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「ライバル政党は『恐怖』だ」 選挙を楽しむ国だったアメリカ、この亀裂はなぜ

World Now 更新日: 公開日:
トランプ集会で「米国を偉大なままに」とのメッセージを掲げる少女。父親に肩車されていた=2018年11月、オハイオ州クリーブランド、金成隆一撮影

うらやましいな。アメリカで選挙を取材していると、そんな思いに駆られる。

大統領選は4年に一度、国を刷新する機会だ。その年の11月、有権者は自国の大統領を選ぶ1票を投じることができる(大統領を選ぶ選挙人を選ぶ選挙なので、厳密には間接選挙だが)。大統領には国家元首の意味合いもある。

たった一度の選挙で「オバマのアメリカ」から「トランプのアメリカ」という激変が起こりうる。そもそもオバマは2004年の全国党大会での演説で全米規模の注目を集めた若手政治家に過ぎなかったが、わずか4年後の大統領選で当選した。投票で変革は起きる、変革を起こせる。そんな実感があるのだろう。

ほとんどの候補者が出馬表明を前年の夏までにはするため、選挙戦は、1年半ほど続く「耐久レース」だ。日本とは制度が大きく異なる。有権者は、候補者の歩み、出馬表明や集会、テレビ討論会での演説と振る舞い、政策、人柄などを比較し、時間をかけて吟味する。

自分や子どもの暮らし、街の将来にとって誰がベストか――。自分の頭で考えて、自分の言葉で支持を語る。記者として平静を保たねばならないが、その言葉に感心してしまうことが多い。

例えば、製鉄業などが廃れたラストベルトで暮らす白人男性ジョセフ(66)。高卒後に40年近く、オハイオ州の製鉄所で働いた労働者だ。ずっと民主党支持だったが、4年前に初めて共和党トランプの支持に回った。

ただ、トランプ政権になっても「賃金のよい仕事」が戻る気配はない。私がそう指摘すると、反論した。「どの政治家も30年やれなかったことを、たった1期4年でやれるわけがないじゃないか。トランプが公約の10%でもやれば、オレは満足だ」

いまアメリカでは誰もが分断を語る。ジョセフは、都市部で聞くのとは異なる視点を語ってくれた。

「アメリカは二つの異なる国でできている。カリフォルニアの連中はオハイオのことなんて気にしちゃいない」

こう続けた。「彼らは中国やメキシコから物品を輸入し、列車に乗せて全米に送り込む。だから『ハートランド』の仕事がなくなった。彼らが輸入する物品はかつて俺たちがつくっていた。俺たちがつくっているんだから、最初から輸入する必要はなかったんだ。トランプが海外の鉄やアルミに関税をかけ、価格が上がってみんな泣いていたが、オハイオでは誰も泣いていないぞ」

ハートランドとはオハイオ州などアメリカの真ん中のエリアだ。ジョセフの目には、かつての共和党も民主党も自由貿易を推進し、カリフォルニアやニューヨークなど沿岸州の利益を優先させたようにしか見えない。トランプが社会保障の維持を約束し、自由貿易協定を批判したことが気に入った。かつて組合活動の最前線にも立った鉄鋼労働者の「転向」に周囲は驚いたが、そんなことは気にせずジョセフは車に「トランプ」看板を掲げて街を走った。

主張はそれぞれだし、首をかしげてしまうこともあるが、こんな風に選挙に積極的に関わる人が多い。1票を投じるまでのプロセスを明らかに楽しんでいる。

アメリカの地方の風景=2019年1月、オハイオ州、金成隆一撮影

ボランティアで支持を呼びかける電話をかけたり、戸別訪問したり。少額の政治献金も盛んだ。手作りバッジを周囲に配ったり、自作の看板を路上に掲げたりする人もいる。テレビ討論会の観戦パーティーも各地で開かれる。コロナ禍の2020年はオンラインで観戦パーティーが開かれた。

何で支持するの? そんな質問をすれば、多くが20分ぐらい平気で語る。普段から自分の頭で考えているからだろうなと思う。

就任式では、新任の大統領が選挙を通じた権力の平和的な移行を誇らしげに語る。アメリカ人の多くが自国の民主主義を誇りにしてきた。
ところが今、そんなアメリカの民主主義が揺れている。何が起きているのか。

■都市と農村、トランプ支持の境界はどこに

ニューヨーク・マンハッタンの風景

「この先、大統領トランプの地盤」。そんな境界線がどこかにあるのか――。

この5年間、トランプ支持が根強い地域へ、大都市ニューヨークから車を走らせるたびに感じてきた。都市部ではトランプは冷笑の対象だが、地方には、いつの間にか支持者の多い地域が広がっている。

ペンシルベニア州ルザーン郡もそんな場所だった。オバマの2連勝後、4年前にトランプが19ポイントの大差で勝った。マンハッタンから2時間の運転で着いた山間のバーでは白人男性トロイ(22)がビールを飲んでいた。普段はニューヨークの学生だが、地元に帰省中という。アジア系の私が明らかに部外者だからだろうか、悩みを語り始めた。

