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北朝鮮の米国人解放に見る、トランプ流演出の舞台裏

ホワイトハウスへ猛ダッシュ
帰国した米国人3名を迎え、「アメリカ合衆国」と書かれた政府専用機の前で演説するトランプ米大統領=アンドルーズ米軍基地、ランハム裕子撮影

今年の6月に歴史的会談と称されたシンガポールでの「トランプ&金正恩サミット」が行われた1ヶ月ほど前のとある夜、私はアンドルーズ空軍基地へ猛ダッシュしていた。

メリーランド州にあるアンドルーズ空軍基地は、ホワイトハウスから車で約30分。大統領が「マリーンワン」という大統領専用ヘリから「エアフォースワン」という大統領専用機へ移動するのがこの場所。ホワイトハウスからアンドルーズ空軍基地まではヘリコプターに乗り10分で行けるため、この空軍基地は乗り換え地点として大統領の日々の移動に使われている。

ホワイトハウスのサウスローンと呼ばれる庭に到着する大統領専用ヘリ「マリーンワン」。奥にはワシントン記念塔が見える=ワシントン、ランハム裕子撮影

「ポンペオ国務長官が『ゲストたち』と共に、午前2時、アンドルーズ空軍基地に着陸する。私も迎えに行く。とても楽しみだ!」と、トランプ大統領がツイートしたのは朝8時半。これが、北朝鮮から解放された米国人3名の帰国の発表となった。

一つの質問がすぐに頭に浮かんだ――― 大統領はどのようにしてこの「大勝利」をお披露目するのか?

ホワイトハウスでは大きく分けて2種類の取材アクセスがある。一つは、米主流メディアに限定されたプレスが入る代表取材。もう一つは、報道関係者なら登録さえすれば誰でもアクセス可能なオープンプレス。

「大勝利の披露」ともなれば、できるだけたくさんの報道陣に取材をしてほしいに違いない。ただ、24時間をすでにきっているのに、見せ方、登録、段取りを含め、全てがこれからアレンジされるのだ。この政権が発足してからというもの、報道関係者はこのような突然の発表やイベントに翻弄される毎日だが、その手配や準備、そして管理するホワイトハウスの職員たちも大変だろう。

当初の予感は当たった。ホワイトハウスから正午に届いた案内には「オープンプレス」と書いてある。夜中に空軍基地でいったい何時間待つのだろう?と一抹の不安が頭をよぎったが、フォトグラファーとしては撮りがいのある一大イベント。そんな心配など一瞬で忘れ、登録手続きをすませ確認メールを待つことにした。いくらオープンプレスでも登録が承認されないと入れないからだ。人数制限で入れないこともあり、それが米軍基地となれば規制はなお厳しい。

他のフォトグラファーたちとご飯を食べたりしながら待った。夜中の撮影に備え仮眠をとる人もいた。取材許可の知らせがやっと配信されたのは夜9時半だった。そこには、機体の到着がなぜか午前2時50分と書いてある。朝の3時?!と皆で顔を見合わせる。トランプ大統領のツイートより、1時間近くずれている……

プリセット(カメラの準備や場所取り)のために空軍基地に入ったのは夜10時半、到着の4時間以上前だった。滑走路に入ると、まず目に飛び込んできたのが正面に大きく掲げられたアメリカの国旗だった。冷たい風が空軍基地の広大なスペースで自由に飛び回り星条旗をなびかせている。トランプ大統領はこのような「演出」を好む。

米国人3名の帰国を前に、アンドルーズ空軍基地には、消防車とクレーンを駆使し、大きな星条旗が掲げられた=ランハム裕子撮影

共和党大会の際には、エリー湖の麓に専用ジェットで到着し、そこからわざわざ「トランプ」と書かれた専用ヘリに乗り移り、支持者たちの上を旋回してみせたこともあった。大統領選のキャンペーンでは、名テノールの故・パヴァロッティ氏が歌う「誰も寝てはならぬ」という名曲を爆音で流し、大きな星条旗が掲げられたステージによく登場していた。パヴァロッティ氏の妻は、この曲をトランプ集会で流さないでほしいと訴えたが、使用され続けた。この曲は、「私は勝つ!私は勝つ!」という歌詞で終わる。

エリー湖の麓に降り立つトランプ専用ヘリ。トランプ氏は翌日の共和党大会で正式な共和党候補となった=クリーブランド、ランハム裕子撮影(2016年7月20日)

