トランプ大統領が6月に演説でその創設を強調し、8月には国家宇宙評議会の議長でもあるペンス副大統領が演説することで、トランプ政権は「宇宙軍(Space Force)」の創設に相当熱心であることが明らかになった。
これらの演説では、「宇宙軍」が陸海空海兵隊と沿岸警備隊に並ぶ第六の軍種として新たに創設されると言うことが示されているが、新たな軍種を創設するのは議会であり、トランプ大統領がいくら望んでも議会がそれを承認しなければ実現しない。実際、議会下院は「宇宙軍(Space Corps)」の創設を決議しており、表現こそ違えど似たようなコンセプトの新軍種創設を推進しているが、上院は積極的に反対しており、実現にはほど遠いというのが現状である。今年11月の中間選挙で議員の顔ぶれが変われば、上院の態度も変わる可能性もある。
そんな中で「宇宙軍」を巡る議論が活発になってきている。単なる賛否の問題だけでなく、どのような機能を持つ軍になるべきか、また「宇宙軍」の創設は合憲なのかどうかといった、様々な角度からの議論がなされている。ここでは、「宇宙軍」の性格について少し掘り下げ、「宇宙軍」の実現可能性を考えた上で、日本を含め、今後の宇宙を巡る安全保障がどのように展開していくのかを議論してみたい。
宇宙軍は戦略支援部隊
トランプ大統領が提唱している「宇宙軍」の発想は必ずしもトランプ大統領のオリジナルではなく、既に米議会の下院で「宇宙軍(Space Corps)」の創設を決議したことに由来しており、そこからアイディアをとったものと思われる。しかし、下院の決議もトランプ大統領のアイディアも「宇宙軍」が何をし、どのような組織となるのかということがはっきりしない。ペンス副大統領は宇宙軍の編成を以下のように行うと演説している。
- 4つ星将軍(大将)が指揮する宇宙軍(Space Command)を創設する
- 宇宙における統合的な指揮を執り、宇宙における将来的な戦闘ドクトリン、戦術、技術、手続きを策定する
- 宇宙に関する専門知識を持った兵士によって構成される宇宙作戦軍を創設する
- 研究開発を行う宇宙開発機関を創設する
- 宇宙を担当する国防次官補のポストを創設する
上記のように編成された「宇宙軍」はどのような任務を負うのであろうか。国防総省の報告書では以下のように任務を定義している。
- ミサイルの標的となる施設等のグローバルな偵察
- ミサイルの脅威に対する兆候の発見、早期警戒、追跡
- GPSが妨害された際の位置情報、航行支援、時刻同期の代替手段の提供
- グローバルでリアルタイムの宇宙空間監視
- 宇宙システムに対する攻撃の抑止能力の提供
- 宇宙システムを支える地上施設の整備(地上の通信局や打ち上げ射場の整備)
- 核兵器の指揮命令通信系統を含む戦闘指揮命令通信系統の整備
- 高分解能、高頻度の継続的なAIに支援された偵察
これらの任務を見る限り、トランプ政権が提唱している「宇宙軍」は基本的に地上における軍事的な活動を支援するための組織であり、宇宙空間で戦闘を行うような組織ではない。
宇宙は戦場にならないのか?
