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「私はどこにいるの?」 自由の代償としての孤独、デジタルノマドが語った課題

World Now 更新日: 公開日:
友人と食事に出たトルコ出身のソフトウェア開発者カーンさん(右から2人目)
友人と食事に出たトルコ出身のソフトウェア開発者カーンさん(右から2人目)=2025年12月2日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

アジアの街々で出会ったデジタルノマドを追う連載の第10話。彼らが体現する「自由」の裏側にある困難に焦点を当てる。移動を続ける彼らの日常は「別れ」の繰り返しでもある。深まらない人間関係、ふと訪れる「自分はどこにも属していない」という感覚。東南アジアで出会った2人が率直に語ってくれた。

列車はマレーシアのバターワース駅に到着した。私はここからフェリーで、対岸のペナン島に渡った。

マレーシアのバターワース駅付近からフェリーに乗った
マレーシアのバターワース駅付近からフェリーに乗った=2025年12月12日、金成隆一撮影

デジタルノマドの取材を続けるため、彼らにも人気がありそうなコワーキングスペースで32リンギ(約1250円)の1日利用券を買ったが、週末と重なったためか、ほとんど利用者が来なかった。

だだっ広い部屋で、タイとマレーシアで出会った計33人分の取材ノートを広げ、メモを整理した。

これまでの取材ではノマド生活の明るい面に話題が偏りがちだったが、旅が続くことがもたらす課題を指摘する人も少なくなかった。

それが「孤独」と「疲労」だ。一人で旅する人が多いので、自然だろう。

60カ国を巡ったノマドの意外な言葉

タイ北部の古都チェンマイにある滞在施設で、コミュニティーマネジャーを務めていたメキシコ出身のカーラさん
タイ北部の古都チェンマイにある滞在施設で、コミュニティーマネジャーを務めていたメキシコ出身のカーラさん=2025年12月1日、金成隆一撮影

私が滞在したタイ北部チェンマイにあるコリビング施設で、コミュニティーマネジャーを務めていたのが、メキシコ出身のカーラさんだ。

本連載でも繰り返し触れてきたが、働くだけでなく同じ敷地内で宿泊もできるのが、「コリビング(co-living)」施設だ。

「私の役割は、ノマドにここが『ホーム(家)』だと感じてもらうことです」

彼女はそう語り、イベントを企画して滞在者に参加を呼びかけたり、新しく来た人が孤独を感じないよう声を掛けたり、気を配っていた。

そんなカーラさん自身も2018年以来、コロナ禍の2年を除いて、約5年にわたり世界各地を回ってきたデジタルノマドだ。

メキシコの大学を卒業後、中国の大学院で2017年に修士号を取得。スペイン語と英語に加えて、中国語も操るスキルセットを武器に、アメリカ企業からフルリモートの仕事を勝ち取った。強い通貨ドルで稼げることは、デジタルノマドとして安定の基盤となった。

コロナ禍で一時は母国メキシコに戻ったが、その後はブラジルなどの南米、スペインをはじめとするヨーロッパ、さらには北アフリカからアジアまで、約60カ国を巡ってきた。

自身にも、これまでに9カ国で同じようなコリビング施設で滞在してきた経験があり、それぞれの場所でコミュニティーマネジャーに救われてきた。

今回は、その逆の立場にいることになる。経験豊富なデジタルノマドと言えるだろう。

しかし、インタビューを進めるうち、思いがけない方向に話が展開した。

移動がもたらす人間関係の短さ

自分がいたい場所を自由に決められる柔軟性には、本当に感謝している。でも同時に、私が選んだこの生き方には欠点もある

カーラさんは、そう切り出した。

体験してきたのは、頻繁な移動がもたらす人間関係の短さと、身体の疲労だ。

アメリカ企業でプロジェクトマネージャーとして働く彼女にとって、アジア滞在中の時差は過酷だった。

東南アジアを旅する人々
東南アジアを旅する人々=2025年12月12日、マレーシア、金成隆一撮影

同僚やクライアントとリアルタイムで会議をする必要があり、チェンマイでは夜10時から朝5時まで働く。昼夜逆転の生活を長く続けた結果、身体は疲れ切っていた。

それに加えて、気候や食べ物など、国を移動するたびに環境も激変する。それが自身の免疫システムも含めた身体に与える負担を「長い間、見過ごしてきた」という。

 

あっけない別れにも「慣れる」

身体的な疲労と同じように困難だったのは、人間関係だという。

繰り返し国境を越えてきたため、1年半も家族と会えておらず、友情や恋愛といった関係を維持することも容易ではなかった。いくつものコリビング施設で暮らしてきたカーラさんは、こう説明した。

コリビング施設での人間関係は、特殊なスピードで深まっていく。

朝起きてキッチンで顔を合わせ、仕事の合間にも短い言葉を交わし、時には昼食や晩飯も一緒。出身地や家族から遠く離れ、異国で暮らす「ストレンジャー(異邦人)」同士だからこそ、急速に絆が生まれる。

