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世界中の国防トップがシンガポールに集まる重要な理由

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会議では各国の国防相らが演説し、活発な質疑が交わされた=渡辺丘撮影

会場の名を取って「シャングリラ・ダイアローグ」と呼ばれる国際会議。2002年から毎年シンガポールで開かれている。大統領や首相らが集まるG7サミット(主要7カ国首脳会議)に比べれば地味な存在だが、なにかと懸案が多いアジアの安全保障上、とても重要な役割を担っている。それは立場の違う国々の当局者が直接会い、膝をつき合わせて対話するということだ。 

会議会場のシャングリラ・ホテルの外観=渡辺丘撮影

今年の「シャングリラ・ダイアローグ」は6月1~3日に開かれた。日本で防衛・外交を担当し、いまはイスラエルに駐在する筆者は今回で3回目の取材だ。

各国軍のさまざまなデザインの制服やスーツに身を包んだ国防当局者らが常夏のシンガポールに集まり、意見をぶつけ合い、合間には食事をとりながら笑顔で握手を交わす――。日米韓や東南アジア諸国連合(ASEAN)の多くの国々、さらにはこの地域を重視する英仏独も、国防大臣級の当局者や軍幹部を送り込んだ。

「外交のギャップを埋めてほしい」

アジア太平洋地域では、大統領や外相、財務相らが集まる会合はあっても、国防相が一堂に会する機会はなかった。

「外交のギャップ(溝)を埋めてほしい」。シンガポールの「建国の父」、故リー・クアンユー元首相から後押しされて、英国に本部を置く民間団体の国際戦略研究所(IISS)が初めて会議を開いたのは02年6月のことだ。出席者は1回目には約20カ国約160人だったのが、今年は実に51カ国から560人を超えた。20人以上の国防相級のほか、副国防相、安全保障やインテリジェンス(情報収集・分析)に関わる当局者、専門家らが含まれる。朝日新聞も後援している。

 

アジア地域には、安全保障上の懸念が数多くある。今年の会議で注目を集めたのは「南シナ海」や「北朝鮮」の問題だ。

この会議では近年、南シナで軍事的な動きをとり続ける中国を米国が批判し、それに中国が反発、米中の間に挟まれる東南アジアの国々は複雑な反応を見せるというパターンがあり、今年も基本的には同じパターンになった。

昨年に続いて登壇したマティス米国防長官は、トランプ米政権の「自由で開かれたインド太平洋」構想を説明し、「米国はインド太平洋にとどまる」と、この地域に関与しつづけることを宣言。中国が南シナ海で対艦・地対空ミサイルの配備を進め、爆撃機を着陸させるなどしたとして、「我々の戦略の開放性とは全く対照的だ」と厳しく非難した。

これを聞いた中国軍の幹部が会場で質問に立ち、「米軍は『航行の自由作戦』の名の下に南シナ海の軍事化を進めている」と反論した。このように、オープンな場で意見をぶつけ合う様子が見えるのが、この会議の醍醐味でもある。 

中国の代表団トップと握手を交わす小野寺五典防衛相=渡辺丘撮影

今年の会議は、直後に同じシンガポールで米朝首脳会談があるというタイミングでもあり、当然ながら北朝鮮問題も大きな注目を集めた。

マティス氏は演説で「朝鮮半島の『完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)』という我々の目標は変わらない」と主張。日本の小野寺五典防衛相は「最大限の圧力を維持することが不可欠だ」と指摘し、「圧力」の重要性を強調した。一方、韓国の宋永武・国防相は米朝首脳会談について「平和と繁栄を運ぶことになるだろう。大胆な決断をしているのに、疑いつづければ支障を来すことになる」と述べ、圧力の必要性には触れなかった。それぞれの主張を壇上で見守っていた主催者のIISSのジョン・チップマン所長にあとで聞くと、「関係国の溝がさらされた」と語った。

主催者の英国際戦略研究所(IISS)のジョン・チップマン所長=渡辺丘撮影

「トランプ米大統領の願望が平和的な『合意』に向かうあまり、CVIDの目標に十分な焦点が当たらないのではないか、という懸念がある。朝鮮半島の真の平和と安全のため、CVIDの目標が存在し続けることが重要だ。米朝首脳会談はそれ自体で目標が達成されるわけでなく、長い道のりの最初の一歩だ」との見立てを示した。結果的に、トランプ大統領と金正恩・朝鮮労働党委員長が交わした合意にはCVIDは盛り込まれず、焦点だった北朝鮮の非核化について具体性を欠く内容になった。

対立する国が対話する重要性

会議に合わせて、二国間の会談も100以上行われた。南シナ海をめぐって各国との対立がめだつ中国の代表団トップの何雷・中国軍事科学院副院長も、英国やシンガポール、スイスなどの国防当局者と会談を重ねた。昼食会や夕食会も催され、参加者同士が朝から晩まで真剣な対話や交流を続けていた。

各国国防相らが集った昼食会=渡辺丘撮影

「トランプ大統領が持論とする在韓米軍の縮小・撤退はどうなるのか。アジア太平洋地域をめぐる米政権の政策がまだ見えない」。舞台裏で交わした会話では、東南アジアの武官らがそうした懸念を口にしていた。

この地域の外からの参加者も少なくない。イスラエルからは、アモス・ギラード元国防省軍政治局長の顔があった。ギラード氏は「中東は世界一混迷を深めている地域だが、アジア太平洋は戦略的に最も重要な地域だ。イスラエルは日本を含むアジアの多くの国と良い関係を築いてきた。大国の国防相級が一堂に集まり、アジアの安全保障をめぐる、あらゆる事象を議論する素晴らしい会議に興味を持たない理由はないだろう」と語った。

何かが決まるという会議ではない。だが立場の違う国防当局者らが直接会って、安全保障をめぐる対話を重ねることこそが信頼醸成や相互理解につながる。そうした地道な努力こそが、戦争や紛争がやむことのない世界の平和への一歩となる。この世界的にもユニークな会議の意義はそこにあると感じた。