した。

さすがに第二回の首脳会談で席を立たれたことで、こうした北朝鮮側の甘い幻想はなくなったであろう。また、アメリカが寧辺核施設の破棄だけでは満足しないことも学んだと思われる。そのため、第三回があるとすれば、北朝鮮は寧辺核施設の破棄以上の提案をしなければならない。しかし、核戦力が自国の存続に絶対的に必要だと認識している以上、核施設のリストを申告し、それによって攻撃される場所を伝えるというリスクはことのほか大きく感じるであろうし、また、もし虚偽の申告がバレれば、更なる交渉は不可能になることを考えると、いい加減な申告をする訳にもいかないだろう。北朝鮮にとって第三回の首脳会談へのハードルは高い。

アメリカ側も交渉の継続の意思は示しつつも、北朝鮮問題に構っていられないという事情もある。米朝首脳会談の最中に下院の公聴会で、トランプ大統領の元個人弁護士のマイケル・コーエン氏が証言し、米朝首脳会談のニュースなどそっちのけで全米のメディアがこの公聴会の模様を集中的に報道した。米朝首脳会談で外交的な得点を挙げ、支持者に成果を誇ったところで世論の風向きは変わらないだろう。

また、トランプ政権において、制裁の全体像の理解が進まなければ、今後の取引も上手くいかないと思われる。仮に北朝鮮が寧辺+αの提案をしてきたとしても、それに対する「相応の措置」が安保理制裁の一部解除という「部分」であるにもかかわらず、それを「全面解除」と受け取るようでは、交渉の相場が成り立たない。もし、2016年以降の安保理制裁解除に対して北朝鮮の全面的な核放棄(寧辺を含む全ての施設の申告と査察に加え、現存する核弾頭の破棄)を求めるのなら、絶対に交渉は成立しない。こうした「相場観」のズレが続く限り、第三回の首脳会談は成立しないであろう。そのためにも実務者レベルでの交渉を積み重ね、お互いの「相場観」を揃えることなしに、第三回の首脳会談はあり得ない。