北朝鮮の核・ミサイル実験の再開
2018年6月の米朝首脳会談を境に、北朝鮮との間で結ばれた「完全なる非核化」の合意が実現されるかどうかが注目されてきたが、首脳会談以降、事務レベルでの対話は全く進まず、ポンペオ国務長官は対話すら出来ない状況にある。当時から言われてきたことではあるが、この合意はあまりにも曖昧で、両者の間で「非核化」の意味も合意されていないまま話が進んでいるがゆえに生まれた混乱だと考えられる。また、トランプ大統領は首脳会談での合意を一定の成果と認めており、北朝鮮が核・ミサイル実験をしない限り非核化のプロセスは進んでいると認識している。北朝鮮を追い込むために進めてきた「最大限の圧力」は緩和され、制裁違反行為が横行している中で、アメリカは北朝鮮の人権問題などに関する制裁強化を始めており、次第に米朝宥和ムードが消え始めている。また北朝鮮が密かに核施設を稼働させ、ミサイル基地を拡大しているといった報道もなされている。さらに北朝鮮は米国による単独制裁を批判するような言説を展開するようになってきている。
これらのトレンドは全て米朝対立の方向を向いている。2018年2月の平昌オリンピックで南北関係が劇的に改善し、韓国の文在寅大統領は積極的に南北首脳会談を進めて、板門店宣言、平昌宣言を採択し、朝鮮戦争の終結を実現しようとしている。しかし、2018年内に金正恩をソウルに招待し、首脳会議を開くことは実現しなかった。これも米朝関係の悪化の影響とも言えよう。いずれにしても、2019年の米朝、南北関係をみていく上で注目すべきは、北朝鮮がいつ核・ミサイル実験を再開するか、という点である。既に核実験は6回、ミサイル実験もアメリカ本土に届く火星15の実験がなされたこともあり、すぐに実験再開の必要性があるわけではない。しかし、実験停止は米朝関係をつなぎ止める唯一の根拠となっており、北朝鮮が本格的に米朝対立モードに戻る時は、何らかの形で実験をするものと思われる。それまでは当面「戦略的忍耐」と同様、北朝鮮の核・ミサイル開発製造が進んでいるとしても、それを交渉や介入で止めることは難しいだろう。そして北朝鮮が核・ミサイル実験を再開するときにはアメリカに対して直接抑止が出来ると確信できた時であろう。そうなると東アジアの力関係は大きく変わることになる。
米中貿易戦争はどこで幕引きとなるのか
2018年を騒がせた大きな出来事は米中の貿易戦争であった。トランプ政権による鉄鋼・アルミニウムの関税引き上げに始まり、中国の知的財産権の侵害を根拠に多額の関税をかけ、中国はそれに報復関税をかけることで米中貿易戦争が勃発した。11月末のG20で習近平主席と首脳会談を行ったトランプ大統領は、中国がアメリカへの報復関税の一部を取り下げ、農産物の輸入を進めることで貿易戦争のテンションを下げていくことが合意されたかのように見えたが、その直後にカナダでファーウェイのCFOが逮捕されたことで状況はさらに悪化している。この逮捕は2010年から2013年の間にファーウェイが制裁されているイランへの不正輸出を行ったことが根拠とされており、アメリカの要請によりカナダで逮捕されたのだが、不正輸出は名目であり、実際は米中の技術覇権争いであるとか、中国がファーウェイの通信機器を通じてアメリカの機密を盗んでいることへの対処だとか、米中対立の緩和を望まない勢力による罠だといった議論がなされている。いずれにしても、米中対立は緩和する方向にはない。
果たしてこの米中関係は2019年にどうなっていくのであろうか。一つには前編でも論じたようにトランプ政権が「自国ファースト」路線に偏り、政策決定過程が不明瞭になると、米中対立を望むナヴァロ大統領顧問などの存在が大きくなり、アメリカが引き下がる可能性が一層低くなるものと思われる。他方、中国では習近平主席がこの問題を解決できなければ、国内における権力構造が不安定化し、憲法改正までして権力の集中を図ったにもかかわらず、その立場は危うくなる可能性がある。その意味では中国の方が腰が引けた対応にならざるを得ず、一方ではアメリカに対して強硬に出て成果を勝ち取るポーズを取りながら、他方でアメリカとどこかで妥協し、その強硬姿勢を解きほぐしていかなければならない。そうなると、アメリカがいかに習近平の面子を立てながら逃げ道を用意し、交渉の着地点を提供出来るか、という点が注目すべき点であろう。
