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戦略から決めるべき国防費 なぜGDP比で語る

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
付帯費用を含めると1セット2500億円程度になるイージス・アショア(概念図_ロッキード・マーチン社)

アメリカのトランプ大統領は、北大西洋条約機構(NATO)加盟諸国に対して、国防費をそれぞれのGDP比4%にまで上昇させるよう迫った。もちろん、NATO諸国の大半は、かねてよりの申し合わせであるGDP比2%すら達成していない状態であるため、無理難題なことはトランプ大統領自身も、十分承知の上だった。結局、2024年までにNATO加盟国は、国防費をGDP比2%レベルに引き上げることで妥結したが、ドイツをはじめとするNATO諸国とアメリカとの間には、大きなわだかまりが生じている。

戦略家たちが批判する金額至上主義

ビジネスマン出身のトランプ大統領は、国防費のGDP比に拘泥している。しかし、NATO諸国はもとより、アメリカの軍事専門家たちの間にも、国防費をGDP比で決定する方針には強い批判がある。

それらの中でも軍関係者や軍事戦略家たちの間で最も目立って主張されているのが、「国防費は軍事的能力を基準として策定されるべきものであるから、軍事的能力ベースの評価が最優先されるべきであり、それ以前に『GDP比2%』といった数字ありきというのは全く誤った方針である」といったものである。要するに「それぞれのNATO加盟国は、適正な軍事戦略に基づいてはじき出された『自国の国防に必要な戦力』、ならびに『NATOに貢献できるだけの戦力』、それらに必要な軍事的能力に見合うよう国防費を算出しなければならない」という主張である。

たしかに、トランプ大統領がこだわっているNATOへの貢献(アメリカだけが突出して巨大な負担を強いられている)を、軍事費とNATOの作戦に役立つ戦力という両側面からのみ考えた場合、GDP比で1%程度しか国防費を支出していなくとも、戦力としてはNATO全体の作戦に貢献できる場合もあれば、2%以上支出しても戦力としては貢献できない場合も考えられる。いずれにしても、軍事分野において、国防戦略や軍事的能力よりも金銭的目標を優先させて国防努力を評価する、という“商売人"的姿勢に対して、真の軍事戦略家たちは批判的なのである。

軍事的議論になっていない日本でのGDP比の主張

昨今日本でも、国防費をGDP比2%レベルに引き上げる(すなわち10兆円規模に倍増する)べきだという議論が浮上している。もちろん、国防費に関する提言は、国防システム構築の根幹に関わる議論であり、活発に行われることが必要なことは論をまたない。

ただ、そのような主張の多くは「これまでのGDP比1%枠という縛りは、法律でもなければ何の根拠もないうえ、日本を取り巻く軍事環境が悪化している現状からすると、GDP比1%では少なすぎ、せめて2%程度まで上昇させるべきだ」といった論調である。たしかに“茶飲み話"程度の場で、国防費が話題にのぼった際は、このレベルの意見でもかまわない。

しかしながら、真剣に国防政策を論じる場では、日本を防衛するための国防戦略を明示し、その戦略を実施するための戦力を算出し、さらにそれらを基に組織の改編、武器装備の調達や施設の整備など具体案を策定した結果、「必要な国防費がGDP比の2%になる」といった軍事的議論に必要不可欠な構成要素を織り込んだ主張がなされていない限り、“茶飲み話"と五十歩百歩だ。

たとえば自民党が5月末、政府に出した提言書でも、GDP比2%への引き上げが提唱されていた。しかし、そのような提言書でさえも、上記のような構成要素を指し示したうえで「2%」が提示されたわけではない。あたかも提言書自身が、日本防衛の前提条件に組み込んで憚らないアメリカの軍事的支援を確保するため、トランプ大統領の意向を忖度して「2%」を持ち出した、と勘ぐられても致し方ないレベルの主張なのである。

このような自民党による「2%への引き上げ」提言に、小野寺防衛大臣は難色を示しているようである。とはいっても、「現在の日本の防衛戦力で十分だ」とも、「現状の防衛力では不十分ではあるものの、かくかくしかじかの戦略を実施すれば、GDP比2%、あるいは10兆円レベルに国防費を引き上げずとも、日本の防衛を全うすることができる」というような理由を挙げて難色を示しているわけではない。

戦略が欠落しているから装備だけが関心事

このように、日本では国防費を議論する際、軍事的能力の評価や具体的な軍事戦略など、軍事的議論に必要不可欠な構成要素が等閑視されている。その半面、というより“まともな"レベルでの軍事的議論が交わされないためかも知れないが、武器それも高額兵器の調達のみに関心が集まる傾向が強い。増額させる国防費で「何を買おうか?」という“お買い物リスト"の作成だ。

今回浮上している「2%」に関しても、例外ではない。とりわけ安倍政権下で、アメリカからの高額兵器の輸入が加速されているため、国防費を大幅に増額するべきだとの主張には、イージス・アショア地上配備型弾道ミサイル防衛システムやSM-6対空ミサイル、F-35Bステルス戦闘機など、アメリカからの超高額兵器の輸入調達計画が必ずといってよいほど組み込まれている。

1基およそ4億5千万円のSM-6対空ミサイル(写真_米海軍)

アメリカからの輸入調達ではない「いずも」型ヘリコプター空母(「いずも」「かが」)を、「多用途母艦」という名目で固定翼機の発着艦が可能な航空母艦に改修しようという意見も、国防費の増額と抱き合わせで論じられている。これは明らかに、「いずも」型ヘリ空母を改修して生み出すことになるタイプの空母(アメリカの場合は強襲揚陸艦、イギリスの場合は空母クイーン・エリザベス)から発着艦するF-35Bステルス戦闘機を輸入調達したいがために、戦闘機搭載用として建造されたわけではないヘリ空母を、無理やり改修してしまおうということである。

このようにアメリカから超高額兵器を次から次へと購入すれば、GDP比1%程度ではとても対応しきれなくなるのは当然だ。もちろん、そのような超高額兵器を手に入れることが、日本国民と日本の領域を外敵の軍事的侵害から守り抜くために策定された国防戦略を遂行していくために必要不可欠な装備ならば、軍事的観点からは、至極まっとうな主張であると言える。

しかしながら、明確な国防戦略を示すこともなく、自衛隊の軍事的能力の現状に関する評価もなく、いきなり「イージス・アショアを購入しろ」「F-35Bを購入しろ」「F-35Bが運用できるようにヘリ空母を空母に改修しろ」といった買い物リストを振りかざして、「国防費はGDP比2%は必要だ」と主張するようでは、これまで軍事合理的な説明が与えられることなく存在してきた「1%の枠組み」と同じく、数字の独り歩きにすぎない。

国防費を左右するのは国防戦略

いやしくも「国防費を2%へ」と主張するからには、明確なる国防戦略と、それを実施するために必要な戦力内容を具体的に提示した上で、現状の組織や人員配備の改変、武器装備の開発や調達などの計画を策定し、それらに必要となる国防費を指し示さなければならない。

ちなみに、筆者たちが検討したいくつかの国防戦略案や、それらに対応した戦力構造案をもとに国防費を算出すると、いかなる国防戦略案に立脚しようとも、とても5兆円レベルの国防費では日本の防衛は立ちゆかない。ただし案によって、必要と見積もられる国防費が10兆円レベルでも不足する場合もあり、8兆円レベルならばなんとかなる場合もあり、まちまちだ。つまり、国防費を論ずるに当たって肝要なのは、国防戦略の策定であって、国防費は軍事的能力の観点から決定されねばならない。決してGDPの何%といったような「目標金額」が支配していてはならないのだ。