トランプ政権が中国やロシアとの「大国間の対決に打ち勝つ」国防戦略に舵を切った。そこで、アメリカ国防当局は、南シナ海や東シナ海での海洋戦力の劣勢を挽回(ばんかい)するために、強大なアメリカ海軍を再興しようとしている。しかし、海軍の再強化には莫大な予算と、長い時間が必要である。そのため、これまでアメリカ軍が用いることのなかった戦略、「中国海軍を南シナ海や東シナ海の中国から見て対岸の島嶼線、すなわち九州から南西諸島、台湾、フィリピンを経てマレーシアに至る島嶼線に、地対艦ミサイルバリアを構築して、中国海洋戦力の接近を阻む」という戦略、が議論されはじめている。
このようなミサイルバリア構想は、すでに日本防衛当局では具体化されつつある。しかし、そのようなアイデアに対しては拒否反応(軍事的根拠がなく、多分に感情的、あるいはイデオロギー的な)が出ている。
ミサイル部隊反対派の声
報道によると、立憲民主党の枝野幸男代表は6月3日、宮古島に建設中の地対艦ミサイル部隊を配備するための基地について、「憲法9条の解釈を超える基地であり、(外敵による)攻撃のターゲットにされかねないとの声もある」との認識を示した。枝野代表はその約1週間前には宮古島でタウンミーティングを開き、市民から直接、ミサイル配備への懸念を聞いてこう述べたという。「不安を感じる住民の方々が多いのが現状ならば、配備の仕方や段取りに大きな問題があると思っている」
また、宮古島での自衛隊ミサイル基地建設に反対する勢力からは、ミサイル部隊関連施設建設に対して、次のような声が上がっている。
「防衛省は、この動きを中国、北朝鮮対策と称しているが、宮古島と石垣島の海峡は『公海』であり、軍用船であろうと航行は自由であるはずだし、この動きは政府が認めている専守防衛すら超えるものである。そして何より、このような動きが、与那国島、石垣島、奄美大島で同時に急速に進行しており、現場以外の一般民衆に知らされていないことが非常に大きな問題である」(レイバーネット「沖縄県宮古島で自衛隊ミサイル基地建設強行が続く」より)
(筆者注:宮古島と石垣島の間には公海はなく、宮古島と沖縄本島の間の公海を指すものと思われる)
「沖縄県の離島である宮古島へだけではなく、奄美・石垣・与那国島などにも、ミサイルやレーダー施設や、海兵隊化された陸上自衛隊実戦部隊が配備されようとしています。琉球弧の島々は、軍事要塞(ようさい)とされてしまいます。現在、国会で論議中の安保法制により、自衛隊は世界中に出て、戦争に参加していくことができるようにされようとしています。東アジアで緊張した状況が起これば、小さな南の島々は、「標的の島」となり、戦争につながる島々となっていきます」(Change.org「宮古島への自衛隊ミサイル部隊配備を止めてください」より)
しかしながら、野党の立場とはいえ国政を担う政党が、地元の反対派の声を主なよりどころにして、国政レベルの問題、それも当然のことながら宮古島島民をも含む日本国民全体の安全を確保するための国防問題を論じているようでは、少なくとも国防に関しては、あまりに安易な態度と言わざるを得ない。
南西諸島に配備されるミサイル部隊とは
日本政府・国防当局が宮古島、石垣島、奄美大島そして沖縄本島に配備を計画、ないしは検討しているミサイル部隊は、地対艦ミサイルシステムと地対空ミサイルシステムを装備することになる。そして、主たる目的は、地対艦ミサイル部隊をそれらの島々に展開させることにより、質量ともに飛躍的に強化され続けている中国海洋戦力の覇権主義的政策の矛先が日本、とりわけ南西諸島に向けられることを、抑止することにある。
地対艦ミサイルシステムとは、島嶼に限らず地上に配備されたミサイル発射装置から、海上を侵攻してくる敵艦艇や船舶に対してミサイル(地対艦ミサイル)を発射して、敵の侵攻を食い止めるための兵器である。自衛隊が運用しているのは、88式地対艦ミサイルシステムと、その改良型である12式地対艦ミサイルシステムであり、ともに日本自身が開発し、製造している純国産兵器である。射程距離150~200kmの、日本製地対艦ミサイルシステムの性能は極めて優秀であり、アメリカでの試射では、その命中精度の高さに米側関係者たちの度肝を抜いたほどだ。