イラン核合意の行方
大統領就任前からイラン核合意を破棄すると宣言していたトランプ大統領だが、就任後しばらくはティラーソン国務長官(当時)やマクマスター安保担当補佐官(当時)などに制止されていた。しかし、2018年3月に彼らが政権から去ると5月にはイラン核合意からの離脱を宣言し、8月には自動車などの工業製品に対する制裁の再開、11月にはイラン産原油の禁輸と金融制裁を再開した。イラン核合意を結んだアメリカ以外の五ヶ国(英仏独中露)は核合意から離脱することはせず、イランも核合意を遵守し続ける姿勢を見せている。
しかし、イランの経済状況は悪化する一方であり、政権が強気の姿勢を見せて制裁には屈しないとはいいつつも、国民が疲弊してくることは間違いない。2019年には大統領選挙も国会議員の選挙もないため、国民の意思を示すことは出来ず、2017年末から2018年初にかけて起こったようなデモが繰り広げられる可能性もある。しかし同時に、今回の経済悪化はアメリカの制裁によるものであることも確かであり、政権に対する不満をぶつけても問題が解決するわけでもないため、国民の怒りの行き場がない状況を作る可能性もある。現状ではイラン社会は落ち着いているが、この経済的な不満がどこに向かうのか、また政権指導部と保守派の革命防衛隊などが耐えきれなくなり、挑発的な行動をとるかどうかといった点が注目される。現在は八方ふさがりのイランが暴発することになれば、中東の秩序は大きく乱れることになるだろう。
ハーショグジー氏殺害後のサウジの向かう先
イランの行動の行方はサウジの出方次第ということもあるだろう。サウジの権力を握ったムハンマド皇太子はイエメン内戦への介入、カタールとの断交などの強硬派路線を継続しているが、彼が進めるサウジアラビアの経済改革である「ビジョン2030」を実現するための重要な政策であったサウジアラムコの株式上場が実行出来ず、それをきっかけにムハンマド皇太子の影響力に陰りが見えている。また、トルコのイスタンブールにあるサウジ領事館でアメリカ在住のサウジ人ジャーナリストであるハーショグジー氏が殺害された事件で、ムハンマド皇太子の関与が疑われるとして国際社会から強い非難を浴びることとなった。
しかし、この事件でサウジ国内のムハンマド皇太子の影響力が弱まることはなさそうである。ムハンマド皇太子は腐敗した王族や政府高官を200人近く監禁し、強引な政権運営が問題視されるかとみられていたが、ハーショグジー氏殺害以降も監禁されていたトゥルキ王子などが皇太子の権威を認めるなどしており、彼の足下は揺らいではいない。しかし、国際的にはムハンマド皇太子が主導するイエメン内戦への介入も支持を得られなくなり、2018年末にスウェーデンで和平交渉が進められ、敵対するフーシ派が支配するホデイダ港の中立化や捕虜交換などが合意された。これまでサウジを支持してきたアメリカや欧州各国は次第にサウジの支援から手を引きつつあるが、それでもサウジはUAEをはじめとするアラブ諸国との関係は強化しており、従わない国家はカタールのように排除するという強硬な手段を執り続けている。