「今の米国で不愉快なのは、共和党員だと市民的な自由のために闘えず、民主党員だと経済的な自由を求めることができないことだ。こんな分断が嫌いだ」

減税に賛成と言えば、リベラル派から「おまえは共和党だ」と言われ、「どの人種も公平に生きられる社会にしたい」と言えば、保守派から「おまえは民主党だ」と言われるという。

「同級生は超リベラル。でも帰省すると周囲はトランプ支持者で、超保守。僕は同級生の中では保守派だが、移民を悪く言うトランプには反対で、あんなこと言うのは心が閉じているからだと残念だ。ところが超リベラルの側も、異なる意見の相手を非難するばかりで、聞く耳を持たない。二つの『心の狭い』人々に挟まれ、ちくしょう!という気分だ」

アメリカの地方の風景=2018年3月、ペンシルベニア州、金成隆一撮影

バーの人々は、トロイ以外は誰もがトランプへの支持か好感を語った。これがニューヨークに戻れば逆になる。リベラルと保守に割れた米国。トロイの嘆きは、それを象徴しているようだった。

米国で2極化が進む。ピュー・リサーチ・センターのイデオロギー変遷調査によると、共和党支持層のうち民主党支持層の中央値より保守に位置する割合は、1994年の64%から14年の92%に増えた。同様に共和党支持層の中央値よりリベラルに位置する民主党支持層の割合は、1994年の70%から2014年の94%に増えた。

両党の支持層がそれぞれの方向にイデオロギー色を強めた結果、両者のグラフを重ね合わせると「真ん中」の部分が減り、ふたこぶラクダのようになる。

保守とリベラルの双方にまたがる有権者が減り、両方の立場が混じる「真ん中」が細っている。

リベラルと保守に分極化が進み、左右に山ができ、真ん中が細っている。ピュー・リサーチ・センターのイデオロギー調査から

■ライバル党に感じる「恐怖」

分極化の結果だろう、ライバル党への恐怖を語る人が目立つ。

インディアナ州で暮らす共和党支持のブライアン・アダムズ(56)は9月の電話取材に、民主党の「左傾化」が「恐怖」だと語った。

「民主党が社会主義勢力に乗っ取られるのではと心配だ。口を開けば政府の巨大化につながる規制強化ばかり。(環境規制の強化策として)どんな電球や車を買うべきかに始まり、一日の摂取カロリーに至るまで、政府が個人の暮らしに干渉しようとしている」

4年前の大統領選で革新派の上院議員サンダースが若者から熱烈に支持されたことは「衝撃」だったが、今年も勢いを保ったことには「恐怖を感じた」。

確かに2020年の民主党予備選でも左派が存在感を示した。公立大学の授業料無償化や国民皆保険の提案は普通になり、今年は富裕層の財産に課税する「富裕税」や、過去の奴隷制に対する補償の是非など新しい議論も始まった。

ブライアンは焦る。「なんで私が他人の大学費用を負担しないといけない? 自分の学費だってやっと払えたんだぞ。学びたければ自分で学費を払う。当然だろ?米国では個人の自由が尊重され、結果に責任を負うのも個人だ。民主党がやっているのは私たちの原則の破壊だ」

「恐怖」を語る有権者はブライアンだけではない。ライバル政党の主張や存在に恐怖を感じるというのは、見逃せない傾向だと思う。

■揺れる米国の自画像

「アウトサイダー」トランプが変革者としてヘリコプターで登場した。ヘリを見上げる支持者たち=2016年3月13日、フロリダ州、金成隆一撮影

「共和党とトランプが言う『私たち』に自分が含まれていると思えない」

ニューヨークで暮らすヒスパニックの大学生ジェイソン(21)は言う。白人ナショナリストを批判できない大統領が自分を代表していると思えない。彼の言う「私の仲間」には「白人しか含まれないのでは」と感じる。

一方、ジェイソンが支持する民主党は多様性を取り込む。12年前に初の黒人大統領オバマを誕生させ、今年の候補バイデンは、自身の副大統領候補に、父親がジャマイカ出身の黒人で、母親がインド出身の上院議員カマラ・ハリスを選んだ。民主党の集会には人種もエスニシティーも性別も宗教も多様な人が集まる。

共和党側でも大統領選で2連敗後、支持基盤の多様化を模索したことがある。2013年の報告書で、ヒスパニックやアジア系が増え続ける現実を前に多様化しなければ「将来の選挙で負け続けることはデータが示している」と危機感を表明した。

しかし支持者は逆を向き、今では共和党は「トランプ党」になった。「白人が過半数を割ること」への不満、「米国はキリスト教国家だ」との声も聞こえる。2020年夏の全国党大会では、登壇者がトランプを「西欧文明の擁護者」とたたえた。

そして11月の投票日を1カ月後に控えた今、トランプや一部の支持者が、大統領選で敗れても平和的な権力の移行に応じない、納得しないのではないかと深刻に懸念される事態になっている。

「私たち」とは誰なのか、私たちの原則とは何か――。米国が自画像に揺れている。