九州地方に住む40代女性が数年前、フリーランスとして働きだした頃、企業からの業務委託で採用の仕事を引き受けた。いろんな人に採用試験を受けることに関心があるか尋ねるメールを送る仕事だった。
「1時間に60本、客それぞれに合わせたメールを送って」。1時間に60本は、1人ではどうしてもさばききれない仕事量だった。1分だけでは、相手の所属や背景を考えた上で、心をつかむようなメールは書ききれない。
女性は孫下請けとして受けており、発注元は下請け会社にいる10人ほどが手分けして送ると思って発注していた。発注元はなぜ遅れるのか事情がわからず、女性に直接尋ねた。女性が状況を説明すると、間に入っている下請け会社が激怒して女性は仕事を失った。
女性は東京で複数の企業で経験を積んで、夫が地元で働くのにあわせて九州でフリーランスとして働きだした。うまくいっている仕事も多く、子育てとの両立などではフリーランスの良さも感じる。
でもこうした課題と接したときには、特有の立場の弱さや不安定さを感じることもある。別のスタートアップ企業から業務委託を受けたときは、経営が急速に悪化し、仕事時間の8割、収入の半分を占めていた仕事を失った。だが正社員にあった補償や失業保険はない。一度は業務委託だと難しいといわれたが、最終的に交渉して同じ補償は得られた。これはいつも同じようにできるかわからない。それ以来、仕事選びは慎重になっている。
連合「労働者としてつながりつくるところから」
現状では、働き手は雇用されていないと、労働基準法の保護が原則およばず、医療や年金、育児給付などの社会保障のセーフティーネットも整っていない。フリーランスの多くは労組とも無縁だ。
2022年末の連合のフリーランスの契約に関する調査(回答者1000人)では、「仕事上のトラブルを経験したことがある」と答えた人は46.1%いた。最も多いのは不当に低い報酬額の決定で、一方的な仕事の取り消し、そして報酬の支払いの遅延が続いた。
フリーランスで働く人の環境改善をめざし、取引の適正化などを盛り込んだフリーランス新法が昨春に成立し、今秋にも施行される。
企業などから仕事の発注を受けるフリーランスの保護を対象に、発注側に契約時に業務内容や報酬額を書面やメールで明示することを義務付け、報酬を相場より著しく低く定めることや、契約後に不当に減額することを禁止する。発注側には、フリーランスの育児・介護への配慮やハラスメント行為にかんする相談体制の整備を義務付けた。
厚生労働省は労災保険にフリーランスが特別加入できる制度で対象となる業種を拡大することなどを検討している。
労働組合の最大規模の中央組織、連合は2019年からフリーランスの支援方針を打ち出し、課題に取り組む。連合本部総合組織局長の河野広宣さんは「働き方が多様化している中で、フリーランスの皆さんも労働者と考え、つながりをつくるところから始めていった」と話す。
行政手続きなどのお役立ち情報を提供し、弁護士が30分は無料で相談を受け付けるインターネットサイト「Wor-Q」を立ち上げた。
芸能関係で契約問題が多い傾向があるとみて、2022年度からはアドバイザリーボードを発足。契約先や取引先と結ぶ契約書のひな型づくりといった具体的な支援につなげていきたいと考えている。
また同じ職種や一つの業界で働く人が一定数集まれば、共通の課題も見えてくる。将来は労組活動の経験を生かしながら解決の道筋も一緒に描けるようになれば、と思い描いている。
また、フリーランスの人たちが年3000円から加入できる共済もつくった。病気や不慮の事故で、死亡したり重度障がいを負って入院したりした場合に最低限の保障がされる仕組みだ。
取り組みを広く知ってもらおうと情報を受け取れるメール登録は気軽にできるように、名前や職業などを書かずに済むようにした。だが、登録したのは約1000人。共済に加入したのは約70人にとどまる。
フリーランス同士がつながって助け合う仕組みを
Wor-Qの発信を担っているのは、実は連合の中の人だけではない。神戸市在住で、フリーランスのITコンサルタント兼クリエーティブディレクターの旦悠輔さん(44)が「Wor-Q Magazine」編集長を務めている。編集権をもって、当事者の一人としてインボイス制度、お役立ちDXツール、地方移住といった関心事を記事にして発信している。
旦さんは「私自身は、連合がフリーランスを助けてくれるというよりも、『フリーランス同士、働く人間同士がつながって助け合うこと』がゴールだと考えています。その仕組みを連合が整えてくれるということだと思っている」と話す。
旦さん自身は、もともとIT企業の取締役だったが、志をもってフリーランスになった。
大学に進んだ頃にはこれからは大企業の時代ではないという空気があり、独立志向が育まれた。ITの技術を磨き、将来は社会課題の解決につなげたいと思い、まずはIT大手に入社した。実際、社会課題の解決のプロジェクトにかかわっていても、営利企業では個人としての発言のしづらさがあり、フリーランスになって自由は広がったという。
いまはネット上の発信や編集の仕事をしながら、神戸市のまちづくりのプロジェクトにかかわっている。書店も経営しており、一つの組織に属さないがゆえに仕事の幅は広がり、合間に家事もできて生活の質は向上していると感じている。
でも気が付けば、金銭交渉、請求書づくりや確定申告の提出など、会社だったら専門部署に任せていた手続きに追われている。「仕事の4割が事務作業。これにインボイスも加わるなんて。困ったときの備えや支援が何もない」
こうした手続きを学べる場や、ちょっとした相談ができる場が十分にあるわけではない。同じような課題を抱えるフリーランス同士の交流の範囲も、地域や人によって千差万別だという。
だから連合には「『常にそばにいるよ』といった立ち位置で、暮らしの中に助け合いの場を開いていくようなことも考えてみてはよいのではないでしょうか。生協が生活に溶け込んでいるように、シェアオフィスをもうけたり、確定申告や社会保険などの手続きを一緒にやりながら勉強できる場を開いたりしてほしい」と期待を寄せる。