このような状況の中、2019年にはサウジアラムコの再上場の話が出てくるかどうかが注目すべき点となるだろう。ムハンマド皇太子が自らの権力を確立し、対外的にも信用を回復するためには「ビジョン2030」の実現が不可欠であり、そのための軍資金となるサウジアラムコのIPOは不可欠な手段である。また、対米関係においては、サウジが進めようとしている原子力開発のための米サウジ原子力協定を結ぶことが出来るかどうかが注目される。イランの核開発を懸念し、サウジも原子力技術を獲得することを目的としていると言われるが、鍵となるのはサウジ国内で低濃縮ウラン燃料の製造が認められるかどうか、また使用済み核燃料の再処理が認められるかどうかという点になるだろう。これらの技術はイランが既に持っており、核兵器開発に直結するものだけに、アメリカは強く反対しているが、こじれかけている米サウジ関係の中で、原子力協定が交渉材料になる可能性があることも確かである。
その他の地域での注目点
これらの注目点の他、ロシアのプーチン大統領が下落する支持率を回復するための軍事的活動を活発化するかどうか、特にウクライナとの関係で黒海のクリミア半島とロシアとの間のケルチ海峡を封鎖し、アゾフ海を支配したことなどにみられるような、ウクライナに対する更なる圧力が、現在沈静化しているウクライナ東部のドンバス地方での紛争に影響するかどうかも興味深い。
またアジアではタイの軍事政権が長期政権化し、今後の民主化に向けての動きが強まってくるかどうかも注目したい点である。これまで地方(赤シャツ・タクシン派)と都市(黄シャツ・反タクシン派)の対立が激しく、仮に民主化が進んだとしても、これらの対立が再燃する可能性は高い。
同じくアジアではスリランカを巡る中印の対立も注目点である。スリランカでは中国が援助して建設された南部のハンバントタ港が、借金のカタとして中国に租借されることとなり、中国の影響力強化に対する懸念が強まっている。現在のシリセナ大統領は親中派のラジャパクサ元大統領と争って勝利した人物であり、当初インドとの関係が深いウィクラマシンハを首相としていたが、2018年10月に突如ウィクラマシンハ首相を解任し、ラジャパクサ元大統領を首相とする決定を発表した。しかも12月に入ると政治プロセスの混乱を理由にラジャパクサが首相を「辞任」し、ウィクラマシンハを再度首相にするという混乱ぶり。この対立が「自由で開かれたインド太平洋」構想に影響していく可能性もあるだろう。
ラテンアメリカでは、経済的混乱が止まらないベネズエラのマドゥロ政権の行方が注目されるところである。ベネズエラのハイパーインフレはとどまっておらず、国民の生活の困窮は慢性化した状況にあるが、反政府運動がどの程度盛り上がるのか、また先日ドローンを使った暗殺未遂事件もあり、こうした突発的な事件が起こる土壌はなくなってはいない。アメリカのボルトン安保担当補佐官はベネズエラを新しい「悪の枢軸」の一つとして捉えており、アメリカがどの程度ベネズエラの状況に介入するのかも注目する点になるだろう。
また、ブラジルでは「ミニ・トランプ」と言われるボルソナロが1月1日に大統領に就任する予定だが、彼はイスラエルにある大使館をエルサレムに移転することや、中国に対する反発を強く持ち、トランプ大統領との共通点も多いポピュリスト的大統領になるとみられている。果たして選挙期間中に訴えていたことがどの程度実現されるか、またブラジルの治安安定化などで成果を上げられるかどうか注目していきたい。
最後にオーストラリアのモリソン首相の将来も注目に値する。彼はターンブル首相を党内選挙で追い落とし、首相の座を奪ったが、かなりトランプ大統領に近い政策を展開し、反移民政策などでは強硬な姿勢を示している。また大使館のエルサレム移転を訴えていたが、結局世論の反発などがあり、イスラエルの首都をエルサレムと認めると宣言しつつも、大使館の移転は「二国家解決」が成立したときに行うと後退した。オーストラリアはここ数年、頻繁に首相が交代しており、政治的に不安定な状況が続いている。モリソンはポピュリスト的な言説で支持を得ようとしているが、それが逆に強い反発も招いており、そうした中で首相の座を維持出来るのかどうかが注目される。もし彼が首相の座を失うことになれば、オーストラリア政治は一層不安定化が進むと思われる。