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ジャニーズ問題 芸能界を「特殊な業界」扱いせず、タレントたちの権利を守る仕組みを

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レイ法律事務所の佐藤大和弁護士(左)

故ジャニー喜多川氏の性加害問題は、芸能業界のセクハラ・パワハラや、問題が起きても隠蔽する体質などを浮き彫りにしています。ジャニーズのタレントとの契約を企業が解除したり起用を中止する動きについても「コンプライアンス上当然だ」という意見と、「タレントに罪はない」という意見が噴出し、賛否が分かれています。タレントとマネジメント事務所間の契約トラブルなどの裁判を多数担当している、レイ法律事務所の佐藤大和代表に、タレントの権利について聞きました。

――ジャニー喜多川氏の性虐待問題で、事務所が記者会見し、9月13日付で被害補償及び再発防止策が発表されました。どう評価しますか。

会見で東山紀之社長は「法を超えた、被害者に寄り添った救済を」と言っていました。それならば、被害当事者が推薦する弁護士や有識者らを被害者救済委員会のメンバーに入れて、バランスの良い体制をつくった方が良いのではないかと思います。

順番としてはまず当事者への謝罪の場を設けて、その後どういう体制にしようかという対話をしながら進めることもできたはずです。

ただ、対話は時間がかかることなので、迅速な救済のためにジャニーズ側が早急に窓口を設置した、という評価も一方ではできるかもしれません。

会見に臨むジャニーズ事務所の東山紀之氏と藤島ジュリー景子氏(右)
会見に臨むジャニーズ事務所の東山紀之氏と藤島ジュリー景子氏(右)=2023年9月7日、東京都千代田区、朝日新聞社

――自分は被害を受けていないと語るタレントもいますが、名乗り出た当事者だけでなく、現役のタレントにも被害者がいるかもしれません。

実際、現役のタレントが声をあげるのは非常に難しいと思います。「あなたは被害者か?」と聞くこと自体が精神的に追い詰めることになってしまいます。

ですから、相談窓口は匿名性を担保したうえで話を聞いていく必要があります。一方の当事者であるジャニーズ事務所側が窓口をつくることへの批判もありますが、報酬の問題もあり「チーム」をつくる依頼者はジャニーズ事務所にならざるを得ないと思います。問題なのは、そのときにどう公正なチームをつくるかです。なので、ここでも被害当事者の会などと歩み寄って進める必要があるでしょう。

佐藤大和弁護士=東京、松本敏之撮影

労働者か個人事業主か あいまいなタレントと事務所の契約関係

――ジャニーズ事務所の対応を受け、企業がCM起用などをとりやめる動きもあります。

企業はこれまでも起用したタレントに何かスキャンダルがあれば、ブランドイメージを毀損(きそん)すると判断してCMを中止するなどの例がありました。今回は各企業が公表している通り、もちろん人権の観点もあるかと思いますが、本音としてはブランドイメージを損なうからなのではないでしょうか。

――事務所の移籍などは難しいのでしょうか。そもそも芸能事務所とタレント間の契約というのはどんな形なんでしょう。

CMであれば、発注者である広告主から代理店、キャスティング事務所、芸能事務所、そしてタレントという流れですし、テレビ番組などの出演契約であれば、テレビ局から芸能事務所、そしてタレントとなります。

タレント本人が個人で発注者と契約する場合もありますが、事務所に所属している場合は、まずタレントと事務所の間でマネジメント契約書を交わし、そのうえで事務所が発注者と出演契約などを締結することになります。

しかし、実はこの芸能事務所の立ち位置は不明確なんです。タレントの代理人なのか、仲介事業なのか、それとも、芸能事務所自体が仕事を請け負い、それをタレントに下請けさせるということになるのか。それによって適用される法的な枠組みも考え方も違ってきます。

さらに芸能人は労働者なのか、個人事業主なのか。労働者なら労働法令が適用されますが、個人事業主だと考えると、現状、守ってくれる法律がほとんどないのが実情です。

――法令がなく、あいまいな立場なんですね。

例えば未成年のタレントの場合は、深夜の出演などを制限されます。ただこれはあくまでテレビ局が、タレントを労働者ではなく個人事業主としたうえで自主規制していると言われています。

