1. HOME
  2. 特集
  3. デジタルノマド 21世紀の漂流者
  4. 「快適圏」からデジタルノマドへ ポルトガルの27歳コピーライターが安定を捨てた理由

「快適圏」からデジタルノマドへ ポルトガルの27歳コピーライターが安定を捨てた理由

World Now 更新日: 公開日:
ポルトガル出身のコピーライターのゴンサロさん(27)
ポルトガル出身のコピーライターのゴンサロさん(27)=2025年12月8日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

アジアの街々に滞在するデジタルノマドを追うルポ連載の第8話。前回に続き、今回も「クリエーター系ノマド」に焦点を当てる。チェンマイで出会ったのは、ノートパソコンで音楽を完成させるアメリカ人の音楽プロデューサー。そしてもう一人は、「快適すぎる仕事」に危機感を抱き、あえて安定を手放したポルトガル人のコピーライターだった。

パソコンの中に音楽スタジオ

アメリカ出身の音楽プロデューサーWatashi(アーティスト名、手前)
アメリカ出身の音楽プロデューサーWatashi(アーティスト名、手前)=2025年12月7日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

タイ北部チェンマイ。

デジタルノマドが集まるコワーキングスペース「yellow」の一角でノートパソコンを開いていたのが、アメリカ出身の音楽プロデューサーだ。アーティスト名は「Watashi(わたし)」。父が海軍勤務だったため、10代のうち計6年間を日本で過ごしたことが名前の由来だという。

現在はチェンマイを拠点に、アメリカやイギリス、オーストラリアなど、主に英語圏のアーティストたちとリモートで音楽をつくっている。

最近手がけたアルバムでは、海外のアーティストから送られてきたボーカル音源に、彼自身がギターを重ね、ドラムやシンセサイザーの音も追加して完成させた。

制作には、ネット上で入手できる、実際の演奏を録音した「サンプル音源」も使う。

「生演奏にはかなわないけど、バックグラウンドなら十分リアル。こうした制作方法を、僕らは『イン・ザ・ボックス』と呼ぶ。パソコンの中ですべてが完結するんだ」

大きなミキサーなど「山ほどの機材」もいらない。

こうした制作環境の変化のおかげで、かつては他のミュージシャンとスタジオに集まる必要があった音楽プロデューサーでも、旅に出られるようになったという。

「どこでも働ける」わけではないノマド

彼がフルタイムでのリモートワークに切り替えたのは約3年前。

2023年10月にアメリカを出国して以降、主に東南アジアで暮らしてきた。

チェンマイに3カ月、ベトナム・ダナンに3カ月、日本に1カ月、再びチェンマイに2カ月という具合で旅を続けてきた。欧米のアーティストと仕事をしているので、生活コストを抑えられる東南アジアで快適に暮らせているという。

ただし、カフェなど、どこでも仕事ができるタイプのデジタルノマドではない。

朝起きると、チェンマイで借りたアパートの仕事部屋に入り、6時間ほど制作に没頭する。  

「音楽制作には静けさが必要。カフェではできない作業が多い」

取材中、上空を飛行機が通過すると、彼は上空を指して言った。「こういう音が入ると、ダメなんだ」

私が彼に出会ったのはコワーキングスペースだったが、その時は音楽づくりではなく、仲間とのメールのやりとりなど「音を気にしなくていい事務作業」をしていたのだ。

いまはロシア出身のパートナーと暮らしており、あと1年ほどはチェンマイに腰を据える予定だという。

「快適すぎる人生」から逃れたコピーライター

コワーキングカフェで作業していたポルトガル出身のコピーライター、ゴンサロさん
コワーキングカフェで作業していたポルトガル出身のコピーライター、ゴンサロさん=2025年12月8日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