これらの地対艦ミサイルシステムは、トレーラーや大型トラックなど数輛の車両に搭載された発射装置(TEL)、レーダー装置、射撃管制装置、電源装置などから構成されており、地上を分散して自由に動き回ることができる。そのため、特定の地点に固定されているミサイル基地や砲台などと違って、あらかじめ敵がTELや管制装置などの位置を特定して攻撃することは、甚だ困難とされている。その証拠に、ミサイル先進国ともいえる中国では、地対艦ミサイルだけでなく、弾道ミサイルなど各種ミサイルの大半が、ミサイル基地ではなく地上移動式システムから発射される仕組みになっている。
敵の攻撃を受けにくいとはいっても、発射装置などが敵の小型無人攻撃機などによる空襲を被る可能性がゼロとは言えないために、地対艦ミサイル部隊を守るための地対空(防空)ミサイル部隊も配備される必要がある。もちろん、宮古島などに敵攻撃機などが肉薄した場合には、防空ミサイル部隊も防戦することになるが、それ以前に敵航空機は空自戦闘機や海自駆逐艦などによって撃退されることになる。
純然たる専守防衛兵器である地対艦ミサイル
宮古島、石垣島、奄美大島、そして沖縄本島に配備されるであろうミサイル部隊は、万が一にも日本と中国が軍事的対決状態に陥った際に、中国海軍の艦艇や艦隊が南西諸島に接近するのを阻止するために必要な防衛部隊である。
上記のように、地対艦ミサイルシステムも地対空ミサイルシステムも、地上を動き回ることはできても、配備された島々からは一歩も「出撃」することはできない。すなわち、日本に侵攻を企てる中国艦艇が宮古島、石垣島、奄美大島そして沖縄本島へ200kmに接近した段階で初めて役に立つ、まさに専守防衛兵器なのである。
このように、戦時においては敵艦艇の接近を阻止する能力を持ったミサイル部隊を、南西諸島にずらりと配備することは、島嶼ラインと、その周辺海域を防衛するための方針としては、極めて妥当なものである。
惜しむらくは、現在の計画ではミサイル部隊の配備数が控えめであり、ミサイル部隊が保有する地対艦ミサイルの数も極めて控えめであると言わざるを得ない。中国海軍に、南西諸島への接近を廟算(びょうさん、戦争を計画する作業)段階で断念させるためには、それぞれ数百発の地対艦ミサイルを装備したミサイル部隊を、既に配備計画・検討が進む石垣島、宮古島、沖縄本島、奄美大島、それらに加えて与那国島、久米島、薩摩半島などにも配備して、鉄壁のミサイルバリアを構築する必要がある(拙著近刊『トランプと自衛隊の対中軍事戦略』講談社刊参照)。軍事では、中途半端は許されないのだ。
興味深いことに、ありとあらゆる兵器システムを開発し、保有しているアメリカ軍といえども、地対艦ミサイルシステムだけは保有していない。そして、アメリカ軍需メーカーでは、地対艦ミサイルシステムを製造していない。なぜならば、アメリカ軍は先制攻撃をも辞さない攻撃的防衛戦略に立脚しているため、専守防衛兵器である地対艦ミサイルシステムを保有しようなどというアイデアは生まれなかったのだ(ただし、冒頭で述べたように、アメリカ自身の海軍力の低下のために、地対艦ミサイルを用いようというアイデアが論じられ始めている)。
そして、日本同様に専守防衛を標榜している中国人民解放軍は、地対艦ミサイル先進国である。中国の領域に接近してくるアメリカ海軍や、その“手先”を撃退するために、多種多様な地対艦ミサイルで待ち受ける態勢を固めているのだ。中国に侵攻を企てるアメリカ海軍原子力空母の接近を阻止するための、地対艦弾道ミサイルの完成も間近と言われている。
いずれにせよ、宮古島をはじめ南西諸島の島々に配備されることになるであろう陸自ミサイル部隊は、純然たる専守防衛部隊であることだけは疑いを差し挟む余地がない事実である。