本年8月末をアフガニスタンからの米軍撤収の最終期限に定めたバイデン政権は7月に入るとアフガニスタン国内における米軍最大かつ最重要の拠点であるバグラム空軍基地からの撤収を開始させ、時を待たずして同基地は閉鎖された。その他の米軍拠点も次々にアフガニスタン政府軍に引き渡されて、米軍の総撤収作業は”順調”に実施されていった。
ところが、米軍の撤収と歩調を合わすように、アフガニスタン政府軍と対立していたタリバンはアフガニスタン各地で勢力を盛り返し始めた。7月末にタリバン代表団が中国を訪問し、中国外交当局との公式会談を終えた頃からタリバンの快進撃は更に加速。わずか2週間ほどでアフガニスタン政府軍は壊滅状態に陥った。そしてガニ大統領が国外脱出してアフガニスタン政府は崩壊し、首都カブールはタリバンの手に落ちた。
このほど瓦解(がかい)したアフガニスタン政府はアメリカの傀儡(かいらい)政府と見なされ、同じく崩壊したアフガニスタン政府軍はアメリカによって育成され武器弾薬を供給された軍であった。そして、アメリカのコントロール下にある「傀儡政府」と軍がかじ取りをしてきたアフガニスタン”民主”国家を、バイデン米政権はいとも簡単に見捨ててしまい、結果的にタリバンにアフガニスタンを明け渡してしまった。
アメリカは20年もの長きにわたって2兆ドル以上もの直接戦費をつぎ込み、米軍将兵だけで2400人以上の戦死者と2万人以上の負傷者を出した。アメリカの民間軍事会社関係者の戦死者は3800人を超える。そうした多大な人的犠牲を払って遂行してきたアフガニスタン戦争は、結局何の成果も上げることなく米軍の総撤収によって幕を閉じることとなった。ようするに、アメリカはアフガニスタン戦争において手痛い敗北を喫したのである。
戦争における勝利とは、敵軍を壊滅させるか敵軍・政府を降伏させるかである。第2次世界大戦においてはアメリカの敵であったナチスドイツ政府は壊滅し、日本軍・政府は無条件降伏した。しかしそれ以降、ベトナム戦争、イラクでの戦争などではいずれも米軍が撤収するか、中途半端な状態で米政府が勝手に勝利宣言なるものを発し、後には戦前以上に混乱した社会が残されるというパターンが続いている。そして、アフガニスタン戦争でも世界最高レベルの高性能な兵器と情報システムで身を固めた米軍は敗北を喫したのだ。
今回のアフガニスタンからの見苦しい米軍撤収は、米軍関係者(少なくとも筆者周辺の米海軍・米海兵隊関係者)たちの怒りを買っている。なぜならば、バイデン政権そしてバイデン政権の顔色をうかがう米軍最高首脳陣によって、軍事戦略のイロハを無視した「あきれるほど稚拙な」撤収命令が現地の米軍諸部隊に下されてしまったと見ているからである。
すなわち、アメリカ市民やアメリカのために働いていたアフガニスタン市民、それにNATO諸国などをはじめとする同盟国の市民やそれら諸国に協力していたアフガニスタン市民などがアフガニスタンから無事に退去するはるか以前に、カブールの国際空港とともに撤収作業の拠点となるバグラム空軍基地を放棄してしまったからである。今日のカブールでの混乱は、米軍の撤収に責任があることになる。
もちろん、厳密にはバイデン大統領の命令が大失策の元凶なのだが、歴史には「米軍の無様な逃亡」と悪名を刻むことになるため、筆者周辺の米軍関係者たちは「今後長きにわたって米軍は屈辱にまみれて、恥ずかしくて顔を上げられない」と嘆いている。
おまけに、バイデン政権により素早い撤収を求められた米軍は、アフガニスタン政府軍に供給した大量の武器弾薬や通信機器などを処分(破壊・廃棄)することもできなかった。そのため、下記のような武器弾薬を含む多数の装備を無血でタリバンの手に帰してしまった(米軍情報筋が米会計検査院(GAO)の調査報告書を元に算出)。
