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「なぜ早く賃金が上がらないのか」 オバマ大統領の疑問

World Now
ジェイソン・ファーマン 米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長

――この数十年間、米国の普通の働き手の賃金が上がりにくくなっています。

「賃金を決める要素のうちもっとも大事な二つは、生産性の向上と、分配の不平等性です。生産性はあなたが1時間にどれだけの価値を生み出しているかということを、そして不平等性はその価値のうちどれだけをあなたが手にできるかということを表しています。1970年代から生産性の向上スピードが遅くなっているうえに、不平等性も高まっています。これらが相まって、賃金の成長にとっての課題になっています」

 「ふつうの労働者へのパイの分け前が減っているのは、いくつかの理由を挙げることができます。労働組合の力が弱まっていること、最低賃金の水準が(物価上昇に対して)落ち込んでいること、またそれらに加えて、高い技能を持った働き手に対する需要が高まって報酬が跳ね上がって分配が偏っていることも挙げられます」

――オバマ大統領は賃金に強い関心を寄せていると聞きます。彼とはどんなやりとりをしているのですか。

 「毎月、雇用統計が発表される前日に、私はオバマ大統領のところに行って最新の数字について彼に説明しています。新規雇用は毎月20万以上と総じて高水準が続いていますし、失業率も着実に下がりました。しかし、がっかりさせる数字が一つあります。それが賃金上昇です」

 「いつも彼はその話題について触れ、私にこう問います。どうして賃金はもっと早く上がらないのか、もっと早く賃金を上げるのに私たちができることは何か、と。これこそが、彼が経済について何年も抱えてきた疑問なのです」

――その質問に対して、どのように答えているのですか?

 「もちろんそのときどきの情勢によって異なりますが、問題の背景は、この5年間、いやこの30年間もそうであったように、生産性の上昇が遅くなり、不平等も強まったということです。ここにきて金融危機以来やっと、賃金が物価よりも早く上がり始めています。人々の実質賃金が上がり始めているのです。もちろん十分な改善にはほど遠いのですが、よいニュースもあるのです」

――なかなか上がらない賃金と、広がる格差は、先進国に共通する課題です。技術革新やグローバリゼーションが背景にあると多くの経済学者は指摘していますが、この現実は経済の法則がもたらす避けられない運命なのでしょうか。

 「格差については、私はそれが不可避であるとは思いません。それは、政策の選択の結果なのです。格差の大きさは国によって異なります。日本は米国より格差は小さいです。技術革新やグローバル化の同じような影響をともに受けているのにもかかわらず、です。それは日本はまったく違う制度を持っているからで、異なる政策の選択によるものです。避けられないとか、もうお手上げだとか、簡単には言えません」

「ただ、技術の進歩は避けがたいし、むしろ望ましいことなのですが、それが高い技術を持った人への需要を高めたということはあります。そのこと自体を変えることはできませんが、スキルを持った人材を育てることはできます。私たちは実際には教育の向上を数十年間怠ってきましたが、大学を増やすなど最近は改善もしてきました」

――先進国において、「中間層」は絶滅危惧種だとの見方もあります。

 「米国はまだ強い中間層の国だと思います。20~30年前よりも中間層はよい暮らしをしているし、それはほかのほとんどの先進国も同じです。しかし、この数十年で二極化と呼ばれる現象が起きているのは事実です。つまり、トップとボトムの仕事が増える一方で、真ん中の仕事が失われている。そして職を探すのが難しくなり、労働から離れてしまう人もいる。それらが、対処すべき課題を生み出しています」

――分厚い中間層を維持するために、政治や政策は何ができる、あるいは、何をすべきなのでしょうか。

 「その問いに対する唯一の答えはありません。教育が最もその答えに近いです。教育があれば、より仕事を見つけやすくなりますし、賃金も高くなりやすい。しかし、教育だけでは解決できませんし、時間もかかります」

 「一定程度は直接的な手段、たとえば最低賃金の引き上げによって、すぐに賃金をアップさせることができます。また、もっと仕事を見つけやすくなるように雇用保険の仕組みを見直したり、新たな職と前の職の賃金差をある程度補?(ほてん)する賃金保険という仕組みを整えたり、という手もあります」

――米国では最低賃金を時給15ドルに引き上げようという運動が熱を帯びています。わずか5年前にはまったく考えられなかった動きですが、すでにいくつかの州と都市で引き上げが決まりました。この間に何があったのでしょうか。

 「この国のあちこちで賃上げ運動が広がっています。一部は法的規制の動きで、州政府などが最低賃金引き上げの法律を通していますし、労使の話し合いで賃金をアップさせたところもあります。適切な賃金水準はそれぞれの州の経済がどのような状態なのかで違いますが、大事なのは賃金が上がっているということです。州レベルの成功が連邦レベルにも波及することを期待しています。連邦政府が何かをする最善の道は、州レベルからの圧力であるというが、歴史の教えるところです。議会はいまのところ最低賃金を引き上げる法案を通そうとはしていませんが、米国市民の引き上げへの支持は党派を超えています」

――最低賃金を引き上げることによる副作用をどう見ますか。

 「最低賃金引き上げによって、理論上は、二つのことが起きます。一つは、雇い主にとってはコストが増えることになるので、雇用が減りかねません。しかし、もう一方で、賃金アップで従業員がやる気を出し、生産性が高まって、コストの上昇を抑えるということもありえます。この二つの効果のどちらが大きいかは、あくまで経験上の問題です。理論が答えを持ち合わせているわけではありません。経済学者たちの実証研究によれば、二つの効果は相殺し合ってほとんどゼロだということでした。これまでに経験した最低賃金の引き上げ程度なら、雇用への影響はごく小さいか、全くない程度だということです」

――米国では労働組合が衰退する一方でした。これからの組合の役割はなんでしょうか。

 「組合は働き手が交渉力を高め、賃金アップを獲得し、広く経済全体を潤すのに重要な役割があります。米国ではいまや組合の組織率は10%程度に過ぎません。数十年前ほど大きな役割を果たしているわけではありません。しかし、働き手にとって組合の役割は依然としてポジティブです。組合に入っている働き手はそうでない働き手よりも賃金は高くなる傾向にあります。いずれにしても、政策の目標が組合の組織率を下げることであってはなりません」

Jason Furman 1970年生まれ。ハーバード大学で経済学博士号を取得。世界銀行、ブルッキングス研究所などを経て2013年から現職。専門は財政政策、社会保障、マクロ経済など。