しかし、ペンス副大統領の演説で引用されたトランプ大統領の発言では「アメリカの宇宙でのプレゼンスだけでは十分ではない。宇宙におけるアメリカの優勢(dominance)がなければいけない」と宇宙における優勢を求めている。宇宙における優勢とは海における「制海権」、空における「制空権」と類似した概念と考えると、問題は複雑になる。宇宙空間は海や空とは異なり、領海や領空という概念がなく、また一定の空間から敵を排除するということが極めて難しい。もし敵を排除しようとすれば、打ち上げられるロケットを全て撃ち落とすか、既に軌道上にある衛星を破壊しなければならない。
実際、アメリカが懸念しているのは2007年に中国が行った衛星破壊(ASAT)実験である。この時は中国が自国の老朽化した衛星を標的にしたが、この実験で中国は衛星を撃ち落とす能力を持つことが示された。これはいずれ米中間の対立が激しくなった場合、中国がアメリカの衛星を破壊し、アメリカの軍事力を低下させることが可能であることを示唆している。そうした状態を避けるために、アメリカは宇宙において優勢を保たなければならない、という認識が強い。
そのために、近年飛躍的に進歩している衛星の小型化とコンステレーション化(多数の衛星を同期し、運用してサービスを提供する)の技術を活用して、巨大な衛星を1機運用するのではなく、複数の衛星を運用することでリスクを分散し、衛星に対する攻撃を避ける方向性に舵を切っている。また衛星を物理的に破壊するのではなく、衛星から発せられる電波を妨害したり(ジャミング)、衛星に対してサイバー攻撃を仕掛けるといったことも問題になっているが、それらを回避するための様々な措置も現在開発されつつある。
このように、宇宙空間は「戦闘空間(warfighting domain)」であり、戦場になり得る。しかし、その戦場のイメージは兵士が銃で撃ち合うような戦場ではなく、地上から遠く離れた宇宙空間でいかに戦略支援インフラである宇宙システムを攻撃し、防護するかということを巡る戦いになる。その攻防を決定するのは相手に対する技術力の高さであり、リスクを回避するだけの多数の複合的なシステムを配備することである。トランプ政権の提唱する「宇宙軍」はまさにこうした技術開発や宇宙システムの配備をするための措置と言えるだろう。
宇宙安全保障の今後のゆくえ
このように、現代の安全保障において不可欠となった宇宙システムをいかに攻撃し、防護するかを巡る戦いが行われる中で、アメリカだけが一方的な優勢を維持する状況が続くわけではない。近年、急速に軍事能力を高めてきている中国は軍制改革を行い、「戦略支援部隊」を創設して宇宙システムの攻撃と防御の能力を高めようとしている。アメリカが「宇宙軍」を創設することでその動きはさらに加速し、中国もアメリカに対して「優勢」であろうとするだろう。そうだとすると2007年のASAT実験のようなことが頻繁に繰り返されることになるのだろうか。
2007年のASAT実験では、衛星を物理的に破壊したため、その破片や残骸が数千個の宇宙デブリ(ゴミ)となって宇宙空間を時速27000kmのスピードで飛び回ることとなった。これらのデブリが稼働中の衛星にぶつかればその衛星も機能を失い、さらにデブリを生み出して宇宙空間は使い物にならなくなる。それはアメリカにとっても不都合なことだが、同時に宇宙システムを活用して軍の近代化や能力向上を進める中国にとっても不都合である。
ゆえに今後の宇宙安全保障の行方は、宇宙システムに対する物理的攻撃よりも、非物理的な攻撃、つまりジャミングやサイバー攻撃の技術を巡る戦いになっていくと思われる。米中が宇宙における「優勢」を巡って技術開発を進めていくことで、両国の宇宙技術が飛躍的に発達し、かつて冷戦時代に核開発や宇宙開発で米ソが他を寄せ付けない水準に到達した時と同じように、宇宙システムの構築・運用や衛星に対するサイバー攻撃などの電子戦で米中が他国を圧倒する可能性は高い。
日本は1969年の「宇宙の平和利用決議」に基づき、防衛省・自衛隊が宇宙開発に関与出来ない状況が長く続き、2008年の宇宙基本法によってその制約は緩和されたとはいえ、グローバルに展開する部隊を持たない日本は宇宙システムに依存する度合いが米中に比べると圧倒的に低い。そのため、米中が「宇宙軍」を創設し、技術開発競争を進める中で、日本は防衛を目的とした「宇宙軍」や「戦略支援部隊」を作るインセンティブは低く、米中の技術開発から後れを取る可能性がある。仮に戦略的なニーズが低いことから「宇宙軍」を作らないにしても、こうした技術開発競争に乗り遅れることなく、先端的な技術を開発し続けて行くにはどうするべきか。この夏から始まった次期防衛大綱の策定において、この問題を取り上げることは不可避である。