2月5日の一般教書演説で二度目の米朝首脳会談の日程を発表したトランプ大統領だが、演説の中でも、2月27−28日にベトナムで金正恩委員長と会うということを宣言したにとどまり、「非核化」を求めるという言葉どころか、この会談で何を追求するのか、どのような将来を目指すのかについて全く語らなかった。確認のため、演説の該当部分を見てみよう。
朝鮮半島の平和を推し進め続ける。人質は戻され、核実験はストップし、ミサイルの発射も15カ月間なされていない。私が大統領に選ばれていなかったら、数百万人もの犠牲者を生みかねない大戦争になっていただろう。やるべきことは多く残されているが、金正恩朝鮮労働党委員長との関係は良好で、我々は2月27、28日、ベトナムで再会するつもりだ。朝日新聞
この演説からは第一回目の米朝首脳会談で核実験、ミサイル実験は止まり、人質(シンガポールでの合意で示された朝鮮戦争の米兵の遺骨については言及せず)が帰還したということ、この米朝の良好な関係が戦争を起こしていないことが述べられているが、これはトランプ大統領がシンガポールでの交渉をポジティブに捉えており、正しい路線を進んでいるという認識を示したと理解することが出来る。
では、果たしてトランプ大統領は二回目の首脳会談で何を求めるのか、北朝鮮の非核化は実現するのか検討してみよう。
アメリカにとっての制裁緩和とは
まずはトランプ政権が何を提供しうるかを考えてみよう。現在、北朝鮮が求めている制裁解除はかなりの部分が「モノ」にかかわる要求であると考えられる。食料や医薬品だけでなく、核開発にもつながりうる工作機械や鉄鋼などの素材など、経済開発路線を突き進むためには、こうしたモノの取引が制裁によって制限されていることが大きな問題となる。
しかしモノの取引の多くはアメリカの制裁ではなく、国連安保理の制裁によって制約されている。そのため、北朝鮮が求める制裁緩和を提供しても、アメリカの独自制裁を維持したまま国連安保理の制裁を若干緩めることで北朝鮮の譲歩を引き出すことが出来るという状況にある。ただし、モノの取引には必ず金融決済が伴う。アメリカによる制裁は主として金融にかかる制裁であり、北朝鮮がモノの取引を可能にしても、その取引がドルで決済される限り、アメリカによる制裁が効いてくる。
ところが、北朝鮮が主として貿易相手としているのは中国であり、中国が人民元建てで取引をすれば、アメリカの金融制裁の網には引っかかりにくくなる(金融取引の情報は把握出来るが、その取引を止めるための強制力を行使しにくい)。そのため、北朝鮮としては安保理の制裁決議を緩和するだけで問題は解決すると考えるであろう。
しかし、アメリカは中国の銀行に対して北朝鮮との取引を止めさせる切り札を持っている。それは、人民元建てとは言え北朝鮮と取引した銀行はアメリカの市場から閉め出す(営業ライセンスを剥奪する)という方法である。中国の銀行にとって、アメリカ市場で営業できなくなれば、ドルの調達はもちろん、世界中の銀行とのやり取りや世界各地の市場との接続が出来なくなる。それは中国の銀行にとっても死活的な問題となるため、北朝鮮との取引に比べてはるかに重要な問題となる。ゆえに中国の銀行はリスクを恐れて北朝鮮との取引を手控える可能性がある。
このように、北朝鮮に対してアメリカは様々なレバレッジを持っており、表向き制裁緩和をしながらも、いざとなれば中国の銀行を締め上げることで北朝鮮のモノの取引を困難にさせるという二の手、三の手を持った上で交渉することになる。もしトランプ大統領がこの仕組みを理解していれば、様々な交渉の手を打てるはずだ。
恋に落ちたトランプの行方
