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強い男になりたい 「男性ホルモンを増やす」宣伝に振り回される人たち 

ニューヨークタイムズ 世界の話題
A study published in 2017 in the Journal of Urology found that prescriptions for testosterone have risen 300% since 2001. According to the Urology Care Foundation, however, only about 2 in 100 men may have testosterone deficiency. (Chris Gash/The New York Times) -- NO SALES; FOR EDITORIAL USE ONLY WITH NYT STORY TESTOSTERONE SUPPLEMENTS BY ADAM POPESCU FOR AUG. 28, 2019. ALL OTHER USE PROHIBITED. --
Chris Gash/©2019 The New York Times

「テストステロン(訳注=精巣間質細胞で生成される男性ホルモンの一種)の検査を受け、その数値を知ってパニックになった」と42歳のユージーンは言う。米ロサンゼルスのビバリーヒルズで映画監督兼編集者をしている彼は2016年、髪の毛が薄くなったことや体力の減退に気づき、テストステロンの低下によるものと思うようになった。彼が、毎日のむことでテストステロンが増強されるというサプリメント「DHEA」の2年服用療法を始めたのはその時からだ。

「残念ながら、特に変化はなかった」とユージーン。医者は彼にサプリの服用をやめるよう告げた。ユージーン(以下、関係者の病歴を非公開にするために一般人の名前をファーストネームだけにします)は、もう一度テストステロン検査を受けたが、数値は依然として低く、「皮膚にテストステロン注射をすべきかどうか、あちこちに尋ね、注射はしないことにした」。その代わり、ある友人がマツ花粉をすすめてくれた。

そこで彼はネット通販Amazonでマツ花粉を買い始める。ブランドを選んで生の花粉を届けてもらい、食事や運動にもっと気を配るようになった。だが、相変わらず疲労に悩まされていた。

健康診断の際に、この新しいルーチン(決まり事)を話すと、「医者は肩をすくめた。『効き目があるかどうか分からないけど、続けたければ、どうぞ』とその医者に言われた」という。

米泌尿器科学誌「Journal of Urology(ジャーナル・オブ・ユーロロジー)」に2017年に発表された研究だと、2003~13年の間、18歳から45歳の男性のテストステロン補充療法の利用率は4倍に増えた。増加が特に顕著なのは、テストステロンの数値が低い人向けのテレビのコマーシャルが放映されている米国内の地域だった。しかし、「泌尿器ケア財団(UCF)」によると、テストステロン欠乏の可能性があるのは男性100人のうち、わずかに2人程度だ。

この研究では、テストステロンに関する処方は2001年以来、4倍に増加した。テストステロンの処方に沿って、健康産業界はDHEAや花粉、シカの角などのサプリの販売促進に力をいれている。だが、そうしたサプリの多くはテストステロンを含んでおらず、研究が不十分で規制もされていないという。

この業界は、強壮さやリビドー(性的衝動)といった男性らしさのアーキタイプ(典型)に対する不安につけこんでいる。市場調査会社Grand View Research(グランドビューリサーチ)の調べによると、このサプリ市場は2015年の260億ドルから24年までに3千億ドル規模に近づくと見込まれている。

テストステロンの分泌は年齢とともに低下する傾向があり、そう診断される前に、しばしば著しい疲労や性欲の減退、筋肉量の減少、さらには癇癪(かんしゃく)のようなありふれた症状から勃起不全といった重い症状まであらわれる。

ニューヨークのオールバニ医科大学の泌尿器科医チャールズ・ウェリバーによると、患者はしばしば抜け毛や性欲減退など老化の一般的な兆候に気づき、心配して速やかな治療を求めてくる。

テストステロンを補いたがる男性の大半は、とりわけ40歳未満の場合は、その必要がないレベルにあるとウェリバーは言う。ほとんどが強壮さを求めているのだ。

「若い男性たちはこの思いにとりつかれ、医師が何と言おうとまったくおかまいなしだ」とウェリバー。「誰もが自分が一番大きくて、一番強い男だと思いたがっている。テストステロンの数値は400が正常値の時でも、5千はあるべきだとする怪しい医療情報をオンラインで読んだ」と言う。

