「今や最初の一歩を踏み出した。この歩みを繰り返せば、より多くの人々が訪れるだろう。韓国の一般市民も白頭山(ペクトゥサン)を観光する時代が来ると信じる」
「登山マニア」として知られる文在寅(ムン・ジェイン)大統領が昨年9月、中朝国境地帯にそびえる霊峰、白頭山を訪れた時の言葉だ。文氏は金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長夫妻と共に、頂上にある湖、天池(チョンジ)を訪れた。
同行した文氏の妻、金正淑氏は、韓国・南部、済州島(チェジュド)にある韓国最高峰の漢拏山(ハルラサン)の水を天池にまいた。次いで、文氏が直接、天池の水をすくうと水筒に残った漢拏山の水と混ぜた。南北統一を願う行動だったのだろう。
文氏と金正恩氏が白頭山を訪れた際の写真と映像が公開されるや、韓国メディアは興奮し、大々的に報道した。白頭山は一体、韓国人にとってどんな意味があるのだろうか。
白頭山は海抜2744メートル。富士山よりも1千メートルほど低いが、韓半島では最も高い山だ。日本の「伊弉諾(いざなぎ)、伊弉冉(いざなみ)のみこと」のような開国神話の舞台でもある。
はるか昔、桓雄(ファンウン)が地上に降り立った。虎と熊に「百日間、洞窟でニンニクとヨモギだけを食べて暮らせば人間にしてやろう」と伝えた。虎は我慢できなかったが、熊は百日後、美しい女性となって桓雄と結婚。韓民族の始祖である壇君(ダンクン)が生まれた。白頭山は韓国人にとっても聖地でもあり、霊山でもあるのだ。
韓国の政治家には昔から、重大な決断を下すときや気持ちを整理するとき、山に登る習慣がある。「政治ショー」だという指摘はもちろんあるが、一種の「浄化作業」とも言える。
文大統領も大統領秘書官を辞した後の2004年と、大統領選を1年後に控えた16年に、それぞれヒマラヤにトレッキングに出かけた。
韓国統一省によれば、金正恩氏も11年末の権力継承後、公開されただけで8回、白頭山を訪れた。13年、叔父である張成沢元国防副委員長を処刑する直前にも訪れている。
北朝鮮当局は正恩氏の父、金正日総書記は白頭山で生まれたと宣伝し、体制強化に利用している。脱北した元北朝鮮高官は「北朝鮮住民は白頭山を革命の聖山だと呼ぶ。当局は、敵国(韓国)の長が訪れたのは金総書記ら白頭山三大将軍の業績を学びに来たからだと宣伝している」と話す。
昨年9月の南北首脳会談の際、金正恩氏は「近い時期のソウル訪問」を約束した。韓国では「ソウルに来たら、漢拏山にも登るのではないか」と話題になっている。済州島は正恩氏の実母で亡くなった高英姫(コ・ヨンヒ)氏の故郷でもある。
漢拏山の山頂にある白鹿潭(ペクロクタム)は天池と同じような湖で、「天の仙人が鹿に乗って遊んだ」という伝説もある。07年、ユネスコの世界文化遺産に指定された。以後、開発が難しくなり、頂上までは徒歩で行く必要がある。
南北両首脳が漢拏山を訪れれば、南北和解の雰囲気が更に高まるだろうが、実現するかどうかは未知数だ。
1998年11月、朝鮮半島で最も美しいと言われる北朝鮮・金剛山を訪れたことがある。当時、「今は観光だけでも、人や文化の交流が進めば事実上の統一に進むだろう」と思った。10年後、韓国人観光客射殺事件が起きて、金剛山観光は中断した。わずか2年前は、韓半島で再び戦争が起きるかもしれないという空気に包まれた。
2月27日、昨年6月に次ぐ2度目の米朝首脳会談がハノイで開かれる。会談が成功すれば、正恩氏のソウル訪問も現実味を増すだろう。
先月、家族と済州島を訪れた。地上119メートルのオルム(小さな火山の方言)に登った。雪に覆われた漢拏山の姿が見えた。息を切らした長女に冗談めかしてこう言った。「白頭山観光が可能になれば、漢拏山から白頭山まで約960キロをトレッキングしてみようか」。長女は聞こえないふりをしていた。