――ジュニアの子たちはデビュー前ですがステージに出ていますね。

ジュニアについても「演者」として捉えるのか、個人事業主として、マネジメントや育成を事務所に委託しているのか。

あるいは「スクール」という機能を見ると、一般的な人々が通う料理教室や習い事と同じだという解釈もできる。ならば逆にレッスン料を払う「消費者」として契約していることになります。実態がどうなのかは、私も良く分かっていません。

本人たちがステージに立ってお金をもらえているのかどうか。または本来であればもらえるはずのお金がもらえてるのかという、法律的な問題が出てきます。

佐藤大和弁護士=東京、松本敏之撮影

――そういうあいまいな立場だと、タレントの権利を守るのは大変ですね。

はい。芸能人の労働者性に関していうと、弊所が関わった裁判では、アイドルの労働者性については一つは認められ、もう一つは認められませんでした。裁判例も判断が分かれています。

――契約上のトラブルで争うことも多いのですか。

私がいま扱っているトラブルは、マネジメント契約書の中の条項の有効性について争っているものが多いです。

例えば契約上は、芸名に関する権利がタレントではなくマネジメント事務所側に帰属している、事務所をやめるときに半年や1年の活動禁止の条項が入っている。しかしそういった契約条項は、そもそも有効なのか、無効なのか。

裁判で、2020年には、グループ名・芸名は事務所側ではなく芸能人側に帰属するという裁判例は勝ち取りました。また同様に2022年には、芸能事務所退所後の活動禁止についても無効だという裁判例も得ました。

法律がないので、こうやって判例を積み重ねて権利を守るしかありません。その先に法制化という道が開けてくるのではないかと思います。

――ほかの国ではどうなっていますか。

韓国でも、芸能人と事務所の契約について問題が多かったのですが、2009年に公正取引委員会が契約書のひな型を示しました。

その後、法律が制定され、不正な契約条件を強要するのはだめだとか、セクハラ・性暴力からの保護なども盛り込まれています。

そういったことが日本でもできるはずなのですが、残念ながら意識が遅れていると思います。

――法制度なり、ガイドラインでタレントを保護するシステムが必要だと。

例えば、韓国のように芸能人の権利を保護するような法律は必要だと感じています。また、マネジメント契約に関するトラブルも非常に多いため、例えば文化庁などが、ガイドラインを策定すべきです。

もちろん、事務所によっては、多額の資本を投下して、芸能人を育成している場合もあります。その場合には、プロスポーツ選手のように、移籍金でほかの事務所に移れるなど、公平なシステムをつくれば良いと思います。

「特殊な業界」という意識がハラスメントを温存

――そういった動きがない理由はどこにあるのでしょうか。

社会全体に「芸能界は特殊な業界だ」という意識があると思います。

今回のジャニー喜多川氏の性加害問題についても「特殊な業界」ということが隠蔽の原因の一つです。業界全体で、性加害やハラスメントといったものが構造として温存されてしまっているのです。

今回は未成年の男性への性加害でしたが、私の相談経験からしますと、女性芸能人などへの性加害も、芸能業界では非常に多いです。今回と同じように「噂」もたくさんある。今回の件で、芸能業界全体の性加害の問題について着目されていないのは不思議ですが、被害者がなかなか声をあげられないのが現状だと思います。

私が扱ったアーティストのパワハラに関する裁判で忘れられないのは、担当裁判官から「アーティストの人たちは素行が悪いんでしょう」などと言われたことです。他の裁判でも、芸能人の権利についていろいろ言われました。裁判官でさえ、芸能人に関する強い偏見があるんです。

また、芸能業界は「特殊な業界」だと思っている方々も少なくありません。でも、私からすると同じ人間が働いている場所です。そしてファンのみなさんは彼らの活動を通して、元気や勇気などをもらっている。ですから、その業界で働いている方々の権利、人権を考えて欲しいんです。これがいまの時代に求められていることではないでしょうか。