今回のこの「ステージ」周辺には、真夜中にも関わらず100人近い報道陣が詰めかけていた。国旗の前に飛行機が到着するという説明を受けたが、そこからメディアスタンド(報道陣がカメラを構える台)まではかなりの距離があった。限られたスペース内で、下から飛行機をバックに撮れる角度を狙った。ただ、全てはその時にならないとわからない。まるでギャンブルのようなものだ。望遠レンズを準備しながらも、大統領は近くまで来てくれるだろう、いや、そうしたいはずだと確信した。代表取材のテレビカメラの脇に場所を確保し、それから4時間。気温は急激に下がり、次第に体はガクガク震えていた。

夜中にも関わらずアンドルーズ空軍基地に詰め掛けた報道陣。このスタンドから飛行機まではかなりの距離があるため、フォトグラファーらは望遠レンズを構えている=ランハム裕子撮影

ついに副大統領専用ヘリ、大統領専用ヘリ、国務長官機と、続々と政府専用機が到着した。最後に解放された米国人3名を乗せた飛行機が着陸し、ゆっくり、堂々と国旗の前の「ステージ」まで移動した。機体には大きく「アメリカ合衆国」と書かれている。大統領夫妻がまず機内へ入り、数分後に帰国した3名が階段に姿を見せた。その瞬間、現場から歓声が上がった。階段を降り、大統領夫妻、副大統領夫妻、そしてポンペオ国務長官と共に万歳をしながらこちらに向かって歩いてくる。

帰国したキム・ドンチョル氏(右端)、キム・ハクソン氏(右から4番目)、キム・サンドク氏(右から5番目)が万歳やピースをしながら、報道陣へ向かい歩いてくる=ランハム裕子撮影

レンズ越しに誰がどこにいるか急いで確認すると、そこにはベージュのズボンを履いた、見知らぬ黒髪のアジア系女性がいた。この方は一体だれ?!と思ったが、それを追求する時間などなく、ひたすらシャッターを切り続ける。

飛行機を降り、報道陣へ向かう帰国者3名の写真の右側には、ノートを片手にする謎のアジア人女性が写っている=ランハム裕子撮影

とその時、なぜかトランプ大統領が右に外れていった。やばい!と心の中で叫ぶ。大統領は代表取材のテレビカメラの前にくる予定だったが、明らかにそれよりも右方向にそれて行く!取材陣は慌ててどどどーっと右へ移動した。テレビカメラやケーブルがあるため、とっさの移動は簡単なものではない。私は脚立ごとの移動が間に合わず、他のフォトグラファーに「片足だけお願い!」と頼み、彼女の脚立の上で片足で踏ん張りながら撮影をした。火事場のバカ力とはこういうものか……大統領が立ち位置を間違えたにしろ、気分で右に行ったにしろ、トランプ大統領が右に行けば、周囲がそれに合わせて移動する。毎回何が起こるかわからない。これがトランプ流。

報道陣の前に全員並んだ時、この謎の女性の正体が判明した。この人は通訳だったのだ。米国人のはずなのに、なぜ通訳が必要か。それはこの3名は韓国系米国人だからだ。実はアメリカには市民権を獲得していても英語が流暢に話せない人は多い。これもアメリカが移民の国である象徴のひとつかもしれない。

トランプ大統領が話している間、帰国した米国人は、女性の通訳に耳を傾けていた=ランハム裕子撮影

3名の笑顔を見たとき、何時間も待ったことや、すでに朝3時を回っていたことなど、全て忘れた。ただ、トランプ大統領の一言で突如現実に戻された様な気がした ――― 「朝3時の視聴率としては歴史上最高記録だろう!」
え?!そこ?!とツッコミを入れたい衝動を抑え、撮影無事終了。

その日の朝6時、トランプ大統領が「アメリカ国民を代表して言います。お帰りなさい!」とツイートした。メッセージには、ホワイトハウスが制作した30秒のビデオが付いていた。感動的な音楽とともに、トランプ大統領が空軍基地で帰国した3名を迎える様子が、スローモーションなどを交え編集されていた。つまり「お披露目」は空軍基地で終わってはいなかった。これもまたトランプ流なのだ。

朝4時近くだったにも関わらずトランプ大統領はエネルギーに満ち溢れ、その表情はとても満足気だった=ランハム裕子撮影

帰路に着いたのは朝7時。ハイウェイの反対側には、ワシントン方向への通勤ラッシュが始まっていた。