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ニッチを攻めるコーチング系ノマド 「ポルノ依存脱出プログラム」の料金は、23万円

World Now 更新日: 公開日:
スペイン出身のアドリアナさん(右)と、同郷のセサルさんは一緒に働きながら旅する生活を送っている
スペイン出身のアドリアナさん(右)と、同郷のセサルさんは一緒に働きながら旅する生活を送っている=2025年12月2日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

アジアの街々で出会ったデジタルノマドを追う連載の第9話。今回は「コーチング」で生計を立てる人々に焦点を当てる。タイの寝台列車で出会った23歳の元会計士はイスラム教徒の「ポルノ依存脱出」を支援するニッチ市場を開拓していた。一方で、十分なスキルのない「自称コーチ」がもがいている厳しい現実も垣間見えた。

 

マレー半島を南下するタイ・バンコク発の列車に乗り込む乗客
マレー半島を南下するタイ・バンコク発の列車に乗り込む乗客=2025年12月12日、タイ南部、金成隆一撮影

タイの寝台列車、スーツ姿の青年

私はタイ北部チェンマイを離れ、バンコク経由でマレー半島を列車で南下することにした。

かつてバックパッカーのバイブルと呼ばれた沢木耕太郎の『深夜特急』に憧れ、29年前にたどったルートだ。

ただ、バンコクの駅にかつての熱気はなく、私が2等の寝台列車を選んだせいか、バックパッカーはほとんど乗り込んでこない。

発車直前、私と同じ車両に、1人の男性が駆け込んできた。

違和感しかなかった。周りはTシャツや短パンばかりなのに、彼だけがスーツにネクタイ姿だったからだ。

イギリス出身のモシン・シャーさん(23)。

私がデジタルノマドを取材中の新聞記者だと自己紹介すると意外な答えが返ってきた。

「偶然だね。私もデジタルノマドだよ。コーチングで生計を立てているんだ」

ノマド戦略「IT」「クリエーター」、そして第3の道

これまでにも触れたが、アジア取材で出会った50人以上を整理すると、「持ち運べるスキル」は大きく3つに分類できる。

①IT系

②クリエーター系

③コーチング系(オンラインで何かを教える)

この連載では、これまで①IT系、②クリエーター系を紹介してきた。

今回は、モシンさんのような③コーチング系に焦点を当てる。

マレー半島を南下するタイ・バンコク発の列車から下車した乗客
マレー半島を南下するタイ・バンコク発の列車から下車した乗客=2025年12月12日、タイ南部、金成隆一撮影

発車して間もなく、車内では就寝準備が始まった。

巡回する係員が手際よく寝台を整え、乗客はカーテンを閉めて横になる。ここでの取材は難しそうだ。

話を聞けたのは翌朝、マレーシア入国後の乗り換え待ちの時間だった。

「ポルノ依存からの脱却支援」というニッチ市場

モシンさんは英国で会計士として働いていたが、「誰のために働いているのか分からない仕事」に疲れ、退職。選んだのはオンラインコーチングだった。

支援しているのは、ネット上にポルノが氾濫する中、ポルノ依存症に悩むイスラム教徒の男性たちだという。

提供するのは90日間のプログラム。料金は1200ポンド(約23万円)。

「誰かの人生を前向きにサポートできている手応えがある」

クライアントはイギリス、オーストラリア、アメリカ、インド、カタールなど、英語でビジネスできる世界に広がる。

「敬虔なイスラム教徒である私だから、極めてプライベートな領域にも踏み込める」

ターゲット層を絞り込んだことで、競合がほぼいない独占市場となり、収入も安定しているという。

「ニッチを攻める」という生存戦略。これほど分かりやすい例を、私は他に知らない。

会計士の安定を捨てたことを両親は嘆いていたが、ネット銀行の口座に2000ポンド超が振り込まれた画面を見せると、「少しは理解してくれた」と笑う。

スーツで寝台列車の理由

マレーシア入国直後に取材に応じたイギリス出身のモシン・シャーさん
マレーシア入国直後に取材に応じたイギリス出身のモシン・シャーさん=2025年12月12日、金成隆一撮影

タイでは1カ月ほどムエタイに打ち込み、心身を鍛えた。

ただ、酒が入るパーティー文化の騒がしさが合わず、英バーミンガム時代のような、落ち着いたイスラム教徒のコミュニティーを求め、マレーシアへ向かうという。

別れ際、写真を撮らせてほしいと頼むと、すでに整っている身なりをさらに正した。

「コーチングの仕事は、見た目も含めた信用で成り立つ。移動中でもジャケットを着ているのは、そのためだ」

そこまで話したところで、彼の次の目的地行きの列車が入ってきた。連絡先を交換して別れた。

健康指導のコーチング系ノマドも

コーチング系のノマドには、今回のアジア取材で繰り返し出会った。

第3話で紹介した中国出身の元高校教師レベッカさん(29)は、名門校の教員としての経験を生かし、オンラインで英語を教えていた。

日本出身のリサさん(24)は、ワーキングホリデーでの苦労体験を土台に、これから挑戦する人を支援するサービスを準備中だった。

スペイン出身のアドリアナ(右)と、同郷のセサルは一緒に働きながら旅する生活を送っている
スペイン出身のアドリアナさん(右)と、同郷のセサルさんは一緒に働きながら旅する生活を送っている=2025年12月2日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

私は、チェンマイでもう一人、コーチング系ノマドに出会っていた。

スペイン出身のアドリアナさん(35)。肩書は「インタラクティブ・ヘルス・プラクティショナー」。

聞き慣れないが、「心と体の総合アドバイザー」だ。

本人はこう説明した。「人間の体は、筋肉や骨だけでなく、感情や生活習慣まで全部つながっている。相談者とやりとりを重ねながら、その全体を見て回復を助ける仕事です」

理学療法やオステオパシー(手技療法)などを幅広く学び、現在はオンラインで欧州や南米のクライアントにスペイン語と英語で対応している。

手に負えない症状はマドリードの医師につなぐなど、連携体制も整えている。

自身の学習時間を確保するため、相談は1日5人まで。それでも当面の予約は埋まっているという。

コーチングの厳しい現実も

コーチング系ノマドに共通するのは、自分の専門性や経験を誰かの役に立つ形で提供していることだ。

だが、苦労している様子の人も少なくなかった。

「ワークライフバランスのコーチングで生計を立てたい」と語るものの、YouTubeチャンネルの登録者数が1桁という男性にも出会った。

事情に詳しい男性によると、「持ち運べるスキル」を備えていない人の多くが、まず名乗るのが「コーチング」だという。

この男性が冷ややかに言った。「経験も専門知識もない自称コーチは、ビーチがある、デジタルノマドの聖地に多い。大半は、貯蓄が底をついたら出身地に帰っていく」

「教える」ことで対価を得るのは容易ではない。

私の取材ノートを振り返っても、順調そうな人は、モシンさんのようにターゲット層を明確に絞り込んでいた。

列車はマレーシア入国後も、さらに南へ向かって走り続けた。