軽装甲車両:2000両以上
各種輸送車両:75,989両
C-130軍用輸送機:4機
ブラックホーク汎用(はんよう)ヘリコプター:45機
偵察戦闘ヘリコプター:50機
自動小銃や機関銃など:60万丁以上
7.62mm(NATO標準)小銃弾:20,150,600発
機関銃弾:900万発
過去4年ほどにわたって、主として日本周辺の安全保障に関係する米軍内部の動きや米軍側の意見、それに筆者の分析などを紹介してきた本コラムでは、同盟国である米軍の事情を伝えることにより、日米同盟に対する米軍の雰囲気や真意を読者に読み取っていただき、日本の防衛を日米同盟に頼り切っているという現状では、近い将来とんでもない事態に立ち至るであろうという状況を、わずかでも感じ取っていただくための情報提供に注力してきた。
しかしながら、本コラム執筆中の安倍政権から菅政権へと続いてきた日本の防衛姿勢と言えば、ますます対米従属を強めつつある。そのような日本防衛当局の実態を感じ取っているアメリカ側では、アメリカ自身の軍事戦略遂行に日本を使えるだけ使ってしまうに限るという傲慢(ごうまん)さが、米軍自身の相対的戦力低下に反比例するようにますます強まってきているというのが実情と言わざるを得ない。
自国の防衛をアメリカに頼り切っている日本政府やメディア、そして多くの国民は今回のアフガニスタンでの米軍の撤収を強く心に留め置かなければならない。なぜならば、アフガニスタンでの米軍の「敗北」は、ベトナム戦争での手痛い敗北以上に深刻な軍事的敗北であるのみならず、本コラムでも幾度か言及したアメリカの同盟国であるフィリピンが中国にスカボロー礁を奪取されたスカボロー礁事件に引き続き、同盟・友好国(今回は「傀儡政府」であったが)に対する裏切りを繰り返したからである。
バイデン大統領は、「米軍は、アフガニスタン軍が自ら戦おうとする意思がない戦争で戦うべきではないし、命を落とすべきではない」とカブールでの撤退劇を自己弁護した。
この言葉こそが、筆者のコラムでも取り上げてきたように、常日頃米軍関係者たちが、日本の国防努力の超スローな進展を危惧して「アメリカ国民は自らの国防のために自らの血を流そうとする意思(will to fight)に乏しい国のために、アメリカ人の血を流すほど寛容でお人よしではない」と口にしていたのと寸分たがわない。
日本政府がことあるごとに日米同盟があたかも世界で最も強固な同盟関係のように宣伝し続けているため、日本社会では日米同盟はアメリカにとっても特別重要な同盟のように勘違いされている。確かに、自らの確固たる防衛戦略を保持していない現在の日本にとってはアメリカの軍事力に頼り切るという日米同盟は特別な存在である。しかしアメリカ政府や米軍にとって日米同盟は「one of them」にすぎず、NATOにくらべれば確実に重要度は低い。
ベトナム、スカボロー礁、そしてアフガニスタンと、アメリカは常にアメリカ・ファーストであり、それはアメリカに限らずいかなる独立国にとっても当然の行動なのである。アフガニスタンの傀儡政府・軍がゴミくずのように見捨てられた現実を目のあたりしたであろう日本政府は、アメリカに自国の命運を委ねるような「病理的米軍依存」から脱却するために、独立国家としての防衛戦略を策定し、その戦略遂行に必要な軍事システムを再構築する努力を開始しなければならない。
*****
今回で本コラムを終結させていただきます。読者の皆様には、長い間拙論にお付き合いいただきありがとうございました。引き続きJBpress(jbpress.ismedia.jp)上で拙論を展開していく予定ですので、生の軍事情勢などにご関心のある方々にはご一読していただければ幸いです。