佐藤大和弁護士=東京、松本敏之撮影

――確かに「特殊な業界」だという意識はどこかにありますね。「あの世界はそうだから」とか「芸の肥やし」なんて言葉もあります。

芸能界の成り立ちと関係があると思います。

欧米だと俳優の方々を中心に組合をつくり戦い、自分たちの権利を勝ち取ってきた歴史があります。

一方で日本は、芸能事務所が中心に業界が成長し、暴力団などの反社会的勢力と身近な業界でもありました。どうしても発注者側、芸能事務所が強い。そのような背景も影響があると思います。

ただ、日本と同じようなシステムの韓国でも法律をつくって改革してきています。

日本では司法、業界全体、メディア、世論、政治の芸能業界への見方を是正していく必要があると思います。

当事者の意識もそうですね。伝統芸能なら「技術の継承だから行きすぎた指導があっても当然である」「そうでないと良い物を客に提供できない」などといった意識があると思います。でもそれが性加害やパワハラの温床になってしまっているのです。

しかし、技術の継承や世の中に良い物を提供するために多少のハラスメントは許されるという考え方は問題だと思います。一般の企業では許されないでしょう。

さらに今回は未成年者への性加害という別次元の問題で、そんなものが「必要」とされるわけはありません。

芸能業界には成人であっても「枕営業」という言葉もありますが、そういうものがあること自体おかしなことです。一般社会で考えてみて下さい。リクルートに来た学生に手を出したとなると大問題になり、大きく報道される。だけど芸能界の話だとそうならないのは変ですよね。

佐藤大和弁護士=東京、松本敏之撮影

一過性の問題ととらえず、ガイドラインづくりや法整備を

――特殊な業界から脱却するために何が必要ですか。世界的には「Me Too」が改革のきっかけになりましたが。

被害者は、会社や行政、国や弁護士にさえ絶望してやむを得ず実名や顔を出して告発するわけです。この方法は残念ながら日本ではどちらにとっても良い結果にならず、両方への誹謗中傷の嵐になってしまうことがほとんどではないでしょうか。

もちろん「Me Too」の重要性は理解していますが、別の選択肢も必要だと思います。例えば行政が芸能業界に関する人権の救済窓口を設け、しっかり匿名性を担保した上で、事務所などに改善命令を出すといった方法です。文化庁などがきちんと人権救済の枠組みをつくるべきだと思います。

また、テレビメディア側は今回のことを契機に、キャスティングについてのガイドラインをつくるべきだと思います。テレビを含めた各メディアは、人権意識の低い事務所とは仕事をしないと公言すべきです。

また、芸能業界のマネジメント事務所が集まっている各団体も、現状コメントを出してませんが、各団体はこの機会に、本来はしっかり方針などを示すべきです。

――企業側は「人権」を出して起用を見送るなど、これまでにはない動きもあります。業界の健全化につながるでしょうか。

人権デューディリジェンスの観点からは「取引中止」は最後の手段です。企業側に本来求められるのは、人権侵害の防止や対策を取引先に求めることだからです。

今回企業側が「人権」というものを前面に出してはいますが、どこまで「ビジネスと人権」について本気なのだろうかと疑念も持っているのが正直なところです。もし本気であれば、芸能業界を含めたメディア業界全体に対しても、同じように求めていくべきで、人権意識の低い芸能事務所とは仕事をしない、または出演を慎重に判断するなどと公言すべきです。

また、経済界の一部の方々もジャニーズの問題に関してだけコメントを出してますが、本来は芸能・メディア業界全体に対して声明を出すべきだと思います。いまのままでは、トカゲの尻尾切りのような形になると思います。

――業界全体の体質を変えるのは簡単ではなさそうです。

法律だけみても、民法、知的財産法、経済法、労働法など多くの法律が関わってくる分野ですので、本来は国や大学が研究機関などをつくり、積極的にこの分野の調査や研究をすべきです。また、行政はマネジメント契約やキャスティングに関するガイドラインをつくり、国会で法整備も必要です。

このままジャニーズ事務所だけの問題と捉えると、同じような人権侵害がまた起きるでしょうし、すでに起きているとも言えます。一過性の問題ではなく、アーティスト、クリエイターを含めたエンタメ業界で働く人たちの権利をどう守っていくかが問われています。