もう一人、コワーキングスペースで声をかけてみた。

言葉を武器にするコピーライター、ポルトガル出身のゴンサロさん(27)だ。

母国では、女性向け大手ファッションブランドで働いていたという。

肩書は、コピーライター兼コンテンツクリエーター。新作コレクションのカタログ、SNS、メールマーケティング。ブランドが発信するメッセージづくりを任されていた。「ほとんどすべての文章を書いていたんだ」。こう語る彼は、自信に満ちていた。

文章の技術と、クリエーティブな言葉遊びを組み合わせる仕事。

出社は月2回で、ほぼフルリモート。収入も安定していた。

「何もかもが快適だった。居心地がよすぎるくらい」

だが、その快適さこそが、彼を旅へと向かわせた。  

「コンフォートゾーン」が怖かった

インタビューでゴンサロさんが繰り返し口にした言葉がある。

「comfort zone(快適圏)」

「たぶん、ポルトガルでは快適すぎたんだと思う。成長が止まる感じがした」

同じ場所で、同じメンバーと、同じ仕事を続けること。それが恐怖にすら思えたという。

旅に出る1年ほど前、共に旅をしたいと考えていたパートナーと別れたことも、大きなきっかけになった。

「20代の今しかないと思った。今やらなければ、将来もやらない」

会社に、海外からのフルリモート勤務を打診したが、答えは「ノー」。  

その時点で、彼の手元にはすでに香港行きの片道航空券があった。「行かないという選択肢はなかった」

4月に仕事を辞め、5月にポルトガルを出国。  

香港、マカオ、韓国、フィリピン、インドネシア、マレーシア、カンボジア、ラオス、ベトナムを経て、今はチェンマイにいる。

旅で起きた変化とは

旅は彼に変化をもたらした。

ポルトガルでは華やかなファッション業界に身を置き、常に「よく見せる」必要があった。 

「着たいTシャツをクリーニングに出してしまっていたときに不愉快になった自分を、なぜか思い出す。振り返ると、おかしくて仕方ないよ」

今はバックパックひとつ。あるものを着るだけだ。自分が抱えていた不満が、どれほど小さく、表面的だったかに気づいた。

携帯電話を失くしても、「死ぬわけじゃない」と思えるようになった。ものごとが思い通りに進まなくても、「そんなもんだ」と受け止められるようになった。

この7カ月で、トラブルから立ち直る回復力が「確実に高まった」という。

ポルトガルに残っていたら、なかったであろう「人生最高の思い出」もできた。

一緒に旅をしていた親友が野生動物好きで「どうしても見たい」と言い出したため、マレーシアのタマン・ネガラ国立公園へトラを探しに行った。

もちろん、プロのガイドを付けて。

「2人とも最初は自信満々だったんだ。でも、トラの新しい足跡を見つけたとたんに恐怖に襲われてしまってね」

巨大な足跡があったのは、彼らのキャンプ地からわずか200メートルの地点。夜は一睡もできなかった。野生動物を遠ざけるため、夜間は火を焚き続けなければならなかったが、途中で消えてしまった。

「だから、僕は本当はトイレに行きたかったけど、怖くて立ち上がることすらできなかったんだよ」

憧れのデジタルノマド、そのシビアな現実

そんなデジタルノマド生活は当然、理想ばかりではない。

仕事を辞めた後、フリーランスとして「小さな案件」をこなしてきたが、仕事量は十分ではない。収入は不安定で、貯金を切り崩したこともある。

インタビュー時、彼は帰国を見据えた仕事探しの真っ最中だった。

「タイにはもうしばらく残る。今から応募しておけば、ポルトガルに戻ったらすぐ働けると思っている」

理想は、フリーランスではなく、長期契約の仕事。労働時間で管理されるのではなく、成果で評価される仕事。

1年の70%をポルトガルで、残り30%を旅に使う暮らしだという。

そろそろ、次の場所へ

チェンマイでの滞在にも区切りが見えてきた。

次回は、バンコク経由でマレー半島を列車で南下してみよう。