いかにアメリカが有利な立場で交渉に臨むことが出来るとしても、それを活かせるかどうかはトランプ大統領次第である。自ら「交渉の達人」と自負するトランプ大統領は昨年のシンガポールでの第一回米朝首脳会談で一定の方向付けをし、その後ポンペオ国務長官を中心とする実務チームが詳細を詰め、今年の首脳会談で仕上げをするということを想定していたのかもしれない。しかしながら、ポンペオ国務長官やビーガン特別代表はほとんど実質的な交渉を行うことは出来ず、「朝鮮半島の非核化」の中身が全く具体化しないまま、第二回の首脳会談が決まってしまった。つまり、詳細を詰めることなく、またいきなりトップ会談をすることになったのである。
トランプ大統領がこのような戦略をとる意味ははっきりわからないが、彼の理解では、国際交渉は首脳同士の人間関係で決まるものであり、金正恩委員長と良好な関係が出来ていると信じるトランプ大統領は、その信頼関係の中で金正恩委員長と合意をし、その合意が誠実に履行されるものと考えている節がある。つまり、次の首脳会談では金正恩委員長の善意に賭けるということを考えているのだろう。
北朝鮮はそうしたトランプ大統領の考え方を極めて良く研究している。それ故、ポンペオ国務長官がCVID(包括的で検証可能で不可逆的な非核化)を求め、核・ミサイル施設を申告するよう求めた時も、それを一蹴し、トランプ大統領に書簡を送ってポンペオ国務長官の頭越しに交渉を進めようとした。トランプ大統領は、金正恩委員長からの書簡を「美しい手紙」と呼び、「金正恩委員長と恋に落ちた」とまで言わしめた。つまり、米朝交渉は完全にトランプ大統領の個人的な問題になったのである。
そうなると、トランプ大統領はアメリカが持っているレバレッジや交渉戦略を考えることなく、金正恩委員長の目を見て、彼の言葉を信じて交渉をすることになり、最終的には北朝鮮の望みを叶えつつ、アメリカの要求はのらりくらりと交わされる、ないしはその場で合意しても実際は履行しないといったことになるのであろう。
これはまさしく、シンガポールでの首脳会談と全く同じ状態であることを意味する。シンガポールとの違いは、場所がハノイになったこと、2日間の交渉になったことだけで、それ以外は全く同じ道筋をたどるのではないかと思われる。
終戦宣言
米朝首脳会談の一つの焦点となるのは、トランプ大統領が終戦宣言にコミットするかどうかである。シンガポールの時も同様だったが、ハノイでの首脳会談でも韓国の文在寅大統領、中国の習近平主席が集まり、そこで朝鮮戦争の終戦を宣言し、宣言文に署名するのではないかと言われていた。しかし、トランプ大統領は習近平主席とは会わないと主張しており、文在寅大統領もハノイに行く気はあると言われているが、確約しているわけではない。なので現時点ではトランプ大統領が終戦宣言を出すことに合意するかどうかというところが論点になる。
終戦宣言が持つ意味は大きく言って二つある。一つは戦争状態が終わったことを認めることは、韓国に駐留し、日本も後方支援の基地となっている在韓国連軍の撤退を意味する。在韓国連軍の主力は在韓米軍であるため、米軍が韓国から撤退する可能性を含みうる。もちろん米韓同盟は朝鮮戦争が終わっても続けられるので、即座に韓国から米軍が撤退することにはならないだろうが、そもそも同盟や米軍の外国での駐留を良く思わないトランプ大統領は在韓米軍の縮小を図る可能性はある。また、それを目的とした終戦宣言を採択する意欲もあると考えて良いだろう。
もう一つの意味は北朝鮮という国家に正統性を与えるということである。アメリカから見れば北朝鮮は統一された朝鮮半島における反乱勢力であり、北朝鮮(および中国)から見れば韓国が同等の存在と位置づけられる。そのため、終戦宣言に署名することは反乱勢力である北朝鮮を正当な国家として認め、その違法性に基づく敵対関係を解消することを意味する。これは、北朝鮮が求めてきた平和の約束としての象徴であり、これまで北朝鮮が核開発やミサイル開発の根拠としてきた「米国による敵対政策」の終焉をも意味する。
これは「非核化」にとってはあながち悪い話ではない。というのも、北朝鮮が核やミサイルを持つ根拠としているのが、この「敵対政策」であり、それがなくなることは核兵器を持つ理屈が失われることになるからである。しかし、アメリカの「敵対政策」がなくなったからといって北朝鮮が非核化に応じると考えるのはややナイーブであり、当面は他の様々な理屈をつけて核保有を正当化し続けるであろう。