誰もが友人を作りたがっている。同じようなニーズ、似た考え方を持つ者同士なので、友人になるのは簡単だ。

だが、その出会いの後には、必ず「別れ」が待っている。

さらに、それが短いサイクルで繰り返される。

「誰かと出会っても、数週間後には別れ、もう二度と会わないかもしれない。最初は、人々にグッバイを言うのが本当に辛かった。でも、時間が経つにつれて、それにも『慣れて』しまうんですよね

 もちろん地球上のどこかで再会できる友人もできた。年に1、2回会えれば、このライフスタイルでは「頻繁」な方だという。地元で毎週会えるような関係性とは根本的に異なるのだ。

カーラさんは疲労の蓄積もあり、予定を早めてメキシコに帰国するという。

しばらくは時差の小さいメキシコから働き、「家に帰ったときに自分がどう感じるかは自分でもわからない。また旅に出たくなれば、出る。自分の心に従う」と語った。

「ここはどこ?」

仕事の合間にコワーキングスペースの外で友人と談笑していたトルコ出身のカーンさん(右から3人目)
仕事の合間にコワーキングスペースの外で友人と談笑していたトルコ出身のカーンさん(右から3人目)=2025年12月2日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

カーラさんと同じコリビング施設で、もう一人、心の内を深く語ってくれた人がいた。

トルコ出身のソフトウェア開発者、カーンさん。

自己紹介をお願いすると、こう答えた。

「私はリモートで働くソフトウェア開発者。現在タイに住んでいて、人生の居場所を見失っている、ちょっと迷っている状態。(言葉にすると)そんな感じかな」

大学で産業工学を学んで2020年に卒業後、独学でプログラミングを習得し、トルコ企業の正社員としてフルリモートで働いている。

デジタルノマドになった背景には、母国の閉塞感もあった。「未来の見えない」環境から逃れるかのように、タイ、マレーシア、ベトナム、スリランカ、日本など、国境を越える生活を始めた。

しかし、その移動の繰り返しが、彼の心を少しずつ削っていった。

移動が引き起こす「乖離感」

「生まれた場所や自分の生態系から遠く離れて生きるというのは、心理的にちょっと混乱するように感じる。1カ月、2カ月単位でゆっくり滞在していても、『迷子』になっている感覚がどんどん強くなっていった」

チェンマイのような、ノマドが集まるハブに行けば、1カ月に100人もの新しい人と出会う。出会っては別れ、また新しい人がやってくる。

「環境が変わり、新しい人、新しい食べ物、新しいライフスタイルが次々と出てくる。だからだろうか、心が落ち着かないんだ。どこか消耗してしまいそうでもある」

やがて彼は、とある感覚に襲われるようになった。

「乖離感(Dissociation)を抱えるようになった。ある瞬間に突然気持ちが切り替わって、心の中で『ここはどこだ? なぜ自分はここにいる?』と思ってしまう」

定住で取り戻す「普通の人間」の感覚

バイクであふれるタイ北部の古都チェンマイの交差点
バイクであふれるタイ北部の古都チェンマイの交差点=2025年12月2日、金成隆一撮影

だから今、「定住」を試みている。

場所はチェンマイに決めた。山々に囲まれた、落ち着いた環境。観光地ではあるが、外国人への地元住民の視線が柔らかく、「普通の住人のように普通に扱ってくれる」。

繰り返し通う食材店や飲食店では、挨拶できる顔見知りがいる。仕事場を同じコワーキングスペースに決めているのも、知り合いがいるからだ。

長期契約のアパートをコワーキングスペースの近くに借りた。現地の人と話せるようにタイ語も学んでいる。

バイクの運転免許証もタイで取得した。自分のバイクを買うつもりだ。

「今ここに自分の居場所があると感じられていて、その方が心地よい。ここでは(旅人ではなく)普通の人間であるように感じられている」

「たくさんの人が来たり去ったりするが、私は長期滞在者と友人になるようにしている。また会えるから。自分のメンタルヘルスを安定させるため」

タイ北部のチェンマイの風景。昼寝する運転手の足だけが見えた
タイ北部の古都チェンマイの風景。昼寝する運転手の足だけが見えた=2025年12月8日、金成隆一撮影

自由の代償、そして次なる地へ

国境を越え、働く場所を自由に選べる自由を手にしたとしても、自分がどこに属しているのか分からないという帰属感のなさを感じる――。

これは「ロケーション・インディペンデント(場所に縛られない生き方)」がもたらす、代償なのだろう。

2人は初対面の新聞記者に過ぎない私に、自身の「孤独」や「迷い」「疲れ」を語ってくれた。

ペナン島の静かなコワーキングスペースで取材ノートをめくり直していて、次の取材のフォーカスが定まった。

漂流感や孤独と向き合うデジタルノマドたちにとっての「コミュニティー」の存在だ。コミュニティーづくりが活発な街は、それ自体が新たなノマドを惹きつける強い磁力となっているらしい。

アジアの中で、特にその評判が良かったのがベトナム中部のダナンだ。彼らが求める居場所とはどんなものか、様子をのぞいてみよう。

私はペナン島からダナンへと飛んだ。

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