春闘は新年度が始まる前の1月下旬からおおむね3月中旬までおこなわれる、労働組合と雇用側の労働条件の交渉をさす。自動車や私鉄といった産業別組合でも要求額などを統一して、産業全体の賃金の引き上げをめざす。
障がい児の親、更年期対応、SOGI…社会課題も春闘で
電機メーカーの産業別労働組合、電機連合は今年の春闘で初めて、障がいなどがある子どもの親への取り組みを要求に掲げた。障がいのある子どもや医療的ケア児を育てる従業員に、育児と働くことの両立支援制度を周知し、短時間勤務制度を子どもの年齢で区切らずに使えるようにするなど、働く人の個別の事情に配慮し、相談しやすくするようことをめざす。
これまで、障がいのある子どものいる組合員からは「キャリアをあきらめることがない制度の検討」を求める声が上がっていた。「中学生以降も1人で留守番をするのが難しいので、短時間勤務制度を利用する際の年齢制限を引き上げてほしい」「医療器具などの負担があるので、所得制限の撤廃を政府に要求してほしい」などの要望があった。
電機連合は2022年に、障がい者支援のガイドラインを作成し、同時に政府の審議会にこうした声を届けていた。政府の検討が近く始まる見込みで、組合がそれに先駆けて要求に盛り込んだかたちだ。
電機連合は今回の春闘の要求で、ほかにも更年期障害への対応や、SOGI(性的指向と性自認)への理解促進と職場の環境整備なども新たに盛り込む。
中央執行委員の大崎真さんは「要求が上がっていない更年期障害を盛り込むかは議論があったが、声をあげづらい問題で社会課題になっているので入れた」と話す。
こうした要求をあげ、職場のルールをつくり、政策や法律にいかすことはずっと積み重ねられてきていることだ。
連合ができた1989年当初、民間企業に対しては育児休業の法律がなかった。このため、多くの業界が参加する春闘で要求されるようになって広がり、政府にはたらきかけ、最終的に法制化されたのだ。その後は育休の法律の水準を上回る内容の要求や、介護や看護休暇の要求も春闘方針にし、職場での浸透をはかりつつ、審議会で声を伝え、政府や政党の要請にあたってきたという。
連合の芳野会長 賃金上昇根付かせると強調
春闘は1955年に始まった。労働者が一斉に交渉する方が、雇用側に対する交渉力をもてると考えた、日本労働組合総評議会(総評)の太田薫議長が呼びかけて今の形式で行われるようになった。
なかでも最も注目されるのは、賃金の改定だ。連合の今年度の要求では、「賃上げ分3%以上、定期昇給相当分(賃金カーブ維持相当分)を含め5%以上の賃上げを目安とする」としている。
定期昇給は年齢や働いた年数に応じて基本給が自動的に上がる分をさす。注目されるのは、それ以外のベースアップ(ベア)で、基本給を引き上げないと、基本的に平均賃金は上がらない。
2023年夏に公表された正社員の賃上げ率は最終集計で平均で3.58%と、1994年以来およそ30年ぶりの高い水準となった。一方でベアでの引き上げは明確にわかる3186組合で、平均2.12%にとどまった。中小組合に限っては1.96%で、2022年度の消費者物価指数(生鮮食品を除く)の上昇率3.0%にはいずれも届かなかった。
連合の芳野友子会長は1月15日、日本生産性本部の会見で、今年の春闘について「賃金は上がり続けることをしっかりと根付かせ、賃金も物価も経済も安定的に上昇する経済社会のステージ転換をはかっていきたい。それには中小・小規模事業者での賃上げが鍵となる。2023年の流れを2024年にさらに加速をさせていく」と強調した。
企業はベアをあげるのに及び腰になることが多い。昨年の春闘でも物価高対策として一時金の支給で対応しようとする会社が多くあった。経営側は慎重になるのは、いったん賃金の水準があがると、働き手の生活設計はそれにあわせたものになることが多く、経営が悪化しても、下げづらくなるためだ。
また、1990年代の金融危機後、2008年秋のリーマン・ショック、2011年の東日本大震災と、企業にとってリスク対応が続いた。いざとなったときに手元に資金をおいておきたいと慎重姿勢に拍車をかけた。
一方、労組側も金融危機以降、いま働いている人の雇用を守ることを重視する流れが強かったことがある。
その結果、高度経済成長期にあがっていた賃金は、厚生労働省によると、民間主要企業では昨年は3.60%とあがったものの、その前は1997年の2.90%がピークで、2002年から2013年までは1%台にとどまった。
この間企業は、人件費や設備投資を抑えて経常利益を改善させてきた。2000年代初頭には、製造業でも派遣業が認められるようになり、非正規で働く人が増え今では働き手の4割を占める。とくに女性が非正規で働くことが多く、賃金が低く抑えられてきたことが、平均賃金を下げる要因になってきた。
一定の利益が生まれて、株主に還元されても、働き手には十分に還元されていない、という問題も指摘されている。
経営者の報酬額を公開「怒りに火をつける」アメリカの組合
労組の組織率は過去最低水準の16.5%にとどまる。働き手の10人に8人は春闘には参加していない。
組織率の低下で春闘の波及力は薄まっているのか。
立教大の首藤若菜教授は「そういう見方もあるが、経済統計上はベアの伸びと、一般労働者の所定内給与の伸びは連動することが確認でき、一定の影響があると考えられる。労組はマクロ経済を支えているという気概をもって臨んでほしい」と指摘。春闘の活性化には、発想の転換と、具体的な取り組みがカギとみる。
たとえば、会社の業績が上がれば賃金を上げる、というのがこれまでの考え方だが、先に賃金をあげてそれで経済が活性化し、業績が上げるといった考え方だ。中小企業の働き手の賃金を上げるためには価格転嫁が重要といわれているが、原材料費やエネルギー価格に加えて、働く人の賃金など労務費も盛り込むべきだと指摘する。また、大手企業の組合は取引先の価格をチェックし、労務費が転嫁されてないなら転嫁するように企業側にも求めるといったことが考えられるという。
米国では連合に相当するナショナルセンター米労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)が、ホームページのトップページに、経営者の報酬額を掲載し、働き手の給与は削減されるなかで、経営者の給与が上がっていることを示す。
産業、地域ごとに報酬を見られる一覧も載せ、アップルやzoomといったIT企業やブラックストーンなど金融業の経営者の報酬が一覧にされ、働き手の給与との比較もある。データを示すことで、働き手の問題意識や怒りに火をつけるのがねらいだ。
ちなみに、2022年、CEOの報酬は1670万ドルで歴代で2番目に高かった。一方、CEOと働き手の給与の比較では2022年は272対1だった。物価高なこともあり、働き手の実質的な手取りは2年連続下がり、前年よりも1.6%低かった。
世界の製造業・エネルギー産業の労働組合が加盟する国際組織インダストリオール・グローバルユニオンの松崎寛書記次長は「いま国際的に労働運動は盛り上がりをみせている。春闘の力を最大限いかして、連合をはじめ労組が奮起し、賃金上昇の好循環を実現させてほしい。日本でも欧米型経営のみならず、新興国系企業の経営者が増えており、今後日本的な労使コミュニケーションが通用しなくなる。その試金石になる」と話す。