テストステロンの分泌増強をうたうサプリは多いが、いずれも科学的な裏付けが乏しいか、未詳である。副腎で自然に生成されるホルモンのDHEAはサプリで摂取することができるが、それがセックスライフを向上させる効能があるかどうかは証明されていない。

もう一つの人気サプリは中国の伝統薬「シカの角」だ。アスリートやフィットネスのカリスマ指導者のインスタグラムで販売の宣伝がなされているが、その宣伝文句を裏付ける研究は欠落している。シカの角スプレーはプロのアメフトリーグ「NFL」や野球の大リーグ「MLB」では使用が禁止されている。運動能力強化薬とみなされる「インスリン様成長因子1(IGF―1)」が含まれているからだ。

2013年、ニューヨークのハイテク人材リクルーターのピーター(当時29)は、より重いものを持ち上げようと、サプリの服用を試し始めた。ニュージーランド原産の蜂蜜とシカの角のエキスを混ぜたAPI Health社のサプリ「Deer Antler Manuka Honey(シカの角とマヌカハニー)」を1瓶(500グラム入り)購入。それは衝動買いだったと彼は言う。インターネットでの検索やNFLスターのレイ・ルイスによるシカの角の治癒力リポートに後押しされた。

だがピーターは体質の強化を感じ取れず、ここ何年かはサプリを服用していない。

「こうしたサプリの有効性を示す研究はなく、当然ながら安全性や毒性に関する懸念を引き起こしている」。ミシガン大学でテストステロンの欠乏と筋力との関係を研究しているマーク・ピーターソンは、そう指摘する。「よくわからないサプリをネット通販で買い、ヘルスストア(健康関連品店)にさえないものを服用しているとすれば、それは運を天に任すような行為だ」男性総合医療機関「Men’s Health Boston(メンズヘルス・ボストン)」の所長で「Harvard Medical Center(ハーバード・メディカルセンター)」の泌尿器科の医療准教授でもあるエイブラハム・モーゲンタラーは、サプリの中には「未公表のバイアグラか、その類似薬が含まれていることを示すものがあり、それがある程度の効果をもたらす可能性がある」と指摘する。服用すると、スタミナやパワーが強化されたと自覚させるカフェインなどの添加剤が含まれているサプリもあるとも言っている。

2011年、ニューヨーク州北部の出身で引退した元弁護士ビル(当時63)は慢性的な疲労感と無気力感に悩まされ、テストステロンの分泌が増える効果があるとうたうクリームを使い始めた。不満が募り、14年まで使ってもテストステロン分泌が低下し症状が悪化したため、ビルはテストステロン注射による積極療法を始め、6週間ごとにテストステロンのペレット(錠剤)を埋め込むなどホルモン補充療法も受けた。

病院で治療を開始して間もなく、ビルの主治医は数値が回復したと告げた。精力も戻った。

主治医は、ビルの治療をもっと侵襲度の低い方法に切り替えた。週に1度、自宅で注射するやり方だ。数週間後、ビルのテストステロン分泌はもっとずっと若い人のレベルにまでなった。ところが16年、重篤な脳卒中に襲われた。

主治医はホルモンの補充療法が発作の原因かどうか判断できないとしていたが、ビルは治療をあきらめた。彼は現在71歳で、完全に快復しているものの、精力は全快していないためテストステロン注射を再開した。彼の話だと、それは治療と脳卒中には関連性がないとの話を主治医の泌尿器科医から聞いた後のことだった。

ところが、米食品医薬品局(FDA)などによる複数の研究によると、テストステロン療法を受けている男性は心臓発作や脳卒中の発症リスクが高いことを示している。テストステロン薬には警告さえ付いている。テストステロンを局所ジェルとして使うよう処方された場合、身体的な接触を介して他の人に転移することがある。

ワシントン大学の内分泌学者ブラッドリー・アナワルトの話だと、若い男性のテストステロン問題は栄養状態を改善したり、運動したりするのと同じくらい簡単に解決できる。

「1日30分の運動は健康にもセックスライフにも効果がある」とアナワルト。「そのアドバイスはどんなサプリや処方薬を服用することよりも重要だ」と言っている。(抄訳)

(Adam Popescu)©2019 The New York Times

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