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まさか感染した? 飲んだ繁華街の近くで起きた韓国の新型コロナ集団感染

LIVE韓半島
検体を採取するテント(左)=2020年5月、崔在雄撮影

「一度、検査を受けてみたら?」

妻が言う。

「お父さん、新型コロナウイルスに感染したら、部屋にずっといなければいけないかもね」

学校への登校がまだ始まらず、家でオンライン授業をしている次女が言う。
「ここに引っ越す前のマンション、まだ売れてないよね? あそこで、一人で過ごせば?」

長女がたたみかけた。

自分では感染していないと思っているが、家族にここまで言われると心配になってきた。最近、「濃密」に接触してきた人たちの顔が頭に浮かぶ。妻や娘たちはもちろん、韓国の「両親の日」に会った高齢の父親はどうなるだろう。もしかして、自分のせいでソウル支局が閉鎖になってしてしまうかもしれない……。

ソウル市内の保健所のPCR検査の案内=2020年5月、崔在雄撮影

そんな「ハプニング」の始まりは、4月末の夜、ソウルの繁華街・梨泰院の行きつけの居酒屋を訪れたことだった。そこで韓国南東部・大邱からソウルに出張してきた大学時代の同級生と会った。

大邱では2月中旬、新興宗教団体を中心に大規模な集団感染が起きた。感染拡大をコントロールできている今でも、国民の間では、韓国の新型コロナ流行の中心の都市とみなされている。2月から3月にかけては、韓国全国の感染者の9割前後を大邱とその周辺が占めたこともあり、韓国でのコロナとの闘いは、大邱での闘いとイコールといえた。

私が梨泰院を訪れた日は、偶然にも「感染者ゼロ」の日だった。正確に言うと、国外から帰国・訪問した人のなかから出た感染者4人を除き、市中で感染した人はいなかった。文在寅大統領はこの日、「75日ぶりに新型コロナの感染者がゼロになった。4月15日の総選挙の投開票による感染もゼロだ。韓国の力、国民の力です」とSNSでメッセージを発信した。

私もこの間、「社会的距離の確保」や在宅勤務で不便な暮らしを送っていたが、ようやく心置きなく外出できるという、すがすがしい気分だった。

同級生と会うことに決めた梨泰院という場所は、「韓国の六本木」と言われ、若者でにぎわう場所だ。近くに在韓米軍基地や多くの外国の大使館があるため、外国人たちも多い。イスラム寺院などもあって、韓国であって韓国でない異国情緒のある魅力的なところだ。私にとっては、近くの高校を卒業したこともあり、梨泰院は心が安らぐ場所でもある。

同級生とは、何年ぶりかの再会。この間にあった様々な話題を肴に、楽しく杯を重ねた。この同級生は大邱のメディアで仕事をしている。大邱では感染が爆発的に起きたため、「感染しても仕方がない」という、あきらめにも似た気持ちで仕事をしていたという。幸い、同僚たちには一人も感染者は出なかったという。「これからは年に何回も会おう」という、あてにならない約束を交わし、その日は別れた。

問診票を手渡す防護服姿の保健所職員=2020年5月、崔在雄撮影

1週間ほど過ぎた5月6日。韓国政府は、防疫対策が成果を挙げたとして、「社会的な距離確保」という行動制限を解除し、「生活のなかの距離確保」という緩和された指針のなかでの暮らしを打ち出した。

しかし、8日になって状況は一変する。2日夜に梨泰院のクラブを訪れた客たちのなかで、新型コロナの感染が判明。防疫当局は、感染のおそれがありそうな人は、感染の有無を調べるPCR検査を受け、出勤を控えて自宅にいるように要請した。

その後、検査要請の範囲が拡大され、2日前後に梨泰院を訪れた人は、全員、検査を受けるようにとの要請が出た。私の携帯電話にも、検査要請のメッセージが届いた。梨泰院周辺の携帯電話の基地局に接続した個人の情報を通信会社から受け取った防疫当局が、私を特定してメッセージを送ってきたのだった。

冒頭の家族との会話は、検査要請のメッセージを受け取った直後のことだ。私がいた場所はクラブからは遠く、すでに10日が経過していた。症状もない。ただ、家族の心配を前に、念のため検査を受けることにして、保健所に電話をした。

公共交通機関は使わないでくださいというので、自分の車で保健所を訪れた。午前9時だというのに、私の前にはもう10人ほどが待っており、その数はすぐに倍ぐらいになった。多くは20代、30代の若い人たちだ。外国人もいる。マスクをしていて表情を読み取りにくいが、みな心配そうだった。

PCR検査を待つ人たち=2020年5月、崔在雄撮影

保健所の職員が「梨泰院には、何日の何時ぐらいに訪れたのか、詳しく書いてください」と紙を配って回った。この職員は私を見るなり、「こんなおじさんが梨泰院に行ったの?」と顔に書いてあるようだった。

9時半ごろ、番号表を受け取って待機。互いの距離を保つため、いすの間隔も2メートル離れていた。15分ほど待った後、検査室に入った。説明を受けて実際に検査を受けるまで2分ほど。あっという間に終わった。

翌日、携帯電話に「陰性判定」とのメッセージが届いた。この間、「濃密接触」してきた家族や職場の同僚たちから「良かった、良かった」と慰労されたが、心は軽くなかった。1日余りのことだったが、みな私がもしかして新型コロナに感染したのではという考えを持っていたはずだ。

保健当局から送られてきた「陰性」判定のメッセージ

梨泰院で会った同級生に電話をかけ、陰性だったことを伝えた。「じゃあ、大邱に来なよ。おめでとうの酒を飲もう」

22日になると、大邱市や梨泰院のクラブに関連した感染者が大邱でも発生したことを発表した。同級生によると、再び緊張感が高まったという。

新型コロナによる、暮らしのなかの悲喜こもごも。なかなか自由に人と会えないこのトンネルを抜け出した後、この間ずっと会っていなかった人たちと、行きつけの梨泰院の居酒屋のおいしい料理を食べながら、この疲れた心を癒やしたい。そして大邱に旅行に行こう。