非核化の可能性
とはいえ、北朝鮮もアメリカの「敵対政策」がなくなった以上、何もしないという訳にもいかないだろう。なので、北朝鮮からもある程度の政治的な価値のある、アピール力のある措置をとることになるだろう。かつてブッシュ政権時代の2008年に、アメリカが北朝鮮をテロ国家指定から解除したことの見返りに、寧辺核施設にある冷却塔をテレビカメラの前で爆破したということがある。これは永続的に寧辺の核施設を使えなくする措置ではなかったが、それでも画像のインパクトが大きく、北朝鮮が非核化に前向きだというメッセージを送るには有効な手段であった。
今回も、類似したことが起きるのではないかと考えられる。シンガポールの米朝首脳会談に先立つ2018年5月に、北朝鮮が一方的に西側メディアを招聘し、交渉に入る前に豊渓里(プンゲリ)にある核実験場を破壊したことは記憶に新しいだろう。既に6回の核実験を行った後で、早急に核実験の必要性がなかったこと、既に核実験を繰り返したため地盤が弱くなり、山体崩壊地震なども起きていたことなどから、使い道のない核実験場の入り口を封鎖したに過ぎないという見方もある。また、IAEAの査察団などの専門家ではなく、メディアのカメラの前で爆破を行ったのも特徴的で、きちんとした査察をして核実験場で何が起こったかを調べることも許されなかった。まさに、こうした政治的なスタントと言える行動が、今回も見られるのではないかと思われる。
さらに言えば、非核化を進めるときに最も重要になるのが、北朝鮮による申告である。核施設がどこにあり、どのような能力を持っているのかを申告させ、査察を入れて申告と異なった事実が見つかった場合、北朝鮮は誠意ある核軍縮を行っていないとして合意を取り消すような形が取られるのが一般的である。しかし、北朝鮮は査察はもちろんのこと、申告すら同意していない。ポンペオ国務長官が北朝鮮の核施設、ミサイル施設の申告を求めた際、北朝鮮はそれを頑なに拒否している 。
申告も査察もなく、アメリカ側もどのような形で「非核化」を進めるのか、さらに言えば北朝鮮との間で「非核化」の定義について合意できるかどうかも甚だ怪しい。こんな状況の中で非核化が進むとは考えにくく、仮に進んだとしても政治的なシンボルとしていくつかの措置がとられるにとどまり、実質的な非核化が進むことはないであろう。
歴史は繰り返す…
マルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』に出てくる有名な一説である、「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」というフレーズがある。これは弁証法的歴史観に基づけば歴史は繰り返されるが、全く同じようには繰り返されないということを示唆するもので、1789年のフランス革命は悲劇であったが、1848年の革命は喜劇であったという文脈で出てきたものである。
しかし、トランプ大統領は弁証法的歴史観とはほど遠いどころか、歴史観そのものがない人物である。彼は自分が交渉の最前線に経てば、彼の「交渉の天才」ぶりによって問題はたちどころに解決すると本気で信じている。それでも第一回目のシンガポールの米朝首脳会談は結果的に何も生み出さず(トランプ大統領は核・ミサイル実験がないことを誇っているが、それは交渉の結果ではなく、北朝鮮にその必要がないから)、「非核化」という観点から見れば悲劇的な結末であったが、トランプ大統領はそれを認識せず、また二回目の首脳会談へと突き進んでいる。そしてこの二回目の首脳会談も「非核化」という観点から見れば確実に失敗すると思われる。過去に学ばず、相手を分析することもなく、金正恩委員長の掌の上で上手いこと転がされるトランプ大統領の姿は、マルクスの言いたいこととは全く異なるが、